求人票記載の労働条件と実際の労働条件が違ったら
~デイサービスA社事件~

1 はじめに

 企業が新たな労働者を募集する際には、自社のホームページや、ハローワーク、求人募集サイトにおいて求人票を出すことになります。募集を見た労働者は、求人票の内容を踏まえて自身の希望する条件に合った企業に対し雇用契約締結の申込み(応募)を行います。
 もっとも、企業側においては、求人票を出した段階では求人票記載の内容での募集を行っていたものの、経営状況の変化や応募してきた労働者の能力によっては、当初提示していた求人票記載の労働条件とは異なる労働条件で労働者を雇用したいと考える場面があり得るところです。また、企業内での意思疎通が取れていない場合には、新たに募集する労働者に対して提示すべき労働条件が変更されているにもかかわらず、過去に出した求人票の内容を変更せずに労働条件を提示してしまい、労働者を募集してしまうケースもあります。
 このように、求人票において提示していた労働条件と、実際に企業が新たな労働者に要求する労働条件が異なる場合、企業は新たな労働者との間で改めて労働条件に関する合意を取り交わす必要があります。しかしながら、求人票において既に労働条件を提示している以上、合意を取り交わす際には、新たな労働者に対する労働条件の提示の方法、及び変更の内容等注意すべき点があります。
 今回は、求人票において労働条件を「雇用期間の定めなし」として募集したものの、新たな労働者との間で「1年契約」の労働条件に変更する合意を取り交わしたとする企業に対し、求人票記載の条件での労働契約の成立及び自身の労働者としての地位の確認を主張した労働者との間の紛争(京都地裁平成29年3月30日判決「デイサービスA社事件」)を参考に、企業に求められる対応や注意点について解説します。

2 デイサービスA社事件の概要

 デイサービスA社事件は、デイサービス事業を行うY社が、新たな労働者を募集しようとして、ハローワークにおいて求人を行いました。Y社がハローワークにおいて提示した求人票においては、賃金や必要な免許に関する条件の他、雇用形態「正社員」・雇用期間「雇用期間の定めなし」・定年制「なし」との記載がなされていました。しかしながら、実際のところ、Y社代表者のZにおいては、実際の契約内容については、応募してきた人物との雇用契約締結時に改めて定めればよいと考えており、Z自身は求人票に記載されている労働条件について内容を把握していませんでした。
 Y社の求人票を見た64歳の男性Xは、「正社員」「雇用期間の定めなし」「定年制なし」の条件に魅力を感じ、Y社に対して雇用契約締結の申込みをすべく、応募を行いました。Y社の採用面接において、Xは、求人票のとおり定年制の有無について質問を行ったところ、Zは、まだ決めていないとの回答を行いました。なお、XからZに対して、労働契約期間については質問がなされませんでした。
 面接後、Y社は、Xに対し、XをY社において採用する旨の連絡を行い、面接があった翌々月初めから勤務を開始する旨を言い渡しました。しかし、就労開始の1ヵ月前になっても、Y社はXに対して労働契約書を提示せず、労働条件通知書も提示しませんでした。
 Xが実際に勤務を開始すると、勤務開始初日にY社は、Xに対し、「契約期間1年間」、「65歳の定年制」とする内容の労働条件通知書を提示し署名押印を求めました。Xは、既に前職を退職しており、Y社での就業が叶わないとなると、仕事がなくなり収入が絶たれると考えたことから、特に労働条件通知書の内容を確認することなく労働通知書に署名押印をしました。なお、労働条件通知書を提示した際には、Y社はXに対し、各条件について求人票記載の内容から変更されている点があること及び変更の理由について明確な説明は行いませんでした。
 Y社での就業を開始してから約半年後、Xが労働通知書の内容を改めて確認すると、労働通知書記載の条件が、求人票において提示されていた内容と異なり、1年間の有期契約であること、及び65歳での定年制であることを認識しました。
 Y社は、労働条件通知書の条件に従い、Xが就業を開始してから1年後にXとの雇用契約は終了したものとして取り扱いました。
 そこで、XはY社を被告として、Y社との雇用契約は求人票記載の条件である「雇用期間の定めなし」「定年制なし」という条件で契約されていることから、自身がY社の労働者としての地位を有することを確認する旨の確認訴訟を提起した、というのがデイサービスA社事件の概要になります。

3 裁判所の判断

⑴ 本件の争点は、XとY社との間で締結された雇用契約の雇用条件について、求人票記載の条件と就業開始後に提示された労働条件通知書記載の条件のどちらが優先されるのかという点になります。
 この点について裁判所は、「求人票は、求人者が労働条件を明示した上で求職者の雇用契約締結の申込みを誘引するもので、求職者は、当然に求人票記載の労働条件が雇用契約の内容となることを前提に雇用契約締結の申込みをするのであるから、求人票記載の労働条件は、当事者間においてこれと異なる別段の合意をするなどの特段の事情のない限り、雇用契約の内容となると解するのが相当である」として、求人票記載の労働条件が、労働契約書記載の条件に優先するものと示しております。
 裁判所の見解によると、原則的には最初に企業側が提示する求人票記載の条件こそが、雇用契約における労働条件そのものとなり、求人票記載の条件と異なる条件で雇用契約を締結する場合には、企業側と労働者との間で新たな合意をするなどの別段の合意が必要になります。

⑵ その上で、デイサービスA社事件におけるXとY社との間において、Xの就業開始後に行われた労働条件通知書の提示及びXによる署名押印が別段の合意などの「特段の事情」に該当するかが問題となりますが、この点について裁判所は、最高裁平成28年2月19日判決を引用し、「使用者が提示した労働条件の変更が賃金や退職金に関するものである場合には、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為があるとしても、労働者が使用者に使用されてその指揮命令に服すべき立場に置かれており、自らの意思決定の基礎となる情報を収集する能力にも限界があることに照らせば、当該行為をもって直ちに労働者の同意があったものとみるのは相当でなく、当該変更に対する労働者の同意の有無についての判断は慎重にされるべきであり、その同意の有無については、当該行為を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも、判断されるべきものと解するのが相当である」と示したうえで、「賃金や退職金と同様の重要な労働条件の変更についても上記理が妥当する」と判示しました。
 そして、本件で問題となっている「労働契約が期間の定めがあるか否か」という労働条件、及び「定年制の有無」という労働条件については、契約の安定性に大きな相違があること及び雇用契約締結時64歳であったXにとっては、65歳での定年制の有無は就業期間の確保の点等から、賃金や退職金と同様に重要な労働条件に該当すると判断しました。
 また、本件においてY社が、Xとの雇用契約の締結において、契約期間の有無や定年制の有無という重要な労働条件を、求人票記載の「雇用期間の定めなし」及び「定年制なし」の労働条件から、労働条件通知書記載の「1年の有期契約」及び「65歳を定年」とする労働条件に変更することには、Xの不利益が重大であると判断しました。
 さらに、Xは形式的には労働条件通知書の内容を承諾するとして署名押印したものの、被告代表者Zが求人票と異なる労働条件とする旨やその理由を明らかにして説明したとは認められず、他方、被告代表者Zがそれを提示した時点では、Xは既に従前の就業先を退職してY社での就労を開始しており、これを拒否すると仕事が完全になくなり収入が絶たれると考えて署名押印したものと認められるとして、労働条件通知書にXが署名押印した行為は、その自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとは認められないことから、本件の場合には、労働条件通知書への署名押印があったとしても、労働条件の変更についてXの同意があったと認めることはできないと判断しました。

⑶ したがって、裁判所はデイサービスA社事件において、XとY社との間で締結された雇用契約の労働条件の内容は、「雇用期間の定めなし」「定年制なし」という条件で契約されているのであり、1年間という期間が経過してもXが定年することはなく、雇用契約が終了することもないとして、XのY社労働者としての地位を認める旨の判断を下しました。

4 企業において注意すべき点

 デイサービスA社事件を踏まえ、企業側においては、原則的に、求人票において最初に提示した労働条件の内容こそが、雇用条件の内容になることを理解する必要があります。特にY社の様に、企業内部での意思疎通が図られていない場合には、企業が実際に想定する労働条件を超えた条件を求人票において提示することとなりますので、注意が必要です。
 また、仮に求人票記載の条件と異なる条件によって雇用契約を締結する際には、変更した条件の内容(労働者にとっての不利益の程度)及び新たな労働者からの合意の取り付け方によっては、条件変更の合意の効力そのものが否定され、求人票記載の条件で契約が成立したものとみなされるリスクが伴うことにご注意ください。
 デイサービスA社事件での判断および過去の裁判例に照らすと、求人票の条件を変更し新たな労働者から合意を取り付ける際には、求人票記載の当初の条件と、変更後の条件を同時に示し、いかなる条件がいかなる内容に変更されたのか、可視的に労働者に示す必要があると考えられます。
 また、新たな条件を提示する場合には、提示直後に署名押印を求め合意を取り付けるのではなく、労働者が条件の変更点を整理し、変更後の条件を受諾できるか否か検討するための相当な期間を設けることも重要であると考えます。相当な考慮期間を設けた上で合意を取り付けた場合には、労働者が本心に基づいて変更後の条件を受諾したと判断される可能性を高めるものということができます。
 その他にも、変更後の条件を説明する際には、説明時の様子を録音し記録に残すなど、企業側が強引に条件の変更を受諾させたのではないことを裏付ける資料の作成・保管を行うことも有効であると考えます。

5 さいごに

 ここまで、デイサービスA社事件を参考に、企業側が求人票記載の労働条件を変更する際の注意点について解説いたしました。
 当事務所では、多数かつ多様な顧問先企業様の労働条件の変更に関するサポートをさせていただいてきた実績がありますので、将来の労使紛争の火種を作らないよう適切にサポートさせていただくことが可能です。
 労働条件の変更に際し、労働者に対する説明や合意の取り付けるにあたっては、複数の注意点やリスクが含まれますので、お悩みの企業様におかれましては、一度お気軽にご相談ください。

波多野 太一 弁護士法人フォーカスクライド アソシエイト弁護士執筆者:波多野 太一

弁護士法人フォーカスクライド アソシエイト弁護士。
2022年に弁護士登録。企業・個人を問わず、紛争や訴訟への対応を中心に扱い、企業間取引においては契約書等の作成・リーガルチェックといった日々の業務に関する法的支援も多数取り扱っている。
また、相続や交通事故に伴う個人間のトラブルや、少年事件や子どもに関するトラブル等も多数取り扱っている。
企業・個人を問わず、困難に直面している方に寄り添い、問題の解決や最大限の利益の追及はもちろん、目に見えない圧倒的な安心感を提供できるように努めている。

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