紛争になり難い賃金・手当の減額とは?

Labor Issues

1. はじめに

会社が従業員の賃金を減額したいと考える理由には様々なものがあります。
しかしながら,賃金とは従業員の生活の糧であり,賃金の減額は当該従業員の生活にダイレクトに影響する非常にシビアな問題です。賃金の減額に納得がいかない従業員が,弁護士に相談することで,法的紛争に発展するという事態も容易に想像できます。

そこで,本稿では,賃金減額にともなうリスクをご紹介しつつ,会社による賃金減額の方法に応じた事前準備と具体的な検討事項・手続きについてご紹介します。

2. 賃金減額にともなうリスク

従業員に対して賃金減額を実施したものの,その方法や手順に問題があった場合のリスクとしては,減額自体が無効とされること,賃金減額自体に対して慰謝料請求をされる可能性があること,レピュテーションリスクが生じることがあげられます。

賃金の減額が無効とされるということは,減額されなければ支払われたであろう賃金と減額後の賃金の差額が未払い賃金と評価されます。そのため,未払分の支払を求められることはもちろん,賃金の未払いが悪質であると裁判所に評価された場合に未払分と同額の「付加金」の支払を命じられる可能性があります。

また,賃金の差額支払に加え,減額に至る経緯や減額の理由の不合理性が著しい場合には,別途慰謝料請求が認められるという可能性もあり得ます。
加えて,違法な賃金減額を実施したということが社内に拡散された場合の人材流出や別の賃金減額を受けた従業員による追加請求,社外に拡散された場合の社会的非難や優秀な人材の流入阻害といったリスクが考えられます。

このようなリスクを避けるためにも,賃金減額の措置はその方法に応じて慎重に進める必要があります。

3. 賃金減額の方法に応じた事前準備・手続き

⑴ 懲戒処分としての減給処分による賃金減額

懲戒処分の一環として減給をする場合,就業規則や雇用契約書の中で,予め懲戒処分に該当する事由を明記しておく必要があり,かつ減給処分をすることができる旨も明記しておく必要があります。その上で,従業員の行為が懲戒処分事由に該当すること(処分事由該当性),処分事由に秘して減給処分という重い処分を処すことの相当性(処分の相当性)及び当該処分に処す前に注意や指導,より軽度な戒告等の処分を実施していたかなどの懲戒手続の相当性(手続きの相当性)を検討することが必要となります。

もっとも,懲戒処分としての減給によって認められる減給の範囲は,「1回の額が平均賃金の1日分の半額を超え,総額が一賃金支払期における賃金の総額の10分の1を超えてはならない。」とされております(労働基準法第91条)。ここでの「1回の額」とは懲戒処分の対象となる一つの事案に対して,減給の総額が平均賃金の1日分の半額以内でなければことを意味し,「総額が一賃金支払期における賃金の総額の10分の1を超えてはならない」とは,1ヶ月の間に複数の事案に対して複数の減給処分を行う場合でも,その総額は月額賃金の1割以内におさえなければならないことを意味します。つまり,月額賃金の総額が30万円の従業員の場合,減給処分とできる最大の減額は,1ヶ月当たり3万円以内ということになります。

そのため,懲戒処分による減給の場合には,懲戒処分事由への該当性や処分としての相当性もさることながら,減給の範囲にも留意をする必要があります。

⑵ 降格による賃金減額

「降格」には,その態様として「職位・役職の引下げ」と,「職能資格制度や職務等級等制度上の資格・等級の引下げ」の二つが挙げられます。さらにこれら「降格」には,前記⑴同様に懲戒処分として行われるものと,人事権の行使として行われるものの二つの場合がありえます。

懲戒処分として行われる場合には,前記⑴のとおり,懲戒処分事由及び処分の内容としての降格の明記,懲戒処分事由該当性,処分の相当性,手続きの相当性の問題に留意する必要があります。また,降格による減給が伴う場合で,降格にもかかわらず従前の職務内容に変更がない場合には実質的に減給処分と同視され,労働基準法第91条の減給幅の規制にも服することとなります。

他方で,人事権の行使としての降格の場合で「職位・役職の引下げ」(例えば,部長から課長,課長から平社員とする場合など)については,基本的に会社の経営判断に基づく配置の問題であり,会社の人事権に属する事項として自由裁量に委ねられるとされます。そのため,就業規則や雇用契約書に明記がなくとも,人事権の行使としてこれを行うことができますが,例外的に,違法・不当な目的・態様をもってなされてはならず,会社側の業務上・組織上の人事権行使の必要性の有無・程度,当該従業員の能力・適性,当該従業員の受ける不利益の性質・程度等の事情を考慮して,会社に委ねられた裁量権を逸脱するか場合(会社の権利濫用の場合)には,違法と判断される可能性があります。

また,「職能資格制度や職務等級等制度上の資格の引下げ」は,「職位・役職の引下げ」とは意味あいが異なります。すなわち,後者は,誰をどのような役職に就任させるかを会社側にて自由に決める事ができるという前提に立つのに対して,前者は,一度会社にて認定した職能や等級を引き下げることを意味します。そのため,前者の場合には,就業規則及び雇用契約書の中で引下げを可能としうる場合について明記をしておく必要があります。そして,明記した内容に該当するとして職能の引下げや職務等級の引下げを行う場合でも,当該引下げについて,業務上の必要性の有無,不当な動機・目的の有無,通常甘受すべき程度を著しく超える不利益の有無等を検討した上で,権利濫用に該当する場合には,違法と判断される可能性があります。

4. 当事務所でできること

賃金減額における方法別の留意点は以上のとおりです。

賃金減額を有効とするために,事前に就業規則や雇用契約書等にて明記しておく必要があることから事前準備を講じておく必要であり,かつ減額を可能とする事由の該当性判断,減給という選択肢をとること自体の相当性判断,減給するに至る手続きの相当性判断についても慎重な判断を求められます。

当事務所では,顧問先企業様から賃金減額の有効性についての意見を聴きたいというご要望を多数いただいており,その都度適切な事項をヒアリングし,労務関連資料の収集・検討を経て,それぞれの企業様の状況に応じた最適な方法のご提案と,具体的な手続きの進め方や資料作成などを適切かつ迅速にサポートをさせていただきます。

従業員の賃金減額の条項の整備をご希望の企業様や賃金減額を検討されている企業様も,是非一度お気軽にご相談ください。

新留治 弁護士法人フォーカスクライド アソシエイト弁護士執筆者:新留 治

弁護士法人フォーカスクライド アソシエイト弁護士。2016年に弁護士登録以降、個人案件から上場企業間のM&A、法人破産等の法人案件まで幅広い案件に携わっている。特に、人事労務分野において、突発的な残業代請求、不当解雇によるバックペイ請求、労基署調査などの対応はもちろん、問題従業員対応、社内規程整備といった日常的な相談対応により、いかに紛争を事前に予防することに注力し、クライアントファーストのリーガルサービスの提供を行っている。

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