在職中の従業員が秘密情報の顧客名簿等を利用していた事例②

1 はじめに

 会社の営業担当の従業員が,自社の秘密情報として管理されている顧客名簿や顧客・取引先との間の契約書を利用して,別会社を立ち上げて同種のビジネスを始めようと画策しているので何とかしてほしいという相談をいただきました。その従業員は,営業担当として自身が契約をとってきた顧客・取引先は自分のものだ,などといって会社の顧客や取引先に対して,会社との取引の解消と別会社との新たな取引を誘引するという方法で顧客や取引先を奪取していました。
 上記のような場合の対抗策としては,①秘密保持契約や就業規則等に基づく秘密保持義務に違反することを理由とする損害賠償請求又は秘密情報の開示・漏洩の差止請求,②不正競争防止法上の営業秘密侵害を理由とする損害賠償請求,不正な利用の差止請求又は刑事告訴が考えられます。
 本稿では,②不正競争防止法上の営業秘密侵害を理由とする各種請求の要件のうち,「営業秘密」該当性についてご紹介いたします。

2 不正競争防止法上保護される「営業秘密」とは?

 営業秘密とは,不正競争防止法第2条第6項にて以下のとおり定義づけられております。
  「この法律において「営業秘密」とは,秘密として管理されている生産方法,販売方法その他の事業活動に有用な技術上の又は営業上の情報であって,公然と知られていないものをいう。」
 上記定義から,とある情報が営業秘密に該当するとされるための要件は,以下の3要件とされております。
   (1)秘密として管理されていること(秘密管理性)
   (2)事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であること(有用性)
   (3)公然と知られていないこと(非公知性)
 以下,各要件についてご紹介いたします。

(1)秘密として管理されていること(秘密管理性)

 秘密として管理されているという秘密管理性要件の趣旨は,会社が秘密として管理しようとする対象(情報の範囲)が従業員や取引先(従業員等)に対して明確化されることによって,従業員等の予見可能性,ひいては,経済活動の安定性を確保することにあります。
 この点,秘密管理性の判断には経産省作成の「営業秘密管理指針」(平成31年1月23日改訂。以下「指針」といいます。)が参考になります。指針は,会社が保有する情報につき,「営業秘密」として差止請求等の法的保護を受けるために必要となる最低限の水準の対策を示すものとされており,かかる指針を満たせば常に営業秘密に該当するというものではありませんが,該当性判断にあたり実務上,非常に参考になるものとされております。
 指針において秘密管理性が満たされるためには,
「営業秘密保有会社が当該情報を秘密であると単に主観的に認識しているだけでは不十分である。すなわち,営業秘密保有会社の秘密管理意思(特定の情報を秘密として管理しようとする意思)が,具体的状況に応じて経済合理的な秘密管理措置によって,従業員に明確に示され,結果として,従業員が当該秘密管理意思を容易に認識できる(換言すれば,認識可能性が確保される)必要がある。取引相手先に対する秘密管理意思の明示についても,基本的には対従業員と同様に考えることができる。」
とされております。そして,ここでの「秘密管理措置」は,営業秘密の対象となる情報が,営業秘密ではない情報から合理的に区分されていること,営業秘密の対象となる情報について営業秘密であることを明らかにすることを要するとされております。
 例えば,営業秘密が紙媒体で管理されている場合,ファイリングする等により一般情報からの合理的な区分を行ったうえで,基本的には当該文書に「マル秘」など秘密であることを表示することによることが考えられます。また,個別の文書やファイルに秘密表示をする代わりに,認識可能なキャビネットや金庫等に保管する方法も,認識可能性を確保する手段として考えられます。営業秘密が電子媒体で管理されている場合,USB等の記録媒体,ファイル名及びデータそのもの(ヘッダー等)に「マル秘」との記載を付すことが考えられます。なお,外部のクラウドを利用して,営業秘密を保管・管理する場合も,アクセス権限を設定し,ID・パスワードの取扱い(机上や端末にメモ用紙を貼付しないなど)も含めているなど秘密として管理されていれば,秘密管理性を肯定する方向に働きます。製造した機械,試作品など物それ自体に営業秘密が化体している場合,当該物が置かれている部屋への立入を制限したり,入退室の管理をしたり,営業秘密として保管されているものをリスト化しておくなどが考えられます。

(2)事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であること(有用性)

 有用性が認められるには,その情報が客観的にみて,事業活動にとって有用であることが必要とされます。一方,会社の反社会的な行為などの公序良俗に反する内容の情報は,有用性が認められません。例えば,脱税や有害物質の垂れ流し等の反社会的な情報など秘密として法律上保護されることに正当な利益が乏しい情報を営業秘密の範囲から除外した上で,広い意味で商業的価値が認められる情報を保護することに主眼があります。
 そのため,秘密管理性・非公知性要件を満たす情報は,広い意味で商業的価値を認められ,有用性も認められることが通常であり,また,現に事業活動に使用・利用されていることを要するものでもありません。同様に,直接ビジネスに活用されている情報に限らず,間接的な(潜在的な)価値がある場合も含まれます。例えば,過去に失敗した研究データ(当該情報を利用して研究開発費用の節約が可能),製品の欠陥情報(欠陥製品を検知するための精度の高いAI技術を利用したソフトウェアの開発には重要な情報)等のいわゆるネガティブ・インフォメーションにも有用性は認められます。

(3)公然と知られていないこと(非公知性)

 非公知性が認められるためには,一般的には知られておらず,又は容易に知ることができないことが必要となります。具体的には,当該情報が合理的な努力の範囲内で入手可能な刊行物に記載されていない,公開情報や一般に入手可能な商品等から容易に推測・分析されない等,営業秘密保有者の管理下以外では一般的に入手できない状態をいいます。また,営業秘密保有者以外の第三者が同種の営業秘密を独立に開発した場合,当該第三者が秘密に管理していればなお非公知とされます。

3 従業員による顧客情報の不正利用に対して不正競争防止法上の責任追及をするための対抗策

 ある情報が不正競争防止法上の営業秘密に該当するか否かは,秘密管理性が認められるかが非常に重要となるところ,かかる判断は,日常業務の中で,当該情報をどの程度秘密情報以外の情報と区別して管理しているか,当該区別して管理していることをいかに従業員に周知徹底させているかが重要となります。もっとも,上記のような対策を徹底していないとしても,ただちに秘密管理性を否定されるわけではなく,各会社の実態に応じた管理がなされているかが重要ですので,可能な限り,当該情報の取扱いの状況を洗い出して,秘密管理性を基礎づける事情を収集することで,営業秘密を不正に開示・使用している従業員に対するけん制をすることも可能となります。

4 当事務所でできること

 営業秘密における秘密管理性は,各会社の規模,従業員数,事業内容,当該情報の性質その他の事情によって,総合的に判断される以上,ご自身での判断は非常に困難となります。また,営業秘密の不正利用の発覚前の対策はもちろんのこと,発覚後であっても,当該従業員への対処とあわせて再発防止策は不可欠ですので,常に,自社の営業秘密の管理状況には気を付けつつ,定期的に専門家へご相談することは必須となります。
 当事務所では,各顧問先会社様から日常的に営業秘密の管理・漏洩に関するご相談を受けており,営業秘密の管理に関するアドバイスや実際に営業秘密を侵害した元従業員に対する法的措置の実施も行っております。

 すでに営業秘密の不正開示・使用の問題が発生されている方も,これから営業秘密の管理に着手をされるという方も,是非一度お気軽に当事務所までご相談ください。

新留治 弁護士法人フォーカスクライド アソシエイト弁護士執筆者:新留 治

弁護士法人フォーカスクライド アソシエイト弁護士。2016年に弁護士登録以降、個人案件から上場企業間のM&A、法人破産等の法人案件まで幅広い案件に携わっている。特に、人事労務分野において、突発的な残業代請求、不当解雇によるバックペイ請求、労基署調査などの対応はもちろん、問題従業員対応、社内規程整備といった日常的な相談対応により、いかに紛争を事前に予防することに注力し、クライアントファーストのリーガルサービスの提供を行っている。

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