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「名ばかり管理職」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。名ばかり管理職とは、労働基準法上の「管理監督者」には該当しないにも関わらず、会社から管理職という肩書を付され、残業代等の割増賃金(以下「割増賃金」といいます。)が支払われない従業員のことを指します。会社が従業員を名ばかり管理職とする理由は、割増賃金の支払いを減少させるという人件費の削減にあると考えられます。
会社にとって、人件費の削減は会社の利益を生み出すために検討されるべき事項です。そのため、従業員を管理監督者とすることは、魅力的に映るものです。
しかし、名ばかり管理職となった従業員が、会社に対して割増賃金の支払いを求める紛争を起こすと、会社にとっては、管理監督者に該当しないと判断された場合は割増賃金の支払いを行う必要が生じますし、そもそも、紛争に巻き込まれるという大きな負担が生じます。
以下では、「管理監督者」に関する解説を行い、会社が「管理監督者」を従業員に任せる場合にどのような注意を払うべきであるかを確認していきます。
名ばかり管理職の問題は、その従業員が、労働基準法上の「管理監督者」(労働基準法第41条第2号)に該当するか否かの問題となります。その従業員が管理監督者となると、割増賃金に係る労働基準法上の労働時間、休憩及び休日に関する規定は適用されないことになります。そのため、割増賃金を支払う義務が生じなくなります。もっとも、管理監督者であっても、深夜業に関する規定は適用されるため、深夜業の割増賃金の支払いは必要となりますので、注意が必要です。
管理監督者とは、行政解釈上、「労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者」を指すとされています(昭22・9・13発基17等)。この行政解釈に関連して、裁判所は、以下の3要件を満たす従業員を管理監督者と認めています。
① 事業主の経営に関する決定に参画し、労務管理等の指揮監督権限を有していること(経営者との一体性)
② 自己の裁量で労働時間を管理することが許容されていること(労働時間の裁量)
③ 管理監督者としての地位や職責にふさわしい賃金等の待遇を得ていること(賃金等の待遇)
前述した管理監督者として認められるための3要件は、その従業員がどのような労働環境にあったのかを個別に検討することにより判断されます。
①の要件は、会社の営業方針を決定する会議にその従業員が参加しているか否か、その従業員に人事権限が与えられているか等を総合考慮して判断されます。例えば、ある会社の支店長が、本社にて開催される各支店を対象とした営業方針を決定する旨の会議に参加し、発言の機会が与えられているといえる場合には、①の要件該当性を肯定する事情となります。
①の要件該当性を示すためには、会議の議事録(従業員の発言内容の骨子も記載されていた方がよいです。)、その従業員の職務分掌に関する資料、組織図(その従業員にどの程度の部下がいるか等も明記したもの)等、職務内容を示す証拠を用意することが有用です。また、会議の議事録
②の要件は、始業・終業時間、勤務時間に関する拘束がどの程度あったのかを考慮して判断されます。
会社では他の従業員とコミュニケーションをとる必要があること、他の会社と取引を行う必要がある以上、始業・終業時間が全く決まっていないというのは非現実的かもしれません。重要な要素は、始業・終業時間の拘束があるか否かです。訴訟の中でも、管理監督者該当性が争いとなる場合、その従業員が遅刻・早退をした際に、減給等のペナルティが存在していたか否かは重要な要素となります(給与明細等で明らかとなりえます。)。ペナルティがあるということは、その従業員に遅刻・早退を許さないことを示すのであり、これは始業・終業時間を拘束していると評価できます。そのため、この事情は、②の要件が満たされないことを強く示します。
なお、タイムカードによる出退勤管理が行われていることも、②の要件が満たされないことを推認させる事情となりますが、単に出退勤の確認を行うという目的で行われている等、労働時間の把握という目的以外の目的で用いられている場合は、労働時間の裁量を否定する要素ではないと考えられています。
賃金等の待遇については、一般労働者と比べて基本給が優遇されているか、管理職に関する役職手当が付されているかが考慮要素となります。③の要素は、給与体系を示した証拠(就業規則等も含みます。)を用意することが有用です。
従業員は、会社との関係性が解消される退職時に、未払割増賃金の支払いを求める紛争を生じさせることが多いといえます。そのため、在籍中に従業員と円満な関係を築いていたとしても、突然紛争が生じることも十分あり得ます。
仮にこのような紛争が生じた場合、会社としては、前述した①から③までの要素を肯定する証拠を準備し、当該従業員が管理監督者に該当するとの主張を行うことになります。
法的な紛争では、証拠が命と言っても過言ではありません。そのため、紛争が発生する前から、前述した証拠を確保しておくべきです。証拠があれば、労働者に対する主張も行いやすく、紛争の早期解決を図ることができる可能性があります。
会社が管理監督者に該当するとして一定の役職を与えた場合、その役職は管理職となることがあります。管理職は、その職責の重さから長時間労働になる傾向があり、仮に割増賃金の支払義務が生じた場合、支払うべき割増賃金額は高額になる傾向があります。
さらに、割増賃金に関する紛争が他の従業員に波及するリスクもあります。会社の上層部が口外しなかったとしても、当該紛争の存在は他の従業員に広まってしまうものです。そうすると、他の従業員も割増賃金請求を行ってくる可能性が生じます。
また、割増賃金に関する紛争では、従業員の上司、同僚、部下に対してヒアリングを行う、訴訟時には会社側の証人として裁判に関与してもらう等、有形無形の負担を他の従業員に課すこととなってしまいます。そして、会社側の従業員は割増賃金請求を行った従業員と対立することになるため、会社の士気低下にもつながります。
このように、ひとたび紛争が生じれば、紛争に負けた場合に割増賃金を支払う義務が生じるという金銭的な負担のみならず、従業員全体の士気にかかわる事態も生じかねません(この意味で、割増賃金の支払いを請求してきた従業員と和解を行う際、口外禁止条項は必須です。)。
当事務所では、割増賃金支払請求に関する交渉、訴訟に関する経験がございます。そのため、交渉・訴訟に対する対応を行うのみならず、当該請求に係るリスクヘッジの方法を検討する予防法務の観点からもサポートすることが可能です。
ぜひお気軽にご連絡ください。
執筆者:藏野 時光
弁護士法人フォーカスクライド アソシエイト弁護士。2017年に弁護士登録。離婚問題等個人間の法的紛争から知的財産紛争等企業間の紛争まで幅広い分野に携わっている。また、刑事事件も取り扱う。紛争に関する交渉、訴訟対応のみならず、企業間取引における契約書等の作成・リーガルチェック等、企業における日々の業務に関する法的支援も多数取り扱っている。個人、企業問わず、クライアントが目指す利益を実現するために採るべき具体的方法を検討し、リスクに関する説明も交えた丁寧な説明を心がけ、リーガルサービスを提供している。