カスハラ法改正で企業に義務化される対策

令和7年6月11日に労働施策総合推進法等が改正され、事業主(企業・会社)にはカスタマーハラスメント(カスハラ)の防止措置が義務化されます(カスハラ法改正)。何をどこまで準備すべきか、相談窓口・社内方針・現場対応のポイントをフォーカスクライドの弁護士が解説します。

「カスハラ法改正で、企業・会社は具体的に何をしなければならないのか」「正当なクレームとカスハラの線引きはどう考えるべきか」と悩む事業主は少なくありません。結論として、事業主は労働者をカスハラから守るため、相談体制の整備、方針の明確化、悪質事案への対応ルールづくりなどを進める必要があります。
厚生労働省は、令和8年2月26日に「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和8年厚生労働省告示第51号。以下「カスハラ指針」といいます。)を公表しており、事業主はこの指針に沿って必要な措置を講じる必要があります。本記事では、カスハラ法改正の施行時期、企業に求められる措置、社内規程・マニュアル整備、悪質顧客対応の考え方等を整理します。

第1 カスハラ法改正で何が義務化されるのか

カスハラ法改正により、事業主には顧客等からの著しい迷惑行為から労働者を守るため、雇用管理上必要な措置を講じる義務が課されます。ここで重要なのは、単に「悪質な顧客に注意する」という精神論では足りない点です。事業主として、カスハラを許さない基本方針、相談窓口、対応フロー、被害者への配慮、再発防止策を整え、実際に運用できる状態にしておく必要があります。

カスハラ法改正の施行開始はいつか

実務対応では、まず施行時期を正確に押さえる必要があります。労働施策総合推進法等は令和7年6月11日に改正され、カスハラに関する規定は、令和8年10月1日から施行されます。これにより、事業主(企業・会社)には、カスハラ防止のための雇用管理上必要な措置を講じることが義務付けられます。施行直前に慌てて形式的な規程だけを作るのではなく、現場で使える仕組みにするため、早めの準備が重要です。

事業主に求められる雇用管理上の措置とは

事前準備として、カスハラには毅然と対応し労働者を保護する旨の方針の明確化、カスハラの内容や対処方針の周知、相談窓口の設置、相談担当者が適切に対応できる体制整備などが挙げられています。また、実際にカスハラが起きた際には、事実関係を迅速かつ正確に確認し、被害者への配慮措置や再発防止策を講じることも重要です。これらは、就業規則や社内規程に書いて終わりではなく、管理職や現場担当者が迷わず動ける運用へ落とし込む必要があります。

第2 カスハラに該当する行為と正当なクレームの違いとは

カスハラ 法改正への対応で企業・会社が最も悩みやすいのが、正当なクレームとカスハラの線引きです。顧客からの苦情や意見は、商品・サービスの改善につながる場合があり、それ自体を一律に排除することは適切ではありません。一方で、暴言、脅迫、長時間拘束、不当要求など、社会通念上許容される範囲を超える言動は、労働者の就業環境を害するものとしてカスハラに該当し得ます。事業主(企業・会社)は「顧客の主張内容」と「伝え方・態様」を分けて検討する必要があります。

法律上のカスハラの定義とは

カスハラ指針では、職場におけるカスハラについて、以下の3つの要件を満たすものと説明されています。
 ①職場において行われる顧客等の言動であること
 ②その言動が労働者の従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものであること
 ③その言動により労働者の就業環境が害されるものであること
この3要件を社内マニュアルに落とし込み、現場担当者が判断しやすい形にすることが実務上重要です。以下、各要件について説明します。

①職場において行われる顧客等の言動であること

「顧客等」とは、顧客(今後商品の購入やサービスの利用等をする可能性がある潜在的な顧客も含みます。)、取引の相手方(今後取引する可能性がある者も含みます。)、施設の利用者(今後施設を利用する可能性のある者も含みます。)その他の当該事業主の行う事業に関係を有する者を指します。具体的には以下のような者が例として挙げられます。
・事業主が販売する商品の購入やサービスの利用をする者
・事業主の行う事業に関する内容等に関し問い合わせをする者
・取引先の担当者
・企業間での契約締結に向けた交渉を行う際の担当者
・施設・サービスの利用者及びその家族
・施設の近隣住民

②業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超える言動

社会通念上許容される範囲を超える言動には、内容が相当性を欠くものと、手段・態様が相当でないものがあります。
この判断に当たっては、様々な要素(当該言動の目的、当該言動を受けた労働者の問題行動の有無や内容・程度を含む当該言動が行われた経緯や状況、業種・業態、業務の内容・性質、当該言動の態様・頻度・継続性、労働者の属性や心身の状況、当該言動の行為者とされる者(行為者)との関係性等)を総合的に考慮する必要があります。また、社会通念上許容される範囲を超えるかどうかの判断に当たっては、事業主または労働者側の不適切な対応が当該言動の原因や背景となっている場合があることにも留意する必要があります。
社会通念上許容される範囲を超えた言動の典型的な例としては、以下の(ア)及び(イ)のものがありますが、一見してこれらに該当するように見える場合でも個別の事案の状況等によっては判断が異なる可能性もあり得ますし、これ以外のものも該当する可能性があることに留意する必要があります。

(ア)言動の内容が社会通念上許容される範囲を超えるもの
・そもそも要求に理由がない又は商品・サービス等と全く関係のない要求(例:性的な要求や、労働者のプライバシーに関わる要求)
・契約等により想定しているサービスを著しく超える要求(例:契約内容を著しく超えたサービスの提供の要求)
・対応が著しく困難な又は対応が不可能な要求(例:契約金額の著しい減額の要求)
・不当な損害賠償要求(例:商品やサービス等の内容と無関係である不当な損害賠償)

(イ)手段や態様が社会通念上許容される範囲を超えるもの
・身体的な攻撃(暴行、傷害等)
・精神的な攻撃(脅迫、中傷、名誉毀損、侮辱、暴言、土下座の強要等)
・威圧的な言動
・継続的、執拗な言動
・拘束的な言動(不退去、居座り、監禁)

③労働者の就業環境が害されること

当該言動により労働者が身体的又は精神的に苦痛を与えられ、労働者の就業環境が不快のものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じる等当該労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じることをいいます。ここでの「労働者」は、実際に被害を受けた労働者個人ではなく「平均的な労働者」を基準に判断されます。

第3 企業・事業主が準備すべきカスハラ防止措置

カスハラ法改正への対応では、事後的に悪質な顧客へ注意するだけでは不十分です。事業主(企業・会社)は、カスハラを想定した事前準備と、実際に発生した場合の対応手順をあらかじめ整備しておく必要があります。

事業主(企業・会社)の方針の明確化と社内周知・啓発

まず事業主は、カスハラには毅然と対応し、労働者を保護するという基本方針を明確にする必要があります。方針には、どのような行為をカスハラと位置付けるのか、労働者が被害を受けた場合に企業がどのように支援するのか、悪質な事案では取引停止、入店拒否、警察・弁護士への相談も検討することなどを盛り込みます。また、方針を作るだけでなく、社内掲示、研修、社内ポータル、マニュアル配布などにより、労働者が実際に理解し利用できる状態にする周知啓発活動も重要です。

相談窓口と対応フローの整備

カスハラ被害を受けた労働者が相談できる窓口を明確にすることも重要です。相談先が曖昧なままだと、現場担当者が一人で対応を続け、被害が深刻化するおそれがあります。相談窓口は、人事労務部門、コンプライアンス部門、上長など、自社の規模に応じて設計します。あわせて、相談受付、事実確認、証拠保存、顧客対応方針の決定、被害者への配慮、再発防止までの流れをフロー化しておくべきです。
自社での対応が難しいという場合には、外部の弁護士に窓口業務を委託するということも考えられます。

カスハラ発生後の迅速かつ適切な対応

実際にカスハラの相談の申出があった場合、事業主は迅速かつ正確に事実関係を確認し、カスハラが確認できた場合には被害者に対する配慮措置を適正に行う必要があります。

悪質事案への対応と証拠保全

暴行、脅迫、長時間の居座り、SNSでの個人攻撃、不当な損害賠償要求など、悪質性が高い事案については、初期対応の段階から証拠保全を意識する必要があります。通話記録、メール、チャット、録音録画、防犯カメラ映像、対応メモなどを保存し、いつ、誰が、どのような言動を受けたのかを整理します。そのうえで、警告書の送付、対応窓口の一本化、来店拒否、取引停止、警察への相談、弁護士による対応などを検討します。現場の感情的な判断に頼らず、事前に定めた基準に従って組織的に対応することが重要です。

第4 中小企業が優先して整備すべき実務対応

カスハラ法改正は、大企業だけでなく中小企業も対応しなければなりません。もっとも、中小企業では人事労務部門や法務部門が十分に整っていないことも多く、最初から大規模な制度を作るのは現実的でない場合があります。まずは社内方針、相談先、現場対応ルール、記録方法を簡潔に整えることが重要です。店舗、営業、コールセンター、医療・介護、士業、BtoB取引など、顧客や取引先と直接接する場面が多い事業主ほど、労働者任せにせず、事業主として対応する仕組みを早めに作る必要があります。

社内規程・就業規則への反映

中小企業がまず取り組むべきなのは、カスハラに対する事業主の基本姿勢を社内規程や就業規則、服務規律、ハラスメント防止規程などに反映することです。たとえば、顧客等からの著しい迷惑行為があった場合に、労働者は上長や相談窓口に報告できること、事業主は必要に応じて対応者を交代させること、悪質事案では顧客対応を制限することなどを明記します。労働者が「会社に相談してよい」と理解できることが大切です。規程は難解にしすぎず、現場で使える表現にすることが望まれます。

現場対応マニュアルの作成

カスハラ対応では、現場担当者が最初にどのように対応するかが重要です。マニュアルには、通常の苦情対応、対応を打ち切るべき場面、上長に引き継ぐ基準、録音・記録の方法、警察や弁護士に相談すべき場面を整理しておきます。長時間の電話が続く場合は一定時間で折り返し対応に切り替える、暴言や脅迫があれば単独対応を避ける、来店時に威圧的言動があれば複数名で対応するなど、具体的な行動基準が必要です。マニュアルは、労働者を守るだけでなく、顧客対応の品質を安定させる効果もあります。

管理職・労働者向け研修の実施

規程やマニュアルを作成しても、労働者が内容を理解していなければ実効性はありません。管理職には、相談を受けた際の初動対応、事実確認、被害者への配慮、対応方針の判断、記録保存の重要性を研修する必要があります。現場労働者には、カスハラに該当し得る行為、正当なクレームとの違い、困ったときの相談先、無理に一人で対応しないことを伝えるべきです。研修記録を残しておくことも重要です。事業主が防止措置を講じていたことを説明できるよう、実施日、対象者、内容を保存しておくとよいでしょう。

第5 カスハラ法改正対応を怠った場合のリスク

カスハラ法改正への対応を怠ると、事業主は労働者を守れないだけでなく、労務管理上の責任やレピュテーションリスクを抱えることになります。悪質な顧客対応を現場任せにした結果、労働者がメンタル不調に陥ったり、退職したり、事業主の安全配慮義務違反が問題になったりする可能性があります。また、顧客対応を誤ると、正当なクレームまで拒絶した、差別的対応をした、説明不足だったといった別のトラブルに発展することもあります。労働者保護と適切な顧客対応の両立が必要です。

労働者の安全配慮義務違反リスク

事業主は、労働契約法5条に基づき、労働者が生命・身体等の安全を確保しながら働けるよう必要な配慮をする義務を負います。顧客からの暴言、脅迫、長時間拘束などを企業が把握していながら、担当者任せにして放置した場合、労働者のメンタル不調や休職、退職につながり、安全配慮義務違反が問題となるおそれがあります。カスハラ防止措置が義務化されることを踏まえると、企業にはより明確な予防・対応体制が求められます。

人材不足・人材離れのリスク

カスハラを放置すると、労働者の心理的負担が大きくなり、職場全体の士気低下、欠勤、休職、離職につながります。特に接客、営業、窓口、電話対応など顧客接点の多い職種では、事業主が守ってくれないという不信感が広がりやすく、人材確保・定着にも悪影響を及ぼします。カスハラ対策は、単なるコンプライアンス対応ではなく、人材確保・定着と職場環境改善のための重要な施策です。

顧客からの損害賠償請求等のリスク

一方で、カスハラ対策を理由に、正当な苦情や合理的な申入れまで一律に拒むことは適切ではありません。顧客の申出が商品不具合、債務不履行、説明不足、合理的配慮の要請などに基づく場合、企業には誠実な対応が求められます。カスハラ指針も、カスハラ対策を講じるにあたり、消費者法制による消費者の権利や、障害者差別解消法上の不当な差別的取扱いの禁止、合理的配慮の提供義務にも注意が必要としています。労働者を守る線引きと、顧客の正当な権利への対応を両立させる設計が必要です。

第6 カスハラ法改正に関するよくある質問

すべての企業が義務化の対象になりますか

すべての事業主(企業・会社)にカスハラ防止措置が義務化され、大企業だけでなく中小企業も対応する必要があります。もっとも、実際に必要となる体制の内容や規模は、業種、労働者数、顧客接点の多さ、過去のトラブル状況によって異なります。中小企業では、まず基本方針、相談先、対応フロー、記録方法を整備し、自社で運用可能な仕組みから始めることが現実的です。

顧客を出禁にすることはできますか

悪質なカスハラがある場合、企業は顧客対応を無制限に続けなければならないわけではありません。暴行、脅迫、著しい暴言、長時間の居座り、不当要求などがある場合には、対応窓口の一本化、面談や電話対応の制限、来店拒否、取引停止、警察への相談などを検討できます。ただし、出禁や取引停止は顧客との契約関係、施設の性質、公共性、差別的取扱いに当たらないかなどを踏まえて慎重に判断すべきです。事前に基準と手続を定め、証拠を残したうえで組織的に判断することが重要です。

カスハラ対応を弁護士に相談すべき場面はいつですか

一般的に弁護士に相談すべきなのは、悪質顧客への警告書送付、出禁・取引停止、損害賠償請求、警察対応、SNS投稿への対応、労働者からの安全配慮義務違反の主張など、法的リスクが顕在化している場面です。
しかし、カスハラ法改正に向けて、社内規程、対応マニュアル、相談窓口設計、研修資料を整備する段階でも、将来顕在化する可能性のある法的リスクを踏まえた対応が重要であるため、こうした事前段階から相談することが重要です。

まとめ

カスハラ法改正により、令和8年10月1日から、事業主(企業・会社)にはカスハラ防止のための雇用管理上必要な措置を講じることが義務付けられます。事業主は、基本方針の明確化、相談窓口の整備、現場対応マニュアルの作成、悪質事案への対応方針、労働者への研修などを、施行前から計画的に進める必要があります。特に中小企業では、対応を現場任せにしてしまうと、労働者のメンタル不調、離職・人材不足、安全配慮義務違反、顧客対応トラブルにつながるおそれがあります。正当なクレームには誠実に対応しつつ、社会通念上許容される範囲を超える言動から労働者を守るためには、自社の業態に応じたルールづくりが重要です。
フォーカスクライドでは、カスハラ法改正に対応した社内規程、対応マニュアル、相談窓口設計、悪質顧客対応について、企業法務・労務に詳しい弁護士がサポートしています。カスハラ対策の整備に不安がある企業は、早めに弁護士へ相談することをおすすめします。

新留 治 税理士法人フォーカスクライド 代表税理士執筆者:新留 治

弁護士法人フォーカスクライド シニアアソシエイト弁護士。2016年に弁護士登録以降、個人案件から上場企業間のM&A、法人破産等の法人案件まで幅広い案件に携わっている。特に、人事労務分野において、突発的な残業代請求、不当解雇によるバックペイ請求、労基署調査などの対応はもちろん、問題従業員対応、社内規程整備といった日常的な相談対応により、いかに紛争を事前に予防することに注力し、クライアントファーストのリーガルサービスの提供を行っている。

免責事項

本記事は一般的な法情報の提供を目的とするものであり、個別具体的な事案への法的助言ではありません。具体的な対応については、事案の内容に応じて弁護士等の専門家にご相談ください。

参考資料

厚生労働省「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律等の一部を改正する法律について(令和7年6月11日基発0611第1号・雇均発0611第1号)」
https://www.mhlw.go.jp/content/001502757.pdf
政府広報オンライン「カスハラとは?法改正により義務化されるカスハラ対策の内容やカスハラ加害者とならないためのポイントをご紹介」
https://www.gov-online.go.jp/article/202510/entry-9370.html
厚生労働省「令和7年の労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(労働施策総合推進法)等の一部改正について」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/zaitaku/index_00003.html
厚生労働省「あかるい職場応援団」 https://www.no-harassment.mhlw.go.jp/
厚生労働省「リーフレット(詳細版)『2026年(令和8年)10月1日から、カスタマーハラスメント対策、求職者等に対するセクシュアルハラスメント対策が義務化されます!』」 https://www.mhlw.go.jp/content/001662630.pdf
e-Gov法令検索「労働契約法」
https://laws.e-gov.go.jp/document?lawid=419AC0000000128
厚生労働省「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和8年厚生労働省告示第51号)」 https://www.mhlw.go.jp/content/001662625.pdf

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