会社の営業担当の従業員が,自社の秘密情報として管理されている顧客名簿や顧客・取引先との間の契約書を利用して,別会社を立ち上げて同種のビジネスを始めようと画策しているので何とかしてほしいという相談をいただきました。
その従業員は,営業担当として自身が契約をとってきた顧客・取引先は自分のものだ,などといって会社の顧客や取引先に対して,会社との取引の解消と別会社との新たな取引を誘引するという方法で顧客や取引先を奪取していました。
上記のような場合の対抗策としては,
①秘密保持契約や就業規則等に基づく秘密保持義務に違反することを理由とする損害賠償請求又は秘密情報の開示・漏洩の差止請求,
②不正競争防止法上の営業秘密侵害を理由とする損害賠償請求,不正な利用の差止請求又は刑事告訴が考えられます。
以下では,それぞれの方法についての概要と要件等についてご紹介します。
会社で営業秘密として管理されている情報・資料を保護する法律として不正競争防止法があります。
ここでは,どのような場合に不正競争防止法に基づいて会社の営業秘密が保護されるのか,実際に営業秘密を侵害する行為が発見された場合の対抗策としてどのような物が存在するかをご紹介します。
秘密保持義務とは,一定の情報を秘密として保持し,外部に開示・漏洩等しない義務をいいます。
秘密保持義務は,就業規則や秘密保持契約等の当事者間の合意によって発生しますが,就業規則等に明確な定めがない場合であっても,従業員は,雇用契約の存続期間中,雇用契約に基づく付随的な義務として,会社の業務上の秘密を漏らさないようにする義務を負うとされています。また,取締役等の役員についても,委任契約に基づく善管注意義務や会社法上の忠実義務に基づき,当然に,業務上知り得た会社の秘密を漏洩してはならない義務があるとされています。
従業員が上記のような秘密保持義務に違反して秘密を開示・漏洩した場合,会社は,当該従業員に対して,債務不履行に基づく損害賠償請求をすることが可能です。
また,当該従業員が秘密を開示・漏洩しようとしている場合,会社は,当該従業員に対して,当該開示や漏洩をしてはならない旨の請求をすることも可能です。
もっとも,損害賠償請求をすることが可能といえども,会社は,秘密の開示・漏洩によって,どのような損害を被ったかを立証する必要があるところ,一般的にこの損害の発生及び損害額の立証には相当高いハードルがあります。
また,ここでの秘密保持義務は,会社と従業員との間のものになりますので,当該従業員が第三者に秘密を開示・漏洩したうえで,当該第三者がさらに秘密を開示・漏洩したり,使用することに対して,秘密保持義務違反を理由とした損害賠償請求や差止請求をすることができないという不都合があります。
これに対して不正競争防止法上の営業秘密侵害を理由とする損害賠償請求等の場合には,上記の不都合を解消できるというメリットがあります。
不正競争防止法は,「営業秘密」を保護の対象としており,「営業秘密」を侵害する一定の類型に該当する行為が行われた場合に,当該行為によって発生する損害の賠償請求や当該行為の差止めを可能とするものになります。
つまり,不正競争防止法上の保護を受けるためには,会社で管理されている顧客名簿や契約書が「営業秘密」に該当し,かつ,従業員が不正競争防止法にて列挙されている各種行為類型に該当する行為に及んだ場合に損害賠償請求,差止請求をすることができます。
また,一定の悪質な行為類型に対しては,刑事罰も課されており,会社が当該従業員を告訴するという対策もとることが可能となります。
不正競争防止法上の営業秘密侵害の場合,秘密保持義務違反の場合と異なり,行為類型によっては,従業員に対してだけでなく,従業員が営業秘密を開示・漏洩した第三者に対しても営業秘密の使用や開示等の差止めを求めることができ,営業秘密が拡散しないようにする実効性を高めることが可能とされます。
また,不正競争防止法では,会社側の損害発生の立証の負担を軽減すべく,当該従業員や第三者といった営業秘密の侵害者が例えば顧客名簿を利用して商品を販売したときに,当該販売数量に会社側での当該商品1つ当たりの利益を掛け合わせた金額を損害額とすることができるという規定があります(不正競争防止法第5条第1項。ただし,会社側の販売能力を超える分は請求できない)。
また,侵害者が,顧客名簿を利用して利益を上げた場合,当該利益の金額を会社側の損害額と推定するという規定もあります(不正競争防止法第5条第2項)。
不正競争防止法による請求の場合には,秘密保持義務違反の場合に比べて,第三者の行為をも制限できる点や立証の負担を軽減できること,刑事罰を課され得ることなどから,メリットが非常に大きいですが,他方で,「営業秘密」の該当性や各種行為類型への該当性の判断にあたり,一定のハードルがあります。
この点は,別稿にて詳細にご紹介するようにいたします。
当該従業員との間で秘密保持契約を締結している場合や就業規則に秘密保持義務を明記している場合には,当該定めを理由として,差止請求をするとともに,実際に損害が発生している場合には損害賠償請求も検討することになります。
また,当該秘密情報が不正競争防止法上の「営業秘密」に該当し,かつ同法上の侵害行為類型に該当する場合には,不正競争防止法上の請求も検討することになります。
従業員との間で秘密保持契約を締結することに対して躊躇することもあるかもしれませんが,秘密情報はひとたび外部に漏洩してしまえば,会社の価値を急激に下落させることもあるほどにインパクトの大きいものになります。そこで,会社側としては,従業員の入社時,重要なプロジェクトに参加させるとき,そして退職時の各時点において,秘密保持契約又は秘密保持義務を含む雇用契約書や退職合意書などを作成することを強くおすすめします。
当事務所では,各顧問先企業様から日常的に従業員との間の秘密保持義務を含む雇用契約書や退職合意書などのチェックをさせていただくとともに,企業様の業種・業態・実情に応じてカバーすべき秘密情報の範囲の策定,後に公序良俗に反して無効と判断されない違反時の違約金・違約罰の定めなど最適な契約書のご提案をさせていただきます。
また,実際に秘密保持義務違反,営業秘密侵害行為を発見された場合には,単に法的な請求をするだけでなく,法的請求に不可欠な証拠収集の段階から将来の法的請求を見据えて手厚くサポートをさせていただきます。
従業員による営業秘密の侵害についてお困りの際には,是非一度お気軽に当事務所までご相談ください。
執筆者:櫻井 康憲
櫻井 康憲 弁護士法人フォーカスクライド パートナー弁護士
2016年に弁護士登録以降、上場直前期の企業のサポートに注力し、複数の企業の上場案件に関与した実績を有する。
早期から弁護士との適切なコミュニケーションを行うことを通じて、必要最小限のコストで最大限の効果を発揮する予防法務の提供を実現するため、現在はスタートアップや上場準備会社を中心にコストを抑えてスタートできる顧問サービスの提供を行っている。