病院やクリニックは患者の診療を拒否することができるのか

1 はじめに

 病院やクリニックを経営されている経営者の方の中には、院内において、患者様から「時間が無くて急いでいるから早く診察してくれ!」「傷の治りが悪い!」「院長を呼んで来い!」「もっと詳しく検査をしろ!」などと要望を受けたことが一度や二度はあるのではないでしょうか?
 自身の症状や院内での対応を冷静に判断し、患者様から要望を受ける場合は別ですが、いわゆるクレーマーのように、患者様が自身の要望のみを病院側に押し付けて来る場合には、病院側としても対応に苦慮されることと存じます。病院やクリニックを経営される方の中には、単に要望のみを押し付けて来るクレーマーのような患者様については、そもそも診療自体を拒否し、院内で対応しないという方針を検討されたこともあるのではないでしょうか。ここでは、病院側において、患者の診療自体を拒否することができるのかについて解説いたします。

2 医師法第19条第1項に基づく医師・病院側の応召義務

 まず、医師法第19条第1項は、「診療に従事する医師は、診療治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。」と規定しており、原則として医師(病院側)が患者を拒むことを認めておりません。医師法第19条に基づいて、医師・病院側は、原則的に来院し診察や診療を希望した患者様に対して、診察・診療を行わなければならないという義務を負っており、このような義務のことを「応召義務」といいます。当該応召義務は、病院に初めて来た患者を受け入れる場合だけでなく、通院を開始した患者が病院に診療治療を求めて再来院する場合にも発生する義務ですので、クレーマーとされる患者様が一度目の来院から期間を空けて問い合わせやクレームを入れてきた場合であっても、原則的には受診を断ることはできないものと考えられております。
 さらに、応召義務に違反した場合の責任について、神戸地裁平成4年6月30日判決においては、医師(病院側)が負う応召義務の性質について、医師の国に対する義務であるだけでなく、患者保護の側面をも有するとして、医師が診療拒否によって患者に損害を与えた場合には、医師に過失があるとの一応の推定がなされ、診療拒否に正当事由がある等の反証がない限り、医師は患者に対し賠償責任を負うとしています。
 上記判例に従うと、仮に、クレーマーとされる患者様が「傷の治りが悪い」と要望を出しており、実際には当該患者が感染症のような症状を発症していたような場合に、患者様の要望の伝え方や受付での態度などから病院側が悪質なクレーマーだと決めつけ、診療を拒否したとすると、後に当該患者様の症状が悪化し患者様が損害を被った場合等には、診療を拒否した病院側が賠償責任を負担するリスクがあります。

3 応召義務の例外

(1)他方で、医師法第19条第1項に従うと、応召義務の例外として、「正当な事由」がある場合には、医師・病院側が患者の診療及び治療を拒むことができると読み替えることができます。
 この点、「正当な事由」がどのようなものを指すかについて、厚生省医局長通知(昭和24年9月10日医発第752号)によると、「何が正当な事由であるかは、それぞれの具体的な場合において社会通念上健全と認められる道徳的な判断によるべきである」として、一律的な規定を設けているわけではありません。また、厚生省医局長通知においては、医療提供体制の変化や働き方の改革に伴って、定期的に応召義務の内容について整理がなされております。直近の厚生省医局長通知(令和元年12月25日000581246.pdf (mhlw.go.jp))においては、診療の求めに応じないことが正当化される場合の考え方について、最も重要な考慮要素は「患者について緊急対応が必要であるか否か(病状の深刻度)」であると記載されております。また、病状の深刻度の他に、重要な考慮要素として、①診療を求められたのが、診療時間・勤務時間内であるか否か、②患者と医療機関・医師との信頼関係が挙げられておりますので、これらの考慮要素を踏まえ、「正当な事由」に該当するか否か判断することとなります。
 さらに、厚生省医局長通知においては、上記考慮要素を前提として、医師・病院側の対応として患者を診療しないことが応招義務に反するか否かについて、緊急対応が必要な場合(病状の深刻な救急患者等)と緊急対応が不要な場合(病状の安定している患者等)に区分した上で整理をしております。

 緊急対応が必要な場合

診療時間・勤務時間内の場合
 厚生省医局通知によると、緊急対応が必要な場合であって、診療を求められたのが診療時間・勤務時間内である場合には、「医療機関・医師・歯科医師の専門性・診察能力、当該状況下での医療提供の可能性・設備状況、他の医療機関等による医療提供の可能性(医療の代替可能性)を総合的に勘案しつつ、事実上診療が不可能といえる場合にのみ、診療しないことが正当化される。」と定められております。緊急対応が必要な患者様である以上、診療を拒否できるのは事実上診療が不可能な場合という限定的な場面でのみ認められております。

診療時間・勤務時間外の場合
 他方で、緊急対応が必要な場合であって、診療を求められたのが診療時間・勤務時間外である場合には、「応急的に必要な処置をとることが望ましいが、原則、医師・病院側が公法上・私法上の責任に問われることはない」と定められております(診療所等の医療機関へ直接患者が来院した場合、必要な処置を行った上で、救急対応の可能な病院等の医療機関に対応を依頼するのが望ましいとされております。)。緊急対応が必要な患者様であったとしても、診療時間・勤務時間外の場合には医療設備やスタッフが不十分なことが想定されるため、医師・病院側に求められる対応の程度としても低いものに留められます。

 緊急対応が不要な場合

診療時間・勤務時間内の場合
 次に、厚生省医局長通知によると、緊急対応が不要な場合であって、診療を求められたのが診療時間・勤務時間内である場合には、「原則として、患者の求めに応じて必要な医療を提供する必要がある。ただし、緊急対応の必要がある場合に比べて、正当化される場合は、医療機関・医師・歯科医師の専門性・診察能力、当該状況下での医療提供の可能性・設備状況、他の医療機関等による医療提供の可能性(医療の代替可能性)のほか、患者と医療機関・医師・歯科医師の信頼関係等も考慮して緩やかに解釈される。」と規定されています。緊急対応が必要な場合と比較すると諸般の事情を考慮し医師・病院側が患者様の診療を拒否することが許容されやすいとは言えますが、緊急対応が不要な場合であったとしても、原則的には医師・病院側は患者様に対し診療を行うことが義務付けられていることに注意する必要があります。

診療時間・勤務時間外の場合
 他方で、緊急対応が不要な場合であって、診療を求められたのが診療時間外・勤務時間外である場合には、「即座に対応する必要はなく、診療しないことは正当化される。ただし、時間内の受診依頼、他の診察可能な医療機関の紹介等の対応をとることが望ましい。」と規定されており、原則的に医師・病院側は患者様の診療を拒否することが許容されております。

(2)上記の整理を踏まえると、医師・病院側が患者様の診療を拒否することについて判断が悩ましいのは、緊急対応が不要な場合であって、診療を求められたのが診療時間・勤務時間内である場合において、応召義務の例外がどの程度緩やかに解釈されるのかという点であるものと考えられます。この点について、厚生省医局長通知においては、個別事例ごとの整理について具体例をもって解釈の指針を示しております。

 まず、患者様による迷惑行為が行われている場合には、「診療・療養等において生じた又は生じている迷惑行為の態様に照らし、診療の基礎となる信頼関係が喪失している場合には、新たな診療を行わないことが正当化される。」とされており、信頼関係が喪失している場合とは、「診療内容そのものと関係ないクレーム等を繰り返し続けるような場合を指す」と記載されております。仮にクレーマーとされる患者が病院側に対して行っているクレームの内容が、院内で行った診療に関するクレームではないものに終始する場合には、当該患者様との信頼関係は喪失しているものと考えることができます。
 例えば、皮膚科の病院やクリニックにおいて、クレーマーとされる患者様が院内にて購入した石鹸を使用したところ、「院内で購入した石鹸を使用したのに肌の調子が悪いままである」等とクレームを申し出たとしましょう。このような場合には、当該患者様が購入した石鹸が、医師により処方又は使用を勧められ購入した石鹸であって、その石鹸を使用したことで当該患者様の体調が悪化したという趣旨のクレームであるならば、当該クレームは信頼関係を喪失させるようなクレームではなく、むしろ病院・クリニックで実施された診療に関するクレームですので、応召義務に基づき、病院側が当該患者の受診を拒否することはできないものと考えられます。他方で、クレームの内容が病院・クリニックにおいて実施された診療とは無関係な内容に終始しており、当該石鹸の使用について医師から何らの助言や処方もなされていない場合には、病院側と当該患者様との間の信頼関係は喪失しているものといえますので、仮に受診を拒否したとしても、病院側が応召義務に違反することはないものと判断される可能性が高いということができます。

 次に、クレーマーとされる患者様が医療費の不払いを起こしている場合に、病院側が診療を拒否することはできるのでしょうか。
 この点について厚生省医局長通知においては、「以前に医療費の不払いがあったとしても、そのことのみをもって診療しないことは正当化されない。しかし、支払能力があるにもかかわらず悪意を持ってあえて支払わない場合等には、診療しないことが正当化される。具体的には、保険未加入等医療費の支払い能力が不確定であることのみをもって診療しないことは正当化されないが、医学的な治療を要さない自由診療において支払い能力を有さない患者を診療しないこと等は正当化される。また、特段の理由なく保険診療において自己負担分の未払いが重なっている場合には、悪意のある未払いであることが推定される場合もある。」と規定しております。したがって、単に患者様が医療費の不払いを起こしていることのみをもっては、診療時間・勤務時間内に来院し診療を希望する患者様の診療を病院側が拒否することは認められません。

 その他にも、厚生省医局長通知においては訪日外国人観光客をはじめとした外国人患者様への対応について規定しております。
 外国人患者様への対応については、「外国人患者についても、診療しないことの正当化事由は、日本人患者の場合と同様に判断するのが原則である。外国人患者については、文化の違い(宗教的な問題で肌を見せられない等)、言語の違い(意思疎通の問題)、(特に外国人観光客について)本国に帰国することで医療を受けることが可能であること等、日本人患者とは異なる点があるが、これらの点のみをもって診療しないことは正当化されない。ただし、文化や言語の違い等により、結果として診療行為そのものが著しく困難であるといった事情が認められる場合にはこの限りではない。」と規定されております。
 したがって、外国人患者様が来院し診療を希望した場合であったとしても、病院側は単に患者様が外国人であることのみをもってしては診療を拒否することは認められず、日本人患者様の場合と応用の対応を行うことが求められます。

4 さいごに

 ここまで、医師・病院側が負う応召義務とその例外について解説を行ってまいりました。応召義務違反が認められる場合には、病院・クリニックが患者様に対し損害賠償義務を負担するリスクがありますので、クレーマーとされる患者様への対応は極めて慎重な対応が求められます。
 当事務所においては、これまでにもクレーマーとされる患者様への対応方法について病院・クリニックの経営者様よりご相談を承っており、当該患者様の特性に応じた適切な対応方法をご提案させていただいております。クレーマーとされる患者様への対応にお困りの病院・クリニック様におかれましては、一度ご相談いただけますと幸いです。

波多野 太一 弁護士法人フォーカスクライド アソシエイト弁護士執筆者:波多野 太一

弁護士法人フォーカスクライド アソシエイト弁護士。
2022年に弁護士登録。企業・個人を問わず、紛争や訴訟への対応を中心に扱い、企業間取引においては契約書等の作成・リーガルチェックといった日々の業務に関する法的支援も多数取り扱っている。
また、相続や交通事故に伴う個人間のトラブルや、少年事件や子どもに関するトラブル等も多数取り扱っている。
企業・個人を問わず、困難に直面している方に寄り添い、問題の解決や最大限の利益の追及はもちろん、目に見えない圧倒的な安心感を提供できるように努めている。

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