何事にも動じない盤石な会社となるための1要素

 顧問弁護士の立場で四半期経営会議に定期的に参加させていただいている顧問先がありますが、その際に、同社の社長から「今期の利益の着地が見えてきましたが、内部留保としてどれくらいを残していけば良いのでしょうか。」という質問を受けました。
 確かに、この利益(お金)の活用方法の問題は、経営者が一度は頭を悩ませる事項だと思います。
 そこで、この問題に関連して、「何事にも動じない盤石な会社となるための1要素」というテーマで書かせていただきます。

 財を築いている方を注意深く観察していると、必ず「生きたお金の使い方」をしますよね。
 財を築くためには、「稼ぐ力」は当然必要ですが、それだけでは足りず、「賢く使う力」も必須だと日々感じます。

 前述の疑問について、ある経営者の方は、「3分の1を設備投資等の事業展開に必要な資金として、3分の1を従業員への還元資金として、3分の1を内部留保として分配する。」とおっしゃっていました。この考えも1つの考えだと思います。
 答えは1つではないと思いますが、私は、前述の顧問先からのご質問に対して、以下のように回答しました。

 「貴社において、一旦全ての売上がなくなるという事態に陥ったとして、そこからどれくらいの時間があれば、必須の固定経費を支払える状態まで事業を復活させることができますか?仮に、その期間が「6カ月」であれば、6カ月分の必須固定経費合計額を、「2年」であれば、2年分の必須固定経費合計額を、内部留保として残すことを目指すべきだと私は考えています。
 また、企業が成長すればするほど、必須固定経費額は増加する傾向にありますので、企業の成長に合わせて、残すべき内部留保は変動していくと考えています。」

 私自身も、弁護士法人を経営する上で、「事業継続にあたって削減することができない必須固定経費(家賃、人件費等)の1年分を内部留保として残す」ことを目標にしています。それは1年という時間があれば、今の従業員を養える状態までには、一から立て直す自信があるからです。もちろん起業して数年で、それだけの内部留保を残すことが難しいため、自分の貯蓄と合わせて、最低でも6か月分は手元資金を残してきました。

 新型コロナウイルスの感染拡大を受け、今、世界中の経営者が、何が起きるかわからないということを改めて痛感していると思いますが、経営者として、何があっても事業を継続させ、自分の家族と従業員だけは守ることは絶対的使命であり、そのために「何事にも動じない盤石な会社」を作っておくことが必須だと思います。日々、その準備を怠らないことが大切です。
 この「何事にも動じない盤石な会社」の1つの要素が「手元資金」であり、その大きな割合を占める要素が「内部留保」であると私は考えています。

【無収入寿命という考え方】

 前述の私の回答と類似する考え方を、違う言葉で説明しているわかりやすい文献があります。
 北の達人コーポレーション代表取締役の木下勝寿氏の著書「売上最小化、利益最大化の法則-利益率29%経営の秘密-」です(以下「本文献」といいます。)。
 木下氏は、「無収入寿命」という造語を使って説明されます。本文献によれば、「無収入寿命」とは、売上ゼロになっても経営の現状維持(=減給などのコスト削減なしで全従業員の雇用を維持し、家賃の支払いができること)ができる期間、簡単にいえば、借金などを差し引いた純粋な手元資金で、家賃や給料などの月額固定費を何カ月賄えるかということです。

【無収入寿命の算出方法】

 そして、木下氏は、無収入寿命の算出方法を次のとおり説明します(貸借対照表があれば簡単に算出することが可能です。)。

 無収入寿命=①純手元資金÷②月額固定費
 ①純手元資金
=総資産-固定資産-棚卸資産-流動負債
  ※総資産:貸借対照表上の総資産
 ※固定資産:土地、建物など、すぐに現金化できない資産
 ※棚卸資産:商品在庫など、売上が止まればすぐに現金化できない資産
  ※流動資産:買掛金、短期借入金など、短期で返済しなければならない負債
 ②月額固定費
  =家賃、人件費、光熱費など売上ゼロでも毎月必ずかかるコスト

 木下氏は、この計算式で算出された無収入寿命が、自社の事業の立て直しにかかる期間に達するまで、「大きな投資をせずにコツコツ貯める」、「売上を上げようとして、利益につながらない投資をするのが一番まずい」と強調されます。
 

【無収入寿命目標を達成する裏技】

 また、木下氏は、無収入寿命目標を達成する裏技として、現時点で足りない純手元資金については、「銀行から『長期借入金』で借りること、そして大事なのは決して使わないことだ」、「金利はかかるが、『安心代』と思えば安いものだ」ともおっしゃっています。

木下氏は、本文献の中で、「無収入寿命をのばすという考え方は、パナソニックの創業者・松下幸之助氏が言う「ダム経営」と同じと話し、以下のようなエピソードを紹介しています。

 松下氏はある講演でこう語った。
「好景気だからといって、流れのままに経営するのではなく、景気が悪くなるときに備えて資金を蓄える。ダムが水を貯め、流量を安定させるような経営をすべきだ」(1965年2月の講演)
 聴衆の一人が、
 「ダム経営の大切さはわかるが、そのやり方がわからないから困っているんですよ。」
と尋ねた。松下氏は、
 「まず、ダムをつくろうと思わんとあきまへんなあ」
と答えた。聴衆は落胆したり、顔を見合わせて苦笑したりした。
 しかし、「これをやったから松下は大企業になったのだ」と気づき、実践した人がいた。
 京セラ、第二電電(KDDI)を創業し、日本航空の経営を再建した、あの稲盛和夫氏だった。

 松下幸之助氏が言うように「ダムをつくろう」と意識することが初めの一歩だと思います。
 誰も実践しない中、実践した稲盛和夫氏のように、大切だと思ったことについては、とにかく実践してみることも大切だと思います。
 まずは、一度、自社の無収入寿命を計算してみてください。現状を把握することは全ての基礎となり、必ず何か気づくこと、学ぶことがあるはずです。

佐藤 康行 弁護士法人フォーカスクライド 代表弁護士執筆者:佐藤 康行

佐藤 康行 弁護士法人フォーカスクライド 代表弁護士
2011年に弁護士登録以降、中小企業の予防法務・戦略法務に日々注力し、多数の顧問先企業を持つ。
中でも、人事労務(使用者側)、M&A支援を中心としており、労務問題については’’法廷闘争に発展する前に早期に解決する’’こと、M&Aにおいては’’M&A後の支援も見据えたトータルサポート’’をそれぞれ意識して、’’経営者目線での提案型’’のリーガルサービスを日々提供している。

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