「固定残業代」を導入して、従業員に給与を支給している会社は多いです。これを導入する動機は会社ごとに異なると思われますが、割増賃金(いわゆる残業代)の計算を行う煩わしさを排除すること、支給される給与が多めに見えるため求人に役立つということが考えられます。
固定残業代には、「基本給組込型」と「手当型」に分かれます。基本給組込型は、基本給などの総賃金の中に割増賃金部分を組み込むものです。手当型は、基本給とは別に営業手当、役職手当など割増賃金に代わる手当等を定額で支給するものです。固定残業代該当性が争われた裁判例によると、基本給組込型と手当型では固定残業代として認められるための要件が異なります。
そのため、会社において固定残業代を導入しようとする場合、又は紛争等が発生しその有効性を詳細に検討する必要が生じた場合には、そもそも固定残業代がどちらの型に当たるのか検討することが肝要です。
なお、固定残業代がどちらの型に当てはまるのかは、従業員に対して交付した労働条件通知書や、就業規則(賃金規程)がある場合にはこれを参考にすることにより導き出すことができます。
基本給組込型の場合、これを固定残業代と認めるためには、判例(最判平成6年6月13日判時1502号149頁)上、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別できることが必要とされています(いわゆる「明瞭区分性要件」といわれています。)。
例えば、労働条件通知書に、「基本給35万円に固定残業代を含む。」と記載されていた場合、明瞭区分性は認められるでしょうか。
このような定め方では、基本給が何円であるのか、固定残業代部分が何円であるかが不明である為、明瞭区分性を満たしません。明瞭区分性を満たすためには、例えば、「基本給35万円のうち5万円は、1か月15時間分の時間外労働分に対する固定残業代が含まれる。」と記載することが考えられます。
手当型である場合、判例(最判平成30年7月19日判時2411号124頁)によると、固定残業代が、「雇用契約においてある手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされている」必要があります(いわゆる「対価性要件」と言われています。)。そして、前述した判例によれば、この対価性要件を満たしているか否かは、「雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか、具体的事案に応じ、使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容、労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情」を考慮して判断するとされています。
そうすると、手当型の固定残業代は、当該手当の支払額に係る計算根拠が、時間外労働等に対する対価であることが明確にされている必要があります。
前述したとおり、会社において固定残業代を導入することは、割増賃金の支給が簡便なものとなること、一見して賃金が高めに見えるというメリットがあります。
しかし、固定残業代は、その運用方法を誤ると、会社に大きな不利益をもたらす可能性があります。
例えば、会社が固定残業代であると称して支給していた賃金が、裁判所により固定残業 代ではないと判断された場合、会社にどのような不利益が生じるでしょうか。
固定残業代が基本給組込型である場合、固定残業代と称されていた部分が基本給として扱われ、かつ、割増賃金が支払われていないという取扱いを受けることとなってしまいます。例えば、基本給が35万円、固定残業代と称される部分が5万円、基本給を35万円とした場合に想定される割増賃金額を金3万円とした場合、固定残業代と称される部分が固定残業代に該当しないとさされると、当該従業員との関係では、基本給が35万円となり、固定残業代に相当する金員の返還を受けることはできません。さらに、金35万円に加え、割増賃金3万円を支払う必要が生じてしまいます。そうすると、固定残業代の支払いは、会社にとって単なる「払い損」となる可能性があります。
なお、固定残業代を支給していたとしても、実際の時間外労働をもとに労働基準法所定の方法で算出した割増賃金が固定残業代額を上回る場合には、その差額分を支給する必要があります。したがって、固定残業代を支給していたとしても、労働時間管理を行わなくてよいということにはなりません。
会社が固定残業代を導入すると、給与支払額が多く見えるという点等により、採用にメリットをもたらすと考えられます。しかしながら、万が一割増賃金支払請求が認められなかった場合、多くの残業代を支払う必要が生じるという点で、固定残業代を導入するよりも多くの出費を迫られる可能性があります。
当事務所では、固定残業代を導入しようとしている会社、固定残業代を導入している会社に対して、予防法務の観点から、将来割増賃金に関する紛争が生じないよう、会社内の体制づくりに関する法的アドバイスを行っています。
固定残業代の導入を検討している会社のご担当者の方、固定残業代に関して紛争を抱えている会社のご担当者の方は、ぜひ当事務所にご連絡ください。
執筆者:藏野 時光
弁護士法人フォーカスクライド アソシエイト弁護士。2017年に弁護士登録。離婚問題等個人間の法的紛争から知的財産紛争等企業間の紛争まで幅広い分野に携わっている。また、刑事事件も取り扱う。紛争に関する交渉、訴訟対応のみならず、企業間取引における契約書等の作成・リーガルチェック等、企業における日々の業務に関する法的支援も多数取り扱っている。個人、企業問わず、クライアントが目指す利益を実現するために採るべき具体的方法を検討し、リスクに関する説明も交えた丁寧な説明を心がけ、リーガルサービスを提供している。