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どのような業界でも顧客に対して物やサービスを提供するものである以上は顧客の獲得・維持が重要であることは言うまでもありません。そして、各会社では、顧客の獲得・維持のために多大な時間とコストをかけておられることでしょう。そして、会社の従業員も、業務に従事する中で顧客の獲得・維持の方法を日々多大な知識・経験として蓄積していき、会社とともに成長していくということは、理想的な会社のあり方ともいえるでしょう。
他方で、会社が時間とコストをかけて獲得・維持をしてきた顧客を、会社の従業員が同業他社への転職に際して自らの顧客として奪取したり、個人事業主として独立又は新会社の設立を機に、在籍していた会社から自ら又は新会社へ契約を切り替えさせるといった行動に出ることが考えられます。
このような行為は、会社としては看過し難いものではありますが、対応を誤ってしまうと、逆に退職した元従業員から不当に業務を妨害するなどとして反撃を受けることも考えられます。特に、同業他社への転職や独立が一般的な業界においては、違法な顧客奪取なのか、自由競争の範囲内での適法な顧客の獲得であるかの線引きが難しい場面も考えられます。
そこで、本稿では、転職・独立による顧客奪取を防止する方法の問題点とその対応策について、ご紹介します。
在職中の従業員は、当然に会社の利益と相反する行為を差し控える雇用契約又は信義則上の義務があるため、会社の顧客を自らの顧客とするようなことは当該義務に違反し、制限されます。
他方で、退職後は、職業選択の自由(憲法第21条第1項)のもと、あるいは自由競争の範囲内として、会社の顧客に対して自ら又は転職先の顧客となるように働きかけることも原則として許容されるとされます。もっとも、①顧客奪取が営業秘密を利用して行われている場合や、②競業避止義務を負っているにもかかわらず行われている場合には、当該顧客奪取行為が制限されることとなります。
顧客奪取が会社から不正に持ち出された顧客に関する情報を利用して行われており、当該顧客に関する情報が不正競争防止法上の「営業秘密」に該当する場合、同法に規定されている権利を行使することが考えられます。
もっとも、顧客に関する情報が常に「営業秘密」に該当する訳ではなく、「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの」という営業秘密の定義に該当する必要があります。特に「秘密として管理」されていたか否かという秘密管理性の要件を充足するかどうかが非常に重要とされています。この秘密管理性の要件が認められるには、①当該情報にアクセスできる者が制限されていること(アクセス制限)、②当該情報にアクセスした者に当該情報が営業秘密であることが認識できること(客観的認識可能性)の2つの要素を考慮されます。
したがいまして、顧客に関する情報が「営業秘密」として保護されるには、当該情報へのアクセスを物理的・技術的・人的な制限を加えるほか、当該情報に含まれる媒体に秘密である旨の表示を付したり、規則・契約・誓約書等に当該情報が秘密であることを明記するなどして、当該情報が営業秘密であることをアクセス者に認識できるようにすることが重要です。
競業行為であってもこれを行うことは、前記職業選択の自由との関係で原則として許容されます。そのため、同業他社へ転職・独立した元従業員に対して、顧客奪取を防止すべく競業避止義務を課すには、別途競業避止義務を課した合意を締結することが有効です。
もっとも競業避止義務を課した合意を締結する場合でも、当該合意が常に有効と判断される訳ではありません。かかる合意は、①使用者の正当な利益の保護を目的とすること、②労働者の退職前の地位、③競業が禁止される業務、期間、地域の範囲、④使用者による代償措置の有無等の諸事情を考慮して、その合意が合理性を欠き、労働者の職業選択の自由を不当に害するものである場合には、公序良俗に反するものとして無効なものと判断される場合があります。過去の裁判例では、上記①~④はすべての条件を充足しなければ無効と判断される訳ではなく、全体のバランスによって最終的に「合意が合理性を欠き、労働者の職業選択の自由を不当に害するもの」といえるかどうかで有効性が判断されています。
顧客に関する情報が営業秘密に該当する場合で、元従業員が当該顧客に関する情報を退職時に会社から持ち出していたという場合、会社は、当該元従業員や顧客情報を利用している法人に対して、当該営業秘密の使用の差止請求や持ち出した顧客情報の廃棄請求及び損害賠償請求をすることが考えられます。また、元従業員が会社から顧客情報を持ち出した際に、会社に損害を与えることを目的としていた場合などには、刑事上の責任を追及するということも考えられます。
元従業員が、前記2(2)の競業避止義務の合意をしたにもかかわらず、当該競業避止義務に違反して同業他社に転職・独立し、会社の顧客を奪取しているという場合に、違反したことを理由として、競業行為への従事や営業行為の差止請求を行うことが考えられます。具体的には、当該元従業員が、会社の顧客に対して競業行為として制限されている行為を行っていること(例えば、制限された期間内に連絡を取っていることなど)を指摘し、当該行為に対して、差止めの仮処分を求めることが考えられます。あわせて、合意に基づく競業避止義務違反に対して損害賠償請求をすることも考えられます。
本稿では、元従業員の同業他社への転職・独立による顧客奪取の問題点や対応策についてご紹介しました。顧客奪取は、会社の業績に直結しかねず、会社内の従業員のモチベーションにも大きな影響を及ぼしかねませんので、非常に重大な問題です。ところが、日常的にこれを防ぐべく有効な対策を講じることができているという会社は非常に少ないというのが現状です。
当事務所では、日常的に顧問先会社様から問題のある従業員や元従業員に関する相談をお受けしており、その過程で顧客奪取に対する対策として、顧客情報の管理方法や退職時の合意書作成など対応をさせていただいております。会社の従業員や元従業員にお困りでしたら、お気軽にご相談ください。
執筆者:新留 治
弁護士法人フォーカスクライド アソシエイト弁護士。2016年に弁護士登録以降、個人案件から上場企業間のM&A、法人破産等の法人案件まで幅広い案件に携わっている。特に、人事労務分野において、突発的な残業代請求、不当解雇によるバックペイ請求、労基署調査などの対応はもちろん、問題従業員対応、社内規程整備といった日常的な相談対応により、いかに紛争を事前に予防することに注力し、クライアントファーストのリーガルサービスの提供を行っている。