内定後に実施したバックグラウンド調査を基に内定を取り消すことができるのか ~ドリームエクスチェンジ事件~

1 はじめに

 今回は、新入社員の採用にあたって、当該入社希望者に対し採用する旨の内定通知書を送付したにもかかわらず、内定後に実施した当該入社希望者のバックグラウンド調査の内容を加味し、内定の取消し(実際には、内定を一旦取り消し当初の契約内容よりも入社希望者に不利な内容で内定通知書を送付し直しました。)を行った会社の行為が違法と判断された事案(東京地裁令和元年8月7日判決~ドリームエクスチェンジ事件~)をご紹介します。

2 ドリームエクスチェンジ事件の概要

 ドリームエクスチェンジ事件の概要ですが、移動体通信事業、デジタルソリューション事業、旅行業などを行う株式会社であるY社が、人材紹介会社に依頼し、旅行業務に従事する人材の募集を行いました。人材紹介会社から紹介されたXは、過去に2つの会社で普通社員又は契約社員として勤務していた実績を有しておりました。Xの採用の可否を判断するために、Y社においては、Xに対し2度に渡って面接を実施しました。面接の内容を踏まえ、Y社は、平成28年12月2日、Xに対し賃金を月給35万円とし、平成29年1月1日付けで採用する旨の内定通知書を送付しました。
 採用内定を出してから約2週間後、Y社においては、Xが実際に業務に就くにあたり、Y社の求める水準の業務能力などを有しているか疑問が生じたことから、Xを紹介した人材紹介会社に対して問い合わせを行ったところ、人材紹介会社において、過去の就業先におけるXの経歴・性格素行・勤怠・業務能力・退職理由などについて調査を実施していないとの回答を受けることになりました。Y社としては、Xのこれまでの勤務先におけるバックグラウンドについては、人材紹介会社において調査を実施した上で、Y社の求める水準を満たす人材のみが紹介されているものと思い込んでいたため、Y社独自の調査を実施せずに採用内定を行ってしまいました。
 Xに対するバックグラウンド調査が実施されていないことが判明したため、Y社は、①Xの経歴・性格素行・勤怠・業務能力・退職理由などについて調査を実施すること、②調査の結果によっては、Y社はXの内定を取消し、Xもまた内定取消に応じることを内容とするバックグラウンド調査を実施することについてXに同意するよう求めたところ、Xはこれに応じました。
 Y社はXのバックグラウンドを調査するため、Xがこれまでに勤務していた2つの会社に対して調査を実施したところ、Xが勤務していた1社目の会社(普通社員として18年以上勤務)においては、Xの業務能力について、「18年以上も勤務しながら役職に就くことなく一般社員に終始したとの経歴から、どの程度のスキルであるかは加味していただきたい」との回答を得ることとなりました。また、2つ目の会社(1つ目の会社を退職した直後に契約社員として1年程勤務)からは、Xの業務能力について、「業界のキャリアは長いがスキル不足である」、「結論として当社が求めるレベルではなく戦力外と判断し、平成28年12月31日をもって契約を打ち切った」との回答を得ることとなりました。
 Y社はXのバックグラウンド調査の結果を踏まえ、XがY社の求める水準の業務能力を有していないものと判断し、Xに対して出していた採用内定を取消し、Xの業務能力を踏まえた内容で、Xに対し改めて採用内定通知書を送付しました。Y社が改めてXを採用するにあたっての労働条件は、賃金を月給25万8000円とする内容に変更されていました。
 これを受けて、Xは、賃金月額35万円の内容でY社と労働契約を締結したのであって、自身は当該労働契約上の地位にあることの確認、及び、バックグラウンド調査が実施され勤務を開始できなかった期間の未払賃金の支払いをY社に対して求めましたが、Y社はこれに応じず、賃金月額25万8000円の内容の採用内定についても取消しました。
 このような経緯を踏まえ、Xは①自身が賃金月額35万円を内容とする労働契約上の地位にあることの確認、②当初の採用内定に基づき、平成29年1月末日から判決が確定するまでの期間における月額35万円の賃金の支払いを求めて、Y社を被告として、訴えを起こしました。
 もっとも、実のところXは、Y社から採用内定取消しを受けた数か月後には、別の会社において就業し賃金を得ていたという事情があり、既に他社から収入を得ているXが、Y社から未払い賃金を受け取ることができるのか、そもそもXはY社で就業する意思をなお有しているのか、という点も本件の争点となりました。そのため、ドリームエクスチェンジ事件の争点は(1)本件採用内定が被告の錯誤により無効といえるか(2)本件採用内定取消しの有効性(3)原告の労働契約上の地位確認請求の可否(就労意思の有無)及び原告の請求が権利濫用に当たるか(4)中間収入の控除額の4点ですが、今回は、特に重要な争点である(2)本件内定取消しの有効性の争点について解説します。

3 採用内定の法的性質及び本件採用内定取消しの有効性

 採用内定取消しの有効性について解説する前に、まず、採用内定自体がどのような性質を有するかについてご説明します。
 会社が採用内定を出すことは、内定受諾者との間で純粋な労働契約を締結することにはなりません。採用内定は、●月●日から勤務を開始するという労働開始の始期を定めており、それと同時に特別の事情が発生した場合や内定受諾者が就業を開始するにあたって必要な条件を満たさなかった場合(大学の単位を取得できなかった、入社前に取得すべきであった資格を取得できなかった等)には、採用内定を取消す(解消する)権利が会社側に留保されています。そのため、採用内定は、「始期付解約権留保付労働契約」であると考えられています。
 採用内定を出した会社側には、特別の事情が発生した場合や内定受諾者が就業を開始するにあたって必要な条件を満たさなかった場合には、採用内定を取消す(解消する)権利が留保されていることになります。

 では、実際に会社側が採用内定を取消す場合、つまり会社側が留保されている解約権を行使するには、どのような事情や条件が必要になるのでしょうか。
 この点について、採用内定期間中における会社側による解約権の行使は、「採用内定の取消事由が、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認することができる」場合にのみ、許容されるものと考えられております(最高裁昭和54年7月20日判決)。
 採用内定において会社側に解約権が留保されているのは、労働契約の締結に際し、会社側の方が一般的には個々の労働者に対して社会的に優越した地位にあることを考慮し、採用決定の当初にはその者の資質・性格・能力などの適格性の有無に関連する事項につき、会社側が資料を十分に収集することができないため、後日における調査や観察に基づく最終的決定を留保することにあることから、このような解約権の趣旨、目的に照らすと、上記のような条件を満たす場合には、会社側による解約権の行使が許容されることになります。

 次に、解約権の行使が許容されるための上記条件を前提とし、ドリームエクスチェンジ事件におけるY社によるXの採用内定の取消しが許容されるかについて解説します。
 裁判所の判断を解説するにあたっての本件における前提事実ですが、実は、Y社はXを採用するにあたり、Y社における旅行事業部のトップを任せられるような人材を確保しようとしてXの採用を行っていました。そのため、Y社においては、Xが、旅行事業部のトップとしての役割を果たせられるような業務能力を有していることが採用にあたっての条件であると考えていました。また、XはY社での就業を応募する際に提出した職務経歴書において、「6年連続売上ターゲット達成」「造成商品の1本がそのシリーズとして過去最高の集客を記録した」等と自身の功績を記載していたことから、Y社は、Xが旅行事業部のトップを務められる業務能力を有していると判断して採用内定を出していました。
 しかし、バックグラウンド調査によってXが務めていた前2社における評価は、先にも記載した通り、Xを高く評価する内容ではなかったことから、Y社としては、Xが経歴詐称又は能力詐称を行ったとして、採用内定取消しにおける客観的合理性や社会通念上の相当性があると主張しました。
 Y社の主張に対し裁判所は、①Y社代表者がXに対する二次面接において、旅行事業部を独立させたいという話はしたものの、トップを任せたいなどとXに期待する役割等についてまで具体的な話合いがなされたと認めるに足りる証拠がないこと、②被告の求人内容を見ても、幹部候補者や役職付きの人材を募集している旨は明記されていないこと、③バックグラウンド調査によって前2社が記載した内容についても、Xが職務経歴書に記載した内容を否定する旨の記載はなく、Xの業務実績に関するY社への説明内容が明らかな虚偽であるとか、誇張された内容であることを認めるに足りる証拠はない、として、Xが経歴詐称、又は能力詐称をしたとまでは認められないと判断しました。
 裁判所はさらに、Y社は人材紹介会社においてすでにバックグラウンド調査が実施されたものと考えていたところ、Xに対する本件採用内定通知を発した後に能力面に疑念を抱き、バックグラウンド調査を行ったことで、採用内定を取消す事情が判明したと主張するが、そもそも、本件採用内定通知を行う前に同調査を実施していれば容易に判明し得た事情に基づき本件内定取消を行ったものと評価されてもやむを得ないところであり、Y社がバックグラウンド調査については,人材紹介会社においてすでに実施されたものと誤信したことや、XがY社の求めに応じてバックグラウンド調査に同意したことなどの事情は、上記認定を左右するものとはいえないと判断しました。
 その結果、裁判所は、Y社によるXの採用内定取消しについて、XがY社の求める水準以上の能力を有していなかったという事情は、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認することができるものとはいえないとして、本件採用内定の取消しは無効であると判示しました。

4 ドリームエクスチェンジ事件を踏まえて会社側が注意すべきこと

 ドリームエクスチェンジ事件においては、会社側が、採用内定後に行ったバックグラウンド調査を基に採用内定を取消した行為が違法と判断されました。
 もっとも、本判決はあくまでもY社の採用内定の取消しが違法であることを示したのみであり、採用内定後にバックグラウンド調査を実施し、当該調査結果に基づいて採用内定を取消すこと自体が違法であると示したわけではない点にご注意ください。採用内定には、会社側が十分な資料を収集し、最終的な決定を行うための期間を確保するという趣旨、目的もありますので、採用内定後のバックグラウンド調査によって発覚した事情が、会社側が求める資質、経歴、能力などの条件や水準にそぐわないことが客観的に明らかである場合や、本件とは異なり内定受諾者が経歴詐称や能力詐称をしていたことが発覚した場合には、採用内定の取消しが認められるケースも十分に想定されるものと考えることができます。
 このようなトラブルを避けるためにも、会社側においては、まず、採用内定を出す前にバックグラウンド調査を実施し、入社希望者が有する経歴や能力について、十分な調査を行うことが必要になります。採用内定を取消すためには、取消事由が、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であることが要件に含まれていますので、基本的なバックグラウンド調査については、採用内定前に実施することができたと判断されてしまう可能性が高いといえます。
 その他にも、会社側が求める能力や水準、入社後に期待する具体的な役割等を示した上で採用するとともに、募集時の条件や、面接における会話の内容を記録しておくことで、採用内定後に能力不足や経歴の詐称が発覚した場合に、採用内定を取消すことが客観的に合理的かつ、社会通念上相当性を有するものと判断される可能性が高まるものと思われます。

5 さいごに

 以上のように、ドリームエクスチェンジ事件を参考に、採用内定後に会社側が採用内定を取消すための条件や対策について解説いたしました。
 当事務所では、多数かつ多様な顧問先企業様の採用内定取消しに関するサポートをさせていただいてきた実績がありますので、将来の労使紛争の火種を作らないよう適切にサポートさせていただくことが可能です。
 社員を採用するにあたってトラブルに遭われた経験をお持ちの会社様や、採用内定の取消しにあたって不安を抱えられている会社様におかれましては、お気軽にお問合せください。採用内定を出すまでに行うべき調査や、取消しにあたって注意すべき点など、丁寧にサポートさせていただきます。

波多野 太一 弁護士法人フォーカスクライド アソシエイト弁護士執筆者:波多野 太一

弁護士法人フォーカスクライド アソシエイト弁護士。
2022年に弁護士登録。企業・個人を問わず、紛争や訴訟への対応を中心に扱い、企業間取引においては契約書等の作成・リーガルチェックといった日々の業務に関する法的支援も多数取り扱っている。
また、相続や交通事故に伴う個人間のトラブルや、少年事件や子どもに関するトラブル等も多数取り扱っている。
企業・個人を問わず、困難に直面している方に寄り添い、問題の解決や最大限の利益の追及はもちろん、目に見えない圧倒的な安心感を提供できるように努めている。

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