労働条件の不利益変更(総論)

Labor Issues

1. 労働条件の変更についてこんなお悩みはありませんか?

・給与制度を年功序列型から成果主義型へ変更させたい
・従来の退職金制度を廃止して業績・貢献度に応じた退職金制度を導入したい
・実態に沿わない手当を廃止したい
・業務規模の縮小にともない従業員の就業時間を減らしたい

業務効率を向上させることや組織改革の一環として人件費を含む人事・労務分野にメスをいれるということは比較的一般的です。
もっとも,人事・労務分野のうち,特に,従業員の労働条件を変更するという場合,その変更手続きに不備があると,労働基準法等の各種法令に違反するという可能性があり,後に,当該変更内容が無効であると判断される可能性があります。

本稿では,労働条件を変更する場合のうち,従業員にとって不利益な内容の変更(不利益変更)となる場合に,どのような手続きを実施する必要があるかについてご紹介したいと思います。

2. 労働条件の不利益変更に該当するのはどのような場合か

従業員にとって労働条件を不利益に変更する場合とは,どのような場合であるかは,一見すると分かりにくいことがあります。

例えば,冒頭のケースで,給与制度を成果主義型に変更するという場合,評価内容によっては,給与が上昇する者もいれば,現状維持の者もおり,減少するという者もいるかもしれないというのが通常です。このよう場合,裁判例では,給与が減少する「可能性がある」場合であれば,労働条件の不利益変更に該当することになるとの判断がなされています。

また,従来一定の計算方法に従って退職金を支給していたにもかかわらず,その計算方法を業績・貢献度に応じたものに変更することで,退職金が減少する「可能性がある」場合も,同じく労働条件の不利益変更に該当することになります。
したがって,労働条件の不利益変更に該当する場合とは,従業員に不利になる「可能性がある」場合をいうため,皆様が想像しておられる場合よりも,存外広いものとなっております。そのため,変更する労働条件が,従業員にとって少しでも不利になる可能性があれば,以下の不利益変更を適法に実施するための手続きをしておく必要があります。

3. 労働条件の不利益変更を適法に実施するための手続きとは

労働条件の不利益変更を適法に実施するための手続きとしては,

⑴ 従業員の個別同意を得ることによって変更する方法
⑵ 就業規則の改訂によって変更する方法
⑶ 労働協約の締結,改訂によって変更する方法

の3つがあります。

⑴ 従業員の個別同意を得ることによって変更する方法

個々の従業員と会社との間で労働条件変更について合意に至れば,当該従業員の労働条件は合意に沿って有効に変更されます。この場合,後述する変更内容が合理的であること(「変更の合理性」といいます。)は問題となりません。

もっとも,裁判例では,賃金・退職金といった従業員にとって重要な労働条件を変更するケースでは,単に同意を取得すれば,常に変更が有効とされる訳ではありません。例えば,会社から従業員に対して,労働条件がどう変更されるのか全く知らされずに,同意書だけを提出させるような場合では,当該従業員による同意は,真意に基づくものではないとして効力を否定される可能性があります。

また,近年の最高裁判例にて,不利益変更に関する従業員の同意の有効性について重要な判断が下されました(最判平成28年2月19日労判1136号6頁)。この最高裁判例によると,賃金や退職金に関する労働条件変更についての従業員の同意の有効性は,

(ⅰ)当該変更を受け入れる旨の従業員の行為(同意書への署名押印等)を取得するだけでなく
(ⅱ)従業員にもたらされる不利益の内容
(ⅲ)従業員により当該行為がされるに至った経緯・態様
(ⅳ)当該行為に先立つ従業員への情報提供・説明内容

等に照らし,従業員の自由な意思に基づきなされたものであると認められるに足りる合理的な理由が客観的に存するか否かという観点から判断すべきとされました。

この最高裁判例の事案では,具体的な不利益の内容についてまで「情報提供」がなされる必要があるとして,従業員の不利益の程度(退職金の大幅減額),署名押印に至った経緯等に鑑みると十分な情報提供がなされたとはいえず,当該不利益変更に関する同意を無効であると判断しました。
したがいまして,従業員から個別同意を得る場合,当該従業員が具体的にどのような不利益を被るかという内容をも含めた「情報提供」を行うことが個別同意を有効とするために重要であると考えられます。

⑵ 就業規則の改訂によって変更する方法

従業員の個別同意を得ることなく,労働条件を変更場合として,就業規則の改訂によって変更する方法が考えられます。もっとも,この場合には,以下の通り,①変更後の制度が合理的なものであること(変更の合理性),②変更後の就業規則を周知することという二つの実質的な要件と③届出等の形式的な要件が必要とされます(労働契約法第10条)。

① 変更の合理性
就業規則の変更の合理性は,以下の事情を総合的に考慮することで判断されることになります。
(ⅰ)従業員の受ける不利益の程度
(ⅱ)労働条件の変更の必要性の内容・程度
(ⅲ)変更後の内容自体の相当性
(ⅳ)代償措置その他関連する労働条件の改善状況
(ⅴ)労働組合等との交渉の状況
(ⅵ)その他の就業規則の変更に係る事情

特に,賃金・退職金などの従業員にとって重要な権利,労働条件を不利益に変更する場合は,通常の必要性を上回る高度の必要性が求められます。
また,ここで問われている「合理性」とは,変更後の内容それ自体よりも,変更前から変更後の内容の格差の合理性であり,たとえ変更後の内容それ自体が合理性といえたとしても,変更前の内容からの落差が大きい場合には,合理性なしという判断を受ける可能性があります。

② 変更後の就業規則の周知
実質的に見て就業規則の内容を従業員が知り得る状態に置いていたことを意味します。具体的には,事業場内の見やすい場所に備え置く,社内イントラネットからアクセス可能であることを知らせる等の方法が考えられます。

③ その他形式的な要件
上記二つの実質的な要件に加えて,就業規則を改訂する場合,労働基準監督署長への届出,過半数代表者の意見聴取手続きを取る必要があります。

⑶ 労働協約の締結,改訂によって変更する方法

労働協約とは,労働組合と会社との間で,組合員である従業員の労働条件について合意した内容を書面化し,労働組合と会社の双方が署名又は記名押印したものをいいます。労働組合との間で締結するものになりますので,当然のことながら,労働組合が存在する会社でしか使えない方法になります。

労働協約を有効に締結するための要件は,会社と労働組合が署名又は記名押印した書面で作成することのみで,前述の就業規則の変更の際に問題となった「変更の合理性」のような厳格な要件を要求されません。
もっとも,最高裁判例によれば,特定又は一部の組合員を殊更不利益に取り扱うことを目的としているなど労働組合の目的を逸脱して労働協約が締結されたような場合には,当該労働協約は無効(規範的効力の否定)とされます。また,過去に等が変更内容に抵触するような労働協約を締結している場合には,当該過去の労働協約を終了させる手続きを経る必要があります。加えて,労働協約は,労働組合に所属する組合員たる従業員に当然に適用されますが,労働組合に所属していない従業員に対してまで効力を及ぼすためには,労働組合法第17条で定める要件を充足する必要があります。

4. 当事務所でできること

以上のとおり,労働条件の不利益変更の方法としては3種類ありますが,いずれの方法を採用するかどうかは,具体的に変更する労働条件の内容,会社と従業員の関係,従業員の性質,労働組合の有無など,個々の会社の状況を踏まえて検討する必要があります。手続き選択を誤る形で労働条件の変更をしてしまった場合,後に裁判にて変更が無効という判断がなされ,変更前の労働条件の適用により,変更前後の賃金の差額等の支払を強いられるというリスクがありえます。

当事務所では,個々の企業様のご事情のヒアリングと労務関連資料の収集・検討を経て,最適な不利益変更の方法のご提案と,具体的な手続きの進め方や資料作成などを適切かつ迅速にサポートをさせていただきます。

実際に労働条件の不利益変更を検討されている企業様も,今度どのような労働条件を定めようかと検討されている企業様も,是非一度お気軽にご相談ください。

新留治 弁護士法人フォーカスクライド アソシエイト弁護士執筆者:新留 治

弁護士法人フォーカスクライド アソシエイト弁護士。2016年に弁護士登録以降、個人案件から上場企業間のM&A、法人破産等の法人案件まで幅広い案件に携わっている。特に、人事労務分野において、突発的な残業代請求、不当解雇によるバックペイ請求、労基署調査などの対応はもちろん、問題従業員対応、社内規程整備といった日常的な相談対応により、いかに紛争を事前に予防することに注力し、クライアントファーストのリーガルサービスの提供を行っている。

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