企業の成長戦略を考える上で避けては通れない”行動デザイン’’の一法則とは?

 「企業の成長戦略」と言っても、M&A戦略、ブランディング戦略、マーケティング戦略、組織戦略に加え、企業の中枢を担う経営者や幹部の方々自身の成長など、その内容は本当に多岐にわたります。 
 また、マーケティング戦略にも、ランチェスター戦略、脳科学マーケティング、行動マーケティング、市場のセグメントマーケティングなど、様々なアプローチがありますが、その中でも、私が法律実務家向けのプラットフォームの立上げをお手伝いさせていただいたことがある関係で、行動マーケティングに関連することを試行錯誤してきましたので、「行動マーケティング」の観点から書かせていただきます。

 「行動マーケティング」という正確な定義づけ等については、専門ではないので割愛させていただきますが、結局のところは、「1人でも多くの顧客に、自社商品又はサービスを選択していただき、購入し続けてもらう」という目的達成のために、顧客の行動(思考)を徹底的に分析し、顧客が自社商品又はサービスを選択する「必然性」を作り、それを「仕組化」することだと個人的には考えています。

 例えば、リカーショップが子供服のお店の近くにあることが多いということをご存知でしょうか。私も知らなかったのですが、教えてもらって観察してみると、確かにその確率が比較的高いことに気づきました。
 これは、子どもが産まれて、なかなか‘’会食‘’という名目で(笑)、夜飲みに行けなくなったお父さん達が、やむなく家で飲むしかなくなる傾向にあるため(開き直って夜飲み歩いて、子育てを手伝わなければ、家庭内でひどい仕打ちを受けることが多いので…笑)、 週末に家族で子供服を買いに出かけた際に、仕事終わりの少しの息抜きのために、家飲み用のお酒を購入することが多いという行動分析の結果に基づくようです。

 語弊を恐れずに言うと、商品又はサービス提供者が、顧客の行動を積極的に誘導又は操作(デザイン)することに他ならないように思います。もちろん「合法的な方法で」ということにはなります。

 そのために、商品又はサービス提供者は、常に、顧客の需要を満たす商品又はサービスを考え続け、魅力的な商品又はサービスを世の中に出し続けます。ここでいう「需要」にも、大きく分けて、顧客の不安を掻き立て必要性を認識させる「need」に焦点を当てる方法(例えば、携帯電話のCMに例でいうと、シンプルな操作性等を強調した高齢者向け携帯電話のCM)と、なくてもいいけどあれば顧客がワクワクするような「want」に焦点を当てる方法があります(同じく携帯電話のCMの例でいうと、アップルのiPhone等のCM)。
 私自身も、前述した法律家向けのプラットフォームの立上げ業務の中で、同プラットフォームが「need」に焦点を当てたサービスであることを明確にし、一法律実務家として、消費者の視点に立って、どうすれば顧客の需要(need)を満たす商品となるかを考えてきた結果、かなり顧客の需要を満たすサービスになってきたと自負しています。そして、その内容をわかりやすく周知させる手法も準備が整いつつありました。
 ここまですれば、あとは売れるだろうと思っていたのですが、限定された範囲でテストをしたところ、想定以上に数字が伸び悩むという事態になってしまいました(商品を売るって本当に難しいですね…改めて売り上げを作り続けている経営者の皆様がすごいと思いました。)。

 このように、「絶対良い商品又はサービスなのに、なぜ売れない?」ということは良く耳にします。「絶対良い商品又はサービスなのに」という部分が、提供者側の勘違いだったということも多々ありますが、その点はさておき、本当に良い商品又はサービスであるのに、なぜ多くの顧客に選ばれないのか?どうすれば多くの顧客の行動が、自社商品又はサービスを選ぶという行動に繋がるのか?
 この問いに対する答えは本当に難しいと思いますが、顧客の行動を自在にデザインするための方法として1つのヒントを与えてくれるのが、BJ・フォッグ著者(須川綾子訳)「習慣超大全」(出版社:ダイヤモンド社、出版日:20210年5月25日)という書籍でした(以下「本著書」といいます。)。

なお、本著書は、主に、自分の行動を習慣化するための手法という観点から解説されていますが、これを応用することにより、他人(顧客)の行動もデザインすることができるとも述べられていますので、今回は後者に焦点を当てつつ紹介させていただきます。

 本著書では、あらゆる行動を司る「究極の公式」として、「B=MAP」を提唱しています。
「B=MAP」とは、
「行動(Behavior)=モチベーション(Motivation)&能力(Ability)&きっかけ(Prompt)」
の略です。
 つまり、「人間のあらゆる行動には、①モチベーション、②能力、③きっかけ、という3つの要素が作用している」ということです。
 そして、本著書では、この3つの要素の関係を、「フォッグ行動モデル」として以下のように図示されています。

 この「フォッグ行動モデル」から読み取れる1つの重要な事項として、顧客のモチベーションを上げることだけを追求しても、顧客の行動には繋がらないということでした。
 つまり、顧客の需要を満たす良い商品又はサービスを生み出すことは大前提として重要なことですが、それだけではなく、顧客が自社商品又はサービスを選択するために、顧客の能力を前提に、顧客に適切なタイミングできっかけを与えることが重要ということです。
 本著書では、「顧客に自社商品又はサービスを選択する『習慣』を身につけさせることをサポートする事業者は、それを実践しない同業者よりかなり優位に立つ」と指摘されています。
 
 そして、本著書では、他人(顧客)に習慣を身につけさせるために、他人(顧客)が「望む行動を1つ選び、それを『小さい行動』に分解し、生活の中で自然に組み込める場所に植え、成長させる」ことが大切であると指摘します。
 この「小さい行動に分解する」という点が、顧客の「能力」に合わせて考えるということ、「生活の中で自然に組み込める場所に植え」という点が、顧客に適切なタイミングで「きっかけ」を与えることに、それぞれ対応すると思います。
 モチベーションは大前提として必要ですが、性質上あまりあてにならないため、以下では、「能力」と「きっかけ」について見ていきたいと思います。

<能力>>

 著書のフォッグ行動モデルによれば、顧客が行動を実行しやすくすれば、モチベーションは低くても行動曲線を上回る確率が高くなります。
そこで、顧客が自社商品又はサービスを選択するという行動の実行を難しくしている原因は何か?を考える必要がありますが、本著書では、次の5つの「能力の要素」が紹介されています。
 

  • ①この行動を実行するのに十分な「時間」はあるか?
  • ②この行動を実行するのに十分な「資金」はあるか?
  • ③この行動を実行する「身体的能力」はあるか?
  • ④この行動には「知的能力」が多く求められるか?
  • ⑤この行動は現実の「日課」に組み込めるか、それとも調整が必要か?

 そして、この5つの「能力の要素」のうち弱い部分を改善するために、「この習慣をもっと簡単にするにはどうすればいいか?」を考えることになりますが、この問いに対して、本著書は、①スキルを高める、②道具や手助けを使う、③行動を小さくするという3つのアプローチがあると指摘します。
 マーケティングの観点からいえば、例えば、②商品開発等(道具や手助け)によって、自社商品又はサービスを利用する上で①高度なスキルを要しないようにしたり、いきなり顧客に自社商品やサービスを選択してもらおうと思っても、その判断も難しく、顧客が行動を実行するハードルは高くなってしまいますので、顧客が自社商品やサービスを選択するまでの過程で必ず取る行動を分析し、細分化していきます。そして、最初の行動にまず着目し、その最初の行動を取ってもらうために、①時間がかからず、②多額の資金を要せず、③身体的能力を要せず、④知的能力を要せず、⑤顧客の日常に組み込むことができる方法がないかを考えるということになります。
 
 前述した法律実務家向けのプラットフォームの普及において、想定以上に数字が伸び悩むという事態が発生したという事例でいえば、ITリテラシーの低い法律実務家がまだまだ多かったため、プラットフォームを利用してもらう(行動の実行)にあたって、そもそも操作が難しい(又は難しく感じる)という点(=サービスを選択してもらう前提として、④「知的能力」が多く求められるという点)と、アプリ化ができていなかったため、毎回プラットフォームのURLからログインして開く必要があるという点(=サービス利用にあたって、③「身体的能力」が多く求められるという点)が、当該プラットフォームの最も弱い部分でした。
 そこで、プラットフォームのアプリ化、操作の簡素化を急務として進めることにしました。

 また、本著書では、「インスタグラムの流行」の要因は、「シンプル」を極めた点にあると指摘しています。
 インスタグラムの創設者は、「他人の行動を引き出すにはその実行をいかに簡単なものとしてデザインできるかが重要」であるということを理解していたため、「写真を投稿するまでのタップ数はたったの3回だった」「機能といえば、写真を撮り、フィルターで加工し、シェアすることだけ」という極めてシンプルなアプリにしたことで流行したと分析されています。
 これらはBtoCの商品又はサービスの具体例でしたが、BtoBの商品又はサービスでも同様に考えることは可能と思います。

<きっかけ>

 本著書は、あらゆる行動は「きっかけ」がなければ起こらないということを指摘しています。
 そのため、行動実行のハードルを下げておくだけではまだ不十分であり、これに加えて、顧客の生活サイクルや業務フローの中に適切に「きっかけ」を埋め込むということをしなければ、他人(顧客)に当方が望む行動を選択させることには繋がりません。
 また、顧客の生活サイクルや業務フローの中のどこに「きっかけ」を配置するかによって、実行できるかできないか、成功するかどうかが決まります。
 本著書では、「きっかけ」として次の3つのパターンを紹介した上で、③が最も有用であると指摘しています。

①「人」によるきっかけ:ex.「しっかり覚えておこう」(=自分の中の感覚に頼ったもの)
 →生存とは関係のない行動については、人によるきっかけは賢明な解決策ではない。
②「状況」によるきっかけ:ex.付箋やアプリの通知、電話の嫡子のン、同僚からの会議の確認など
 →一度限りの行動の役には立つが、日常的な習慣に使うと、失敗やストレスの原因にもなりかねない。しかも、状況によるきっかけを過剰に設定すると、かえって逆効果になってしまう(感覚が鈍り、きっかけに注意を払わなくなる)。
③「行為」によるきっかけ
 →人にはすでに多くの「日課」があり、そのすべてが新たな習慣をうながすきかっけになり得る。そのため、新しい習慣を身につけさせるためには、どの行動の「あと」にするかを考えるべき。

 本著書は、「顧客の行動変化に依存しない商品やサービスは皆無といっていい」ため、「商品やサービスがヒットするには、顧客が『行為によるきっかけ』を得られるように設計すべき」と指摘します。

例えば、血圧計を販売している企業が、自社の「血圧計」を広めたいという事例で考えてみます。
本著書では、血圧をきちんと測っている方200名くらいに「ふだん血圧を測るのは、一日の行動のどのタイミングですか?」と質問し、回答を集計し、傾向を分析したとして、
・コーヒーを用意して、新聞を読むためソファに座ったあと:26%
・いつも見ている朝のテレビ番組が始まったあと:17%
・その他:36%
という結果が出たとしたら、血圧測定という習慣について、どんな日課が役立つのかに関するデータが手に入ったことになる
と指摘しています。
このことから、まずは顧客の行動調査を行い、顧客が自社商品やサービスを取り入れる新しい習慣を自然と生活又は業務の中に取り入れられる場面を発見できるように意図的にサポートすれば、他社との差別化を図りやすくなります。

 企業戦略の中でも、行動マーケティングに関する観点から記事を書かせていただきましたが、この内容は、従業員に経営者が望む習慣を身につけさせ、組織を育成する場面や、経営者自身が新たな習慣を身につけ自己成長したいという場面にも応用できる内容だと思います。
 どうすれば従業員という他人に、経営者が望む言動を習慣化させるかという場面(例えば、別稿で紹介しました【’’できるリーダーの習慣’’】を、管理職従業員に定着させることができるか=管理職が新たな行動を選択し続けるためにはどうすればよいか)や、どうすれば多くの一流経営者に共通するような行動習慣(例えば、早起きして午前中に仕事を終わらせている、運動が習慣となっており健康で若々しいスタイルを維持している、常に食事に気を使っている、毎月大量の本を読んでいるなど)を身に着けることができるかという場面で、フォッグ行動モデルを参考に、モチベーションに頼ることなく、「能力」や「きっかけ」という側面に着目して、習慣化を容易にする工夫が色々と考えられると思います。

佐藤 康行 弁護士法人フォーカスクライド 代表弁護士執筆者:佐藤 康行

佐藤 康行 弁護士法人フォーカスクライド 代表弁護士
2011年に弁護士登録以降、中小企業の予防法務・戦略法務に日々注力し、多数の顧問先企業を持つ。
中でも、人事労務(使用者側)、M&A支援を中心としており、労務問題については’’法廷闘争に発展する前に早期に解決する’’こと、M&Aにおいては’’M&A後の支援も見据えたトータルサポート’’をそれぞれ意識して、’’経営者目線での提案型’’のリーガルサービスを日々提供している。

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