紛争になり難い成果型賃金制度とは?

Labor Issues

1. はじめに

成果型賃金制度は,年功序列型賃金制度の対極に位置する賃金制度です。年功序列型賃金制度が,主に勤続年数に応じて賃金が定まり,昇給するのに対し,成果型賃金制度は,勤続年数にかかわらず業務の量や質に応じて賃金額が決定,昇給するものをいいます。

皆様の中には,これまでの年功序列型賃金制度から成果型賃金制度への変更を検討されている方もいらっしゃるのではないかと思います。

そこで,本稿では,成果型賃金制度導入のメリット・デメリット,導入の手順の留意点をご紹介します。

2. 成果型賃金制度を導入するメリット・デメリット

成果型賃金制度を導入するメリットとしては,主に以下のものが存在します。

メリット①:人件費の適正化
成果型賃金制度を導入することで,勤続年数に応じて定められる賃金(いわゆる年功給)のうち,成果が伴わない部分の賃金を削減し,評価結果に基づいて,適正に人件費を配分することが可能となります。

メリット②:従業員のモチベーションの向上
成果型賃金制度では,営業成績や売上アップなどの結果を昇給や昇格に反映させることで,社員のモチベーションを上げるのに役立ちます。
チーム内,グループ内での競争が促進され,会社全体の業績向上にも寄与することになります。

メリット③:優秀な人材の確保
実力や成果に見合った待遇を提示する企業は,優秀な人材にとって非常に魅力のある職場であるとみられます。

上記のようなメリットがある反面,以下のようなデメリットも存在します。

デメリット①:適正な評価をつけることが難しい
成果型賃金制度の内容として,評価基準を定量的に定めることができるものであれば,一定の公平性を担保しながら,評価を下すことが可能です。
他方で,評価基準が評価者の主観にゆだねられる部分が大きいものの場合,必ずしも公正な評価がなされない,あるいは,客観的にみて公正な評価がなされているとしても,公正に評価されていないと従業員に疑念を抱かせるということがありえます。

デメリット②:社内の人間関係の悪化
従業員ごとに評価をする以上,従業員の間で差が生まれるのは必然であり,むしろ,そこに成果型賃金制度を導入する意味があります。しかし,この評価の差によって,チーム内あるいは会社全体の人間関係が悪化し,業務効率が低下するというリスクがあります。

加えて,従来の年功序列型賃金制度から成果型賃金制度へ変更をするという場合は,賃金が下がる可能性があるということで,労働条件の「不利益変更」に該当することになります。そして,会社が従業員の労働条件の不利益変更を実施する手順を誤ると,当該変更自体が裁判所の判断により無効と判断され,変更前の労働条件が適用され,減額された分の賃料の支払いを命じられるというリスクがあります。
そのため,成果型賃金制度を導入する場合には,適法な手順で実施することが不可欠です。

3. 成果型賃金制度の導入手順の留意点

適法に導入するための手順としては,大きく分けて,
⑴ 従業員の個別同意を得ることによって変更する方法
⑵ 就業規則の改訂によって変更する方法
⑶ 労働協約の締結,改訂によって変更する方法

の3つの方法がありますが,ここでは,⑴と⑵に絞ってご紹介します。

⑴ 従業員の個別同意を得ることによって変更する方法
個々の従業員と会社との間で労働条件変更について同意すれば,当該従業員の労働条件は合意に沿って有効に変更されます。この場合,後述する変更内容が合理的であること(「変更の合理性」といいます。)は問題となりません。

この点,別稿「労働条件の不利益変更(総論)」で,近年の最高裁判例(最判平成28年2月19日労判1136号6頁)での,不利益変更に関する従業員の同意の有効性判断についてご紹介しておりますので,ご参照ください。

⑵ 就業規則の改訂によって変更する方法
従業員の個別同意を得ることなく,労働条件を変更する方法として,就業規則の改訂によって変更する方法が考えられます。ここでは従来の年功序列型賃金制度から成果型賃金制度へ変更することの合理性(変更の合理性)が認められるかどうかが重要です。

変更の合理性判断において,もっとも重要なポイントが,「総額人件費が維持できるか否か」です。仮に,総額人件費の減少を伴う形で成果型賃金制度を導入する場合,制度を導入する必要性に加えて,人件費の削減をおこなう必要性があるかどうかまで考慮されることになり,有効性判断のハードルが大きく上がることになります。そのため,成果型賃金制度を導入するには,総額人件費を少なくとも維持することが重要です。

総額人件費を維持するという前提に立ち,変更の合理性を検討する場合,
①一部の従業員層にのみ不利益な内容となるものではないこと,
②評価制度が適正であること,
③経過措置・代替措置を設けること

の3つのポイントを抑える必要があります。

① 一部の従業員層にのみ不利益な内容となるものではないこと
年功序列型賃金制度から成果型賃金制度への変更にあたり,高年齢層の賃金が減少する可能性があり,ここでの減少幅が極端に大きい場合,特定の従業員層にのみ不利益を与える内容であるとして,無効と判断される要素になる可能性があります。

これを回避するために,数年間は調整手当等で減額幅を調整するという経過措置を採ること,年齢のみを基準として減額されるような制度設計をしないようにするなどの方策が考えられます。

② 評価制度が適正であること
職務内容・成果に見合った処遇を実現するためには,これを適正に評価できる評価制度の整備が不可欠であり,評価制度が適正であることは変更の合理性を基礎づける事由となり得ます。もっとも,実際にどのような評価制度を採用するかについては,会社の裁量に委ねられています。

制度の整備にあたっては,以下の点を検討する必要があります。
(ⅰ)評価項目・評価要素の検討
(ⅱ)評価者の訓練・指導の徹底
(ⅲ)評価内容のフィードバックの実施
(ⅳ)苦情処理窓口の導入

③ 不利益内容の説明の実施など
制度変更に関する説明自体は重要ですが,変更の合理性判断にあたっては,特に不利益を被る者に対して,どのような不利益を被る可能性があるかを明確に説明しておく必要があります。また,当該説明を実施したことについて,きちんと証拠を残しておくということも,後に裁判にて争うこととなった場合に非常に重要となります。

4. 当事務所でできること

成果型賃金制度の導入に当たっての留意点は以上のとおりです。

賃金制度というとりわけ従業員にとって重要性の高い労働条件の不利益変更となると,裁判所としても厳しい目で判断をすることになります。一度,無効であるとされてしまうと,差額を請求されるリスクに加えて,再度制度を変更しなければなりません。

当事務所では,顧問先企業様から自社の賃金制度を変更したいというご要望を多数いただいております。
当事務所では,個々の企業様のご事情のヒアリングと労務関連資料の収集・検討を経て,それぞれの企業様の状況に応じた最適な不利益変更の方法のご提案と,具体的な手続きの進め方や資料作成などを適切かつ迅速にサポートをさせていただきます。

実際に成果型賃金制度の導入を検討されている企業様も,今度どのような賃金制度を構築しようか迷っておられる企業様も,是非一度お気軽にご相談ください。

新留治 弁護士法人フォーカスクライド アソシエイト弁護士執筆者:新留 治

弁護士法人フォーカスクライド アソシエイト弁護士。2016年に弁護士登録以降、個人案件から上場企業間のM&A、法人破産等の法人案件まで幅広い案件に携わっている。特に、人事労務分野において、突発的な残業代請求、不当解雇によるバックペイ請求、労基署調査などの対応はもちろん、問題従業員対応、社内規程整備といった日常的な相談対応により、いかに紛争を事前に予防することに注力し、クライアントファーストのリーガルサービスの提供を行っている。

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