電子マネー等による賃金のデジタル払い解禁について

1 労働者への賃金の支払い方法として電子マネー等のデジタル払いによる方法が追加されたこと

(1)令和5年4月1日より、労働基準法施行規則の一部を改正する省令が施行され、労働者に対する賃金の支払い方法として、「●●ペイ」、「●●Pay」などの電子マネーによるデジタル払いによる賃金の支払いが可能になりました。
 なお、今回の法改正は賃金の支払い方法として、デジタル払いの方法も追加的に認める内容の改正になっており、デジタル払いでの賃金の支払いを使用者に対して義務付けるものではありません。

(2)今回の法改正によって、労働基準法施行規則第7条の2の一部が改正されるとともに、第7条の3から第7条の8までが新設されました。本改正が行われるまでは、使用者から労働者に対する賃金の支払い方法は、労働基準法第24条1項で定められる「通貨」すなわち現金払いによる方法が原則であり、例外的に労働者の同意を得た場合にのみ「銀行口座への振込み」による方法(労働基準施行規則第7条の2第1号)又は「証券総合口座への払込み」による方法(労働基準施行規則第7条の2第2号)が認められておりました。つまり、今回の改正が行われるまでは、仮に労働者の同意があったとしても、電子マネー等のアカウントや口座に賃金を振込むという方法で賃金を支払うことは認められておりませんでした。
 他方で、今回の法改正によって新設された労働基準施行規則第7条の2第3号においては、『資金決済に関する法律(平成二十一年法律第五十九号。以下「資金決済法」という。)第三十六条の二第二項に規定する第二種資金移動業(以下単に「第二種資金移動業」という。)を営む資金決済法第二条第三項に規定する資金移動業者であつて、次に掲げる要件を満たすものとして厚生労働大臣の指定を受けた者(以下「指定資金移動業者」という。)のうち当該労働者が指定するものの第二種資金移動業に係る口座への資金移動』と規定され、労働者のスマホ決済アプリのアカウント口座や電子マネー決済口座に使用者が資金を移動させることで賃金の支払いを行うことが可能となりました。

2 今回の法改正が行われた経緯、及び、デジタル払いを導入することのメリット

(1)今回の法改正が行われた経緯としては、キャッシュレス決済の普及や送金サービスの多様化が進む中で資金移動業者の口座への資金移動を給与受取に活用するニーズも一定程度見られるようになったこと、外国人労働者が増加する一方で外国人は銀行口座を作りにくく給与支払いにおいて不便が生じる場面があること、等が挙げられております。

(2)デジタル払いの方法による賃金支払い方法を導入することで使用者としては、銀行口座を持たない外国人労働者等の従業員に対してデジタル払いによる方法で賃金を支給することができ、労働力を確保する際に生じる賃金支払い方法についての懸念を解消することができます。コロナ禍において外国人労働者の受け入れが減退しておりましたが、規制緩和が進んでいる今日においては、再び外国人労働者の受け入れが増加することが予想され、その際に外国人労働者への賃金支払いの方法としてデジタル払いによる方法を選択肢として有していることは、使用者にとってメリットということができます。
 また、デジタル払いによる賃金の支払を希望する労働者が増加すれば、使用者にとっては銀行口座への振込みによる賃金の支払い方法に比べ振込手数料の支出を削減することができるだけでなく、キャッシュ決済の普及や送金サービスの多様化が進む社会の変化に対応しているという企業イメージの向上につながるものといえます。さらに、今回の改正によって、賃金の一部をデジタル払いによる方法で支払うことも可能になりますので、賃金の一部をデジタル払いによる方法で受け取り、残りはこれまで通りに銀行口座振込みの方法で受け取りを求める労働者に対しても柔軟に対応できるようにすることで労働者の福利厚生を高めることにもつながります。

3 デジタル払いによる賃金支払いの方法を導入するにあたり使用者に生じるデメリット

(1)デジタル払いによる方法での賃金の支払いを希望する労働者は一定数見受けられることが予想されますが、そのような労働者のほとんどは賃金の一部をデジタル払いによる方法で受け取り、残りはこれまで通りに銀行口座振込みの方法で受け取りを求めることが予想されます。そうすると、使用者としては、銀行口座・デジタル払いのためのスマホ決済アプリのアカウント口座や電子マネー決済口座のデータの二重管理の必要が生じるため、運用面での二重化が進んでしまうというデメリットがあるといえます。

(2)また、労働者のスマホ決済アプリのアカウント口座や電子マネー決済口座情報を使用者が管理することになりますので、使用者が情報を管理することの正当性の確保や情報セキュリティに関する懸念や負担が増加してしまうものといえます。
 また、今回の法改正によってデジタル払いの方法により支払いが認められるのは、資金決済に関する法律第36条の2第2項に規定する第二種資金移動業者(決済・送金・出金が認められる電子マネー口座であり、代表的なものとして「PayPay」や「d払い」が挙げられます。)の内、労働基準施行規則第7条の2第3号イ乃至チまでの要件を満たすものとして厚生労働大臣の指定を受けた「指定資金移動業者」の運用する電子マネー口座に対してのみでありますので、使用者や労働者が希望するスマホ決済アプリや電子マネー決済のすべてにおいて賃金の支払いが認められるわけではありません。使用者や労働者が希望するスマホ決済アプリや電子マネー決済を運営する第二種資金移動業者が厚生労働大臣に対し指定資金移動業者になるための申請を行い、かつ厚生労働大臣が当該資金移動業者に指定を与えて初めて、使用者は賃金のデジタル払いを行うことができるという点は注意が必要です。指定資金移動業者として厚生労働省に認定された業者については、厚生労働省のホームページ上(資金移動業者の口座への賃金支払(賃金のデジタル払い)について|厚生労働省 (mhlw.go.jp))に掲載されることになりますので、デジタル払い制度の導入前に、どの支払方法が認められているのかを確認することができます。

4 使用者がデジタル払いの方法により賃金を支払うために必要な手続きについて

(1)使用者が労働者に対しデジタル払いの方法により賃金を支払い場合には、①労使協定の締結、②労働者に対する説明、③労働者の同意、④就業規則への反映の4つの手続きが必要になります。

(2)①の労使協定の締結については、厚生労働省が示している基発1128第4号において、「口座振込み等を行う事業場に労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合と、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者と、次に掲げる事項を記載した書面又は電磁的記録による協定を締結すること。」と定められており、当該協定においては、
(ⅰ)口座振込み等の対象となる労働者の範囲
(ⅱ)口座振込み等の対象となる賃金の範囲及びその金額
(ⅲ)取扱金融機関、取扱証券会社及び取扱指定資金移動業者の範囲
(ⅳ)口座振込み等の実施開始時
を規定する必要があります。
 ②の労働者に対する説明については、労働基準施行規則第7条の2第1項柱書において、「当該労働者が第一号又は第二号に掲げる方法による賃金の支払を選択することができるようにするとともに、当該労働者に対し、第三号イからヘまでに掲げる要件に関する事項について説明した上で、当該労働者の同意を得なければならない。」と規定されており、労働者に対し、以下に掲げる内容(具体的には、指定資金事業者が破綻した場合の保証や不正取引が行われた場合の補償等について)を説明しなければなりません。
イ 賃金の支払に係る資金移動を行う口座(以下単に「口座」という。)について、労働者に対して負担する為替取引に関する債務の額が百万円を超えることがないようにするための措置又は当該額が百万円を超えた場合に当該額を速やかに百万円以下とするための措置を講じていること。
ロ 破産手続開始の申立てを行つたときその他為替取引に関し負担する債務の履行が困難となつたときに、口座について、労働者に対して負担する為替取引に関する債務の全額を速やかに当該労働者に弁済することを保証する仕組みを有していること。
ハ 口座について、労働者の意に反する不正な為替取引その他の当該労働者の責めに帰することができない理由で当該労働者に対して負担する為替取引に関する債務を履行することが困難となつたことにより当該債務について当該労働者に損失が生じたときに、当該損失を補償する仕組みを有していること。
ニ 口座について、特段の事情がない限り、当該口座に係る資金移動が最後にあつた日から少なくとも十年間は、労働者に対して負担する為替取引に関する債務を履行することができるための措置を講じていること。
ホ 口座への資金移動が一円単位でできるための措置を講じていること。
ヘ 口座への資金移動に係る額の受取について、現金自動支払機を利用する方法その他の通貨による受取ができる方法により一円単位で当該受取ができるための措置及び少なくとも毎月一回は当該方法に係る手数料その他の費用を負担することなく当該受取ができるための措置を講じていること。
 また、労働者からは使用者に対して以下のような質問がなされることが想定されます。
イ’万が一、指定資金移動業者が破綻した場合、アカウント残高はきえてしまうのか?
→具体的な弁済方法は資金移動業者ごとに異なりますが、厚生労働大臣の指定する資金移動業者が破綻した場合には、賃金受取に用いる口座の残高が保証機関から速やかに弁済されます。
ロ’デジタル払いによってボーナス等の大金を受け取ることも可能ですか?
→労働基準施行規則第7条の2第1項第3号イで規定されているように、指定資金移動業者が管理する口座においては、口座の上限額が100万円以下と設定されており、残高が100万円を超える場合には、超過額はあらかじめ労働者が指定した銀行口座などに出金されることになります。資金移動業者によって運用は異なりますが、その際の手数料は労働者の負担となる可能性があるので、デジタル払いでの支払いを希望する労働者は、デジタル払いによって受け取ることができる金額に注意する必要があります。
 ③の労働者の同意については、労働基準規則第7条の2に規定されているとおり、デジタル払いの方法により賃金が支払われることについての労働者の同意が必要となります。同意を得る際には、厚生労働省が示している基発1128第3号に規定されているように、書面又は電磁的記録による方法で同意を得る必要があります。労働者から同意を得る際に用いる同意書面の様式例としては以下のようなものが厚労省のホームページに掲げられておりますので、ご参考ください(001069102.docx (live.com))。
 ④の就業規則への反映については、労使協定の内容や、労働者への説明及び同意を得た上で、デジタル払いの方法による賃金の支払いを行うことを就業規則にも反映させる必要があります。

5 当事務所でできること

 今回の法改正に伴って、電子マネー等による賃金のデジタル払い制度を導入する企業においては、労使協定の締結、従業員の同意取得や就業規則の見直し等が必要になります。
 ただ、労働者の過半数代表の選出方法、従業員に対する説明及び同意の取得、就業規則の変更手続等に起因して、労使紛争まで発展することも少なくありません。
 当事務所では、就業規則の見直しや労使協定締結のサポートを数多く行ってきた実績がございますので、迅速かつ適切な対応をアドバイスさせていただくことが可能です。
 今後、電子マネー等による賃金のデジタル払い制度の導入を検討されている企業様は、どうぞお気軽にご相談ください。

波多野 太一 弁護士法人フォーカスクライド アソシエイト弁護士執筆者:波多野 太一

弁護士法人フォーカスクライド アソシエイト弁護士。
2022年に弁護士登録。企業・個人を問わず、紛争や訴訟への対応を中心に扱い、企業間取引においては契約書等の作成・リーガルチェックといった日々の業務に関する法的支援も多数取り扱っている。
また、相続や交通事故に伴う個人間のトラブルや、少年事件や子どもに関するトラブル等も多数取り扱っている。
企業・個人を問わず、困難に直面している方に寄り添い、問題の解決や最大限の利益の追及はもちろん、目に見えない圧倒的な安心感を提供できるように努めている。

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