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退職勧奨とは、会社から「合意による退職」を目指して退職に向けた説得活動を行うことをいいます。
なお、退職勧奨を勧める理由、成功させるための3大要素については、以下の記事をご参照ください。
退職勧奨を成功させるための3大要素 | 弁護士法人フォーカスクライド (fcd-lawoffice.com)
退職勧奨を成功させるための3大要素を理解できたとしても、退職勧奨を成功させるためには、何といっても事前準備と説得方法の具体的イメージをもっておくことが必須です。何ら事前準備なく、その場で臨機応変に対応して退職勧奨を成功させることは、相当な経験者でなければほぼ不可能です。
しかし、何から準備すれば良いのか、どのような話から切り出せば良いのか全くわからないという方が多いと思います。
そこで、退職勧奨を実施するための事前準備と、実際の退職勧奨の進め方等について、具体的手順を説明させていただきます。大きな流れとしては、以下のとおりです。
まずは、幹部や問題社員の直属の上司の意見を聴き、退職勧奨を実施する方針を社内で共有し、理解を求めておく必要があります。
会社が一丸となって対応することにより、退職勧奨が社長個人の意向ではなく、会社の総意であることを問題社員に示すことができるためです。
退職勧奨を実施する側も初めての経験であることが多く、また経験者であったとしても、同僚に対し退職を説得するという事柄の性質上、一定程度のプレッシャーがかかる上、会社の意向を伝えられた従業員側から、攻撃的な反論がなされる可能性も高いです。
そのため、退職勧奨の面談が紛糾したとしても、伝えるべき事項を的確に伝えることができるように、事前に、退職勧奨の理由を整理したメモを作成することは必須です。
なお、この場合、退職勧奨を実施する人自身が把握している問題社員の問題点だけを整理するのでは不十分であり、直属の上司や幹部のヒアリングも行った上で、これらの複数の関係者が把握している問題点も十分把握してメモに盛り込むことが重要です。これにより、退職勧奨の実施者個人の意見ではなく、会社全体が対象者に問題があるという意見を有していることを伝えることができ、自己認識のゆがみを修正させること(退職勧奨を成功させるための3大要素の1つ目)に繋がります。
極めて例外的な場面を除いて、問題社員から退職について早く確実に了解を得るためには、金銭的補償の提案が重要となります。
この予算の確保は、交渉の面においても重要な意味を有します。つまり、金銭的補償の提示をしなければ、「辞めるか、それとも辞めないか」だけの議論になってしまいますが、金銭的補償の提示をすると、その金額が「低いのか、高いのか」という議論に話を移すことができます。この議論に話を移すことができれば、既に「退職」を前提としていることになり、かつ、自分自身が一旦前提とした話を覆すことは心理的にしづらくなりますので、最も重要なポイントである「退職することに合意してもらう」という点をクリアしやすくなります。
ここで、どの程度の予算を確保すれば良いかという点ですが、個人的には、問題社員の「給与3か月分」が最終の妥協点の1つの目安になると考えています。
給与の3か月分も支払うことがもったいないと思われる方もいらっしゃると思いますが、そうでもありません。会社から解雇したとしても、労基法上、30日分の解雇予告手当を支払う義務があり、かつ、未消化有給休暇(最大40日)が残っている人は、全て消化した上で退職することが多いため、結局は給与3か月分と変わらないことになるためです。そうであれば、未消化有給休暇の買取りも含めて給与3か月分相当額の解決金を支払った上で合意により退職してもらい、後日解雇の有効性を争われる紛争リスクを完全に排除しておく方が得策であることは明白です。
退職勧奨の面談時に、問題社員から「辞めなければどうなりますか?」という質問をされることが多いです。このような質問に対する回答を事前に準備しておかなければ、問題社員からこのような質問を受けたこと自体にイラっとして、「退職に同意しないのであれば解雇せざるを得ません。」と口走ってしまう担当者が非常に多いです。
しかし、解雇の有効性を基礎づける具体的事由が認められないにもかかわらず、軽率に解雇処分をちらつかせ、退職の意思を表示させた場合、違法な退職勧奨と認定されることが多いです。
実際に、「辞めなければどうなりますか?」という質問に対し、「自分から退職する意思がないということであれば解雇の手続きをすることになる」「どちらを選択するか自分で決めて欲しい」などと説明してしまった事案において、裁判所は、「本来解雇できるほどの理由はなく、解雇は法的には認められないにもかかわらず、会社の説明により、従業員が退職届を出さなければ当然解雇されると誤信して退職届を提出した」と判断し、退職合意を無効としています。その結果は、会社は、問題社員に対しバックペイとして約1400万円を支払うことに加え、問題社員の復職を命じられました。
このような質問に対しては、例えば、「現時点では解雇することは考えていません。解雇ではなく合意による解決をしたいと思います。」と毅然と回答することが重要になります。
なお、解雇処分以外にも、懲戒処分や刑事告訴の可能性をちらつかせることも同様に危険です。懲戒処分や刑事告訴があり得ることを告げたことを理由に退職勧奨の違法性を認定した裁判例として、以下のような事案があります。
【大阪地判昭61.10.17日労判486.83 ニシムラ事件】
女子経理従業員2名が事務所経費でコーヒーやおやつなどを購入・飲食していたが、金額が少額であったため、人事課長が相当長期にわたり知りつつも注意せずに、証拠集めに専念していたとされたケースで、懲戒処分や告訴があり得るべきことを告知し、不利益を説いて退職届を提出させたという事案
本事案において、裁判所は、「労働者に何らかの不正行為があり、それによって使用者が被害を被った場合に、使用者が右を理由に労働者を懲戒解雇に処し、あるいは刑事上の告訴をなすことは、それが濫用にあたらない限り、正当な権利行使として許されることは論を俟たないが、使用者の右懲戒解雇の行使や告訴自体が権利の濫用と評すべき場合に、懲戒解雇処分や告訴のあり得べきことを告知し、そうなった場合の不利益を説いて同人から退職届を提出させることは、労働者を畏怖させるに足りる強迫行為というべきであり、これによってなした労働者の退職の意思表示は瑕疵あるものとして取り消し得るものというべきである」として、当該退職勧奨行為を違法と判示しました。
また、退職勧奨の面談時に、問題社員から「これは解雇ですか?」という質問をされることも多いです。
このような質問に対しても、決してイラっとすることなく、例えば「〇〇さんにも理解していただいたうえで会社都合の退職扱いとしたいと考えており、解雇ではありません。」と毅然と回答することが重要になります。
退職勧奨を実施する面談においては、問題社員も身構えていることが多いので、問題社員は面談でのやり取りを全て録音していると思っておいた方が安全です。よく退職勧奨の適法性を争われる裁判において、退職勧奨を実施する面談時のやり取りが録音データとして証拠提出されることがあります。
そして、当該面談時の会話1つ1つを取り上げられ、退職勧奨の適法性が議論されることになりますので、退職勧奨を実施する面談においては全ての発言に最大限の注意を払う必要があります。
そのため、退職勧奨の面談時に想定されるあらゆる質問事項をピックアップしておき、それに対する回答を事前に準備しておくことが重要となります。
問題社員と退職勧奨の面談を実施する際には、静かに落ち着いて話せる「個室」が良いです。
また、会社側の面談者の人数が多いと、そのこと自体が問題社員に心理的圧迫を与えるおそれがあり適切ではありませんので、1対1、又は、会社側から2名出席して、1対2くらいが適切であると考えます。
まずは、自己認識のゆがみを修正することから始める必要があります。例えば、これまで何度も問題社員の勤務態度を具体的に指導し、その都度、改善する旨の報告書を提出してもらったものの、一向に改善されない又は改善が不十分であること等を、時系列に沿って丁寧に説明する必要があります。
また、問題社員の能力に応じて業務内容を変更したり、職場環境を改善するため配置転換を行ったという経緯がある場合には、そのことについても盛り込んで説明します。
これらの説明に対し、問題社員から反論がなされることがありますが、その際も事前に準備した整理メモや想定問答に従って、きちんと会社の認識を説明する必要があります。この過程を面倒臭がって、説明を省略したり、威圧的な説明により丸めこもうとしてしまうと、いつまで経っても自己認識のゆがみを修正することができず、退職勧奨は成功しません。
なお、これらの説明においては、問題社員を批判することに終始するのではなく、「ミスマッチ」の観点で話すことが重要です。
自己認識のゆがみを修正することができれば、あとは回りくどいを説明をせずに、ストレートに退職して欲しいという会社の意向を伝えます。
その際、「社長個人の意向」ではなく、「社内で話し合った結果」であり、「会社としての共通の意向」であることを伝えることが重要です。
また、前述した予算の範囲内で金銭的補償の提示を行う場合には、先に未消化有給休暇に触れることも重要です。この点に触れずに金銭的補償の提示をすると、おおむね合意に至った後で、未消化有給休暇を買い取って欲しいという要望を出され、予算を超過してしまう危険があるためです。
一度の面談で、すぐに回答を求めることは避けてください。強引に退職の合意を取り付けても、後日、違法な退職勧奨がされたと主張され、労使紛争に発展しかねないためです。
面談時間については、1回あたり30分~40分程度、長くても1時間までにとどめるのが適切と考えます。また、面談回数については、1週間に3回以上の面談はしないようにすべきです。
なお、一度退職を拒否されても、再度、退職の方向で説得し、再考を促すこと自体は、合理的な範囲内であれば問題ありません。
前述したとおり、退職勧奨の面談においては、問題社員側が無断で録音している可能性が高いですが、会社側も、後日退職勧奨の適法性が争われた場合に備えて、念のため録音しておくことが重要です。
なお、退職勧奨の際に会社側が無断で録音することについては、後日のトラブルに備えて会話の内容を記録する目的であり、録音記録が目的外に使用されるなどの事情がなければ違法性はありません。
問題社員から、口頭で「退職に応じます」と言われても、退職届がなければ安心できません。あとで、「会社から不本意な扱いを受けた」という気持ちが芽生え、さらに次の職も決まらなければ、退職を取り消したいという気持ちになることが良くあるためです。また、「解雇された」などとして訴訟提起してくる従業員もいます。
裁判所は、「退職の意思表示は、労働者にとって生活の原資となる賃金の源たる職を失うという重大な効果をもたらす重要な意思表示であり、とりわけ口頭による場合は、退職の意思を確定的に表明する意思表示があったと認めることには慎重を期する必要がある」等として、退職届がない場合に「口頭で退職意向を伝えられ、退職について合意していた」という会社側の主張をほとんど認めません。
そのため、退職の意思を表明した問題社員からは、気が変わらないうちに、すぐに退職届を提出させることを忘れないようにしてください。
退職届を提出させた後、できれば退職合意書を作成すべきです。
特に、退職にあたって問題社員に金銭支給する場合は、他の従業員に伝わらないように「口外禁止条項」を入れておくことが重要です。
また、後日、残業代請求や損害賠償請求をされないように、債権債務がないことを確認する清算条項を盛り込んでおくことも重要です。
退職合意書作成のポイントについては、以下の記事をご参照ください。
【絶対に揉めたくない】退職合意書の作り方 | 弁護士法人フォーカスクライド (fcd-lawoffice.com)
いかがでしたでしょうか。退職勧奨を実施するにあたっては、法的に注意しなければならない点が多々あり、そのため準備事項も多いことをご理解いただけたと思います。
これらの準備事項を行う際には、当然、裁判において退職勧奨の適法性を争われることを常に想定しておかなければなりません。
裁判における退職勧奨の適法性の争われ方を具体的にイメージすることができるのは、これらの紛争事例を数多く経験し、熟知している弁護士のみです。
社会保険労務士の先生方の中には、退職勧奨に関する豊富な知識や経験をお持ちの先生もいらっしゃいますが、紛争事案において実際に代理人となって交渉又は訴訟を行っていないという点が弁護士との決定的な違いです。
そのため、退職勧奨のサポートについては弁護士に依頼すべき業務と考えています。
退職勧奨を適切に準備し実施するためには、当然ながら、問題社員ごとの性格等を考慮して進めなければなりませんので、案件ごとに留意点は大きく異なってきます。
当事務所は、特に使用者側の代理人として様々な労使紛争を扱っており、従業員の退職勧奨又はこれに関連する紛争事案についても数多く取り扱ってきましたので、クライアント企業様のニーズ、事案の特殊性等を踏まえ、高い専門性をもって、また経営者目線で、的確な退職勧奨サポートを行うことができます。
従業員の退職勧奨に関してご不明な点やご不安な事項があれば、まずはお気軽にご一報ください。
執筆者:佐藤 康行
弁護士法人フォーカスクライド 代表弁護士。
2011年に弁護士登録以降、中小企業の予防法務・戦略法務に日々注力し、多数の顧問先企業を持つ。
中でも、人事労務(使用者側)、M&A支援を中心としており、労務問題については’’法廷闘争に発展する前に早期に解決する’’こと、M&Aにおいては’’M&A後の支援も見据えたトータルサポート’’をそれぞれ意識して、’’経営者目線での提案型’’のリーガルサービスを日々提供している。