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(1)労働者の長時間労働を抑制し、その健康等を図る観点から、月60時間を超える時間外労働の割増賃金率を5割以上とする労働基準法(以下「労基法」といいます。)37条1項ただし書の規定について、労働基準法附則第138条による猶予措置が令和5年4月1日より廃止され、中小企業事業主に対しても、労基法37条1項ただし書が適用されることとなりました。
(2)労基法37条1項では、「使用者が、第三十三条又は前条第一項の規定により労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合においては、その時間又はその日の労働については、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の二割五分以上五割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。ただし、当該延長して労働させた時間が一箇月について六十時間を超えた場合においては、その超えた時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の五割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。」と定められており、当該規定についての改正が行われた平成22年4月1日までは、「60時間を超えた時間の労働」については、通常の労働時間の賃金の計算額の25%以上の率で計算した割増賃金を支払えば足りていましたが、平成22年4月1日の法改正により、大企業に対しては上記の労基法37条1項ただし書が適用されることになりました。ただ、平成22年4月1日の法改正時点では、中小企業に対しては、割増賃金率を引き上げることで会社に生じる影響や負担の大きさから、当該規定の適用が猶予されておりました。
しかし、令和5年4月1日以降は、中小企業に対する労基法37条ただし書の適用猶予措置が廃止されましたので、中小企業においても、60時間を超えた時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の50%以上の率で計算した割増賃金を支払う義務が生じることとなりました。
(1)今回の法改正によって中小企業に対しても適用される割増賃金率の引き上げとは、法定労働時間を超えて働いた場合の残業代の割増率が引き上げられたことを指します。労基法32条1項及び2項においては、法定労働時間を1日8時間、1週間で40時間までと定めており、これを超えていわゆる残業を行った場合には、会社は労働者に対して、法定労働時間を超えた分に対して、残業代を支払わなくてはなりません。ここでは、法定労働時間(1日8時間・1週間で40時間)を超える残業のことを「法定時間外労働」、法定時間外労働に対して支払われる残業代のことを「法定時間外割増賃金」といいます。
(2)今回の法改正がなされるまで、中小企業においては、労働者が法定時間外労働を何時間行ったとしても、労働者に支払うべき法定時間外割増賃金は、通常の労働時間の賃金の計算額に25%以上を割り増して支払っていれば、法律に違反することはありませんでした。
しかし、今回の法改正によって、中小企業においても、令和5年4月1日以降の労働者の法定時間外労働に対しては、1ヶ月60時間以内の法定時間外労働と1ヶ月60時間を超える法定時間外労働とで、異なる率での法定時間外割増賃金を支払わなければなりません。具体的には、1ヶ月60時間以内の法定時間外労働に対しては、これまでと同様に、通常の労働時間の賃金の計算額に25%以上を割り増して法定時間外割増賃金を支払っていれば問題がありませんが、1ヶ月60時間を超える法定時間外労働に対しては、通常の労働時間の賃金の計算額に50%以上を割り増して支払わなければならないということになります。
例えば、1日の所定労働時間が8時間の中小企業X社において、1時間当たりの賃金が1500円の労働者Aがいた場合、1日8時間・1週間40時間を超えて行う労働は法定時間外労働となります。ある月にAが法定時間外労働として70時間働いたとすると、60時間までのAの法定時間外労働1時間当たりに対して支払うべき法定時間外割増賃金は、通常の労働時間の賃金の計算額1500円の25%に当たる375円を割り増した1875円以上となります。そして、60時間を超えた残りの10時間分の法定時間外労働1時間あたりに対して支払うべき法定時間外割増賃金は、通常の労働時間の賃金の計算額1500円の50%に当たる750円を割り増した2250円以上となります。
なお、50%以上を割り増して割増賃金を支払わなければならないのは、あくまでも60時間を超える法定時間外労働に対してのみであり、60時間を超えると全ての時間外労働に対して50%以上を割り増して法定時間外割増賃金を支払わなければならないわけではありません。
(3)また、ここで注意すべき点としては、法律上、法定時間外労働として計上しなければならない範囲は、あくまでも法律で定められた時間を超えた労働のみであることです。つまり、仮にX社においては所定労働時間が1日につき7時間と定められていた場合、労働者Aが1日につき2時間の残業を行っていたとしても、法律上、法定時間外労働として計上しなければならない範囲は、法定の8時間を超える1時間分のみであり、2時間の残業全てが法定時間外労働として計上しなければならないわけではありません(所定外・法定内時間外労働に対して割増賃金を支払う義務が生じるか否かは、就業規則等で定められた労働契約の内容によります。)。
(1)労基法35条1項は、「使用者は、労働者に対して、毎週少なくとも一回の休日を与えなければならない」と規定しており、使用者が労基法35条に基づいて労働者に与える休日を法定休日といいますが、仮にこの法定休日に労働者に労働を行わせた場合には、労基法37条1項及び労働基準法第三十七条第一項の時間外及び休日の割増賃金に係る率の最低限度を定める政令に基づき、通常の労働時間の賃金の計算額に35%以上を割り増して賃金を支払わなければなりません。
また、労基法37条4項は、「使用者が、午後十時から午前五時まで(厚生労働大臣が必要であると認める場合においては、その定める地域又は期間については午後十一時から午前六時まで)の間において労働させた場合においては、その時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の二割五分以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。」と規定しており、いわゆる深夜労働を労働者が行った場合には、通常の労働時間の賃金の計算額の25%以上を割り増して賃金を支払わなければなりません。
(2)では、法定時間外労働と法定休日労働や深夜労働が重なっている場合、賃金に割り増される割増率はどのように計算するのでしょうか。
まず、法定時間外労働と法定休日労働の関係性についてですが、法定時間外労働と法定休日労働は別々に賃金の割増率を計算する取扱いとなっているため、法定時間外労働の割増率(1ヶ月60時間以内については25%以上、60時間を超える分については50%以上)と法定休日労働の割増率(35%以上)を合算して割増率を計算することはありません。法定時間外労働時間を計上する際には、法定休日労働を独立の労働として扱うこととなります。
例えば、労働者Bが午後1時から午後10時(うち休憩時間1時間)まで週7日間労働し、日曜日が法定休日となる場合、日曜日の8時間の労働については、法定休日労働に該当し賃金に35%の割増を行わなければなりません。そして、月曜日から土曜日までの8時間×6日間=48時間の労働については、1週間の法定労働時間である40時間分の労働は通常の賃金を支払い、法定労働時間を超える8時間分の労働については、法定時間外労働として、60時間以内については賃金に25%の割増を行うこととなります。
(3)他方で、法定時間外労働と深夜労働との関係性については、当該労働が法定時間外労働に該当し、かつ深夜労働にも該当する場合には、両者の割増率を合計し、賃金に割り増しを行わなければなりません。
具体的には、1日の所定労働時間が午後2時から午後10時まで週5日間労働の中小企業Y社において、労働者Cがいた場合、Cが毎日午後10時から午前2時まで4時間の残業を行った場合、当該4時間の残業は法定時間外労働に該当する上、深夜労働にも該当します。この場合、1ヶ月60時間以内の法定時間外労働(1週間当たり20時間の時間外労働を行うことになるため、3週間分の残業)に対しては、法定時間外労働としての割増率25%に、深夜労働としての割増率25%を加算して、通常の労働時間の賃金の50%を割り増して賃金を支払わなければいけないこととなります。そして、1ヶ月60時間を超える法定時間外労働(4週間目の20時間分の残業)に対しては、法定時間外労働としての割増率50%に、深夜労働としての割増率25%を加算して、通常の労働時間の賃金の75%を割り増して賃金を支払わなければならないこととなります。
(1)労基法37条3項は、「使用者が、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、第一項ただし書の規定により割増賃金を支払うべき労働者に対して、当該割増賃金の支払に代えて、通常の労働時間の賃金が支払われる休暇(第三十九条の規定による有給休暇を除く。)を厚生労働省令で定めるところにより与えることを定めた場合において、当該労働者が当該休暇を取得したときは、当該労働者の同項ただし書に規定する時間を超えた時間の労働のうち当該取得した休暇に対応するものとして厚生労働省令で定める時間の労働については、同項ただし書の規定による割増賃金を支払うことを要しない。」と規定し、今回の法改正によって引き上げられた月60時間を超えた法定時間外労働に対する割増賃金について、引き上げられた25%から50%分に相当する休暇を与えることで、引き上げられた分の賃金の支払いが免除されることになります。
(2)具体的には、中小企業Z社において、1時間当たりの賃金が1500円の労働者Dが月70時間の法定時間外労働を行ったとします。この場合、1ヶ月60時間を超える10時間分についてZ社は1時間当たりの賃金1500円に50%を割り増した2250円を支払わなければなりません。今回の法改正が行われるまでは、60時間を超える分に対しても25%割り増した1875円を支払えばよかったのですから、今回の法改正によって引き上げられた割増賃金分は2250円から1875円を引いた375円(労働者Dについては375円×10時間=3750円)となります。
労基法37条3項が定める代替休暇制度とは、今回の法改正で会社がこれまで以上に支払わなくてはならなくなった割り増し分(労働者Dの場合は3750円分)について、割り増し分に相当する休暇を労働者に与えることで、割り増し分の賃金の支払の替わりとすることができる制度となります。あくまでも休暇によって代替できるのは、今回の法改正によって引き上げられた割り増し分のみですので、代替休暇制度を用いたとしても、これまでと同様、法定時間外労働に25%の割増率を加えた賃金は支払わなくてはなりません。
(3)そして、今回の法改正によって引き上げられた割増賃金分に対して何時間分の代替休暇を与える必要が生じるかについては、以下のような計算式によって求めることができます。
【計算式】
(1ヶ月の法定時間外労働の時間数-60時間)×換算率
ここで換算率とは、代替休暇を取得しない場合の割増率(50%以上)から、代替休暇を取得した場合の割増率(25%以上)を引いた値を指しますので、割増率を法律上の最低ラインに従って定めた場合には、換算率は25%となります。
当該換算率を前提に、労働者Dの例で、Dの1ヶ月60時間を超える法定時間外労働における引き上げられた割増賃金分に対し、何時間分の代替休暇を与える必要があるかを計算すると、(70時間-60時間)×25%=2.5時間の代替休暇によって、3750円分の支払が免除されることとなります。
今回の法改正に伴って、中小企業においては、就業規則の見直し等が必要になる場合があり、また、代替休暇制度を導入する場合には、労働者の過半数代表者との間で書面による労使協定を締結する必要もあります(労基法37条3項)。
ただ、就業規則の変更手続や労働者の過半数代表の選出方法等に起因して、労使紛争まで発展することも少なくありません。
当事務所では、就業規則の見直しや労使協定締結のサポートを数多く行ってきた実績がございますので、迅速かつ適切な対応をアドバイスさせていただくことが可能です。
実際に労使紛争が顕在化してしまっている企業様も、今回の法改正等を踏まえて今後人事制度を抜本的に見直していくことを検討をされている企業様も、お気軽にご相談ください。
執筆者:波多野 太一
弁護士法人フォーカスクライド アソシエイト弁護士。
2022年に弁護士登録。企業・個人を問わず、紛争や訴訟への対応を中心に扱い、企業間取引においては契約書等の作成・リーガルチェックといった日々の業務に関する法的支援も多数取り扱っている。
また、相続や交通事故に伴う個人間のトラブルや、少年事件や子どもに関するトラブル等も多数取り扱っている。
企業・個人を問わず、困難に直面している方に寄り添い、問題の解決や最大限の利益の追及はもちろん、目に見えない圧倒的な安心感を提供できるように努めている。