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経営者の方にとって,従業員の職場環境が良好であることは重要なことです。他の従業員との間で軋轢を生み,職場環境を悪化させる従業員に対しては,これを良好にするため,種々の措置を講じることになります。そして,この措置の一つとして,配転命令が挙げられます。配転命令は,対象となる従業員の業務を変更させること(つまり配置転換を行うということです。)をいいますが,これにより,配転命令前の部署における他の従業員との接触を極力避けるようにして,当該他の従業員で構成される職場の環境を修復するものとなります。
本稿では,医療法人や個人経営のクリニック(以下では,「医療法人等」といいます。)を対象として,前述したような問題となる従業員に対して配転命令を行うとき,特に注意しなければならない点を説明いたします。
医療法人が従業員を雇用する際になすべきことは,個々の企業特有の事情がある場合は別ですが,他の企業のそれと大きく変わらないと思われます。
もっとも,医療法人等では,従業員を雇用する際に,特別な考慮を行う必要があります。
すなわち,医療法人等が医師や看護師を採用する場合,医師の資格や看護師の資格を有することが前提になっています。そのため,経営者としては,医師には医師業務のみ,看護師には看護師業務のみに専念してもらうことを念頭において雇用を行うこととなると思われます。
経営者は,雇用契約を締結する際,従業員に対して,従事すべき業務の内容を指定します。医療法人等は,雇用契約を締結した場合,当該従業員に対して,労働条件を記載した労働条件通知書を交付する義務を負いますが(労働基準法第14条第1項),労働条件通知書にも,「従事すべき業務」という欄が存在します。
しかし,前述したように,医師には医師業務のみ,看護師には看護師業務のみに専念してもらうことを念頭に置いた場合,従事すべき業務について「職種限定の合意」があったと判断されることがあります。なお,職種限定の合意は,本稿で紹介している医師や看護師の他,専門知識を必要とする業務に携わる従業員との間で成立することがあります。
このような職種限定の合意があった場合,原則として,医師に対して医師業務以外の業務に,看護師に対して看護師業務以外の業務に従事させることは,原則できなくなります。例えば,看護師に対して,看護業務を離れ経理業務のみを扱うよう命じるといった配転命令を行うことが原則できなくなります。
職種限定の合意があったとしても,従業員の同意があれば,配転命令は有効となります。ただし,対象の従業員が簡単に同意するとは思われません(なお,単純に同意があったというだけでは足りず,任意に同意したことが必要となります。)。
仮に従業員の同意がなくとも,裁判例上,「採用経緯と当該職種の内容,使用者における職種変更の必要性の有無及びその程度,変更後の業務内容の相当性,他職種への配転による労働者の不利益の有無及び程度,それを補うだけの代替措置又は労働条件の改善の有無等を考慮し,他職種への配転を命ずるについて正当な理由があるとの特段の事情が認められる場合には,当該他職種への配転を有効と認めるのが相当である。」とされていますが(東京地判平成19年3月26日判タ1238号130頁),「特段の事情」と記載されるとおり,これが認められるためのハードルは高いものと考えるべきです。
仮に,配転命令に関して企業と従業員との間で労使紛争が生じた場合には,当該従業員から訴訟等を起こされることがありえます。この場合には,配転命令前の業務を行うことができる地位にあることの確認を求める,配転命令前の賃金と配転命令後の賃金の差額の支払いを求める等の請求がなされることになります。
また,労使紛争で医療法人等側から反論を行うためには,他の従業員に対するヒアリング等を行うことにより,対象従業員に対する配転命令が有効であることを主張する必要が生じます。これにより他の従業員に労使紛争の存在が知られ,問題があったとはいえ従前の同僚との間で紛争が生じる職場というイメージダウン,モチベーションダウンにつながるおそれがあります。
問題となる従業員は,最初から職場環境を大きく悪化させるような行動は起こさず,初期段階においては些細とも思える衝突を生じさせているに過ぎないと思われます。この場合は,上司や経営者の方が有効な対策を打つことができず当該従業員が増長し,職場環境を悪化させる存在に「成長」してしまうことがよくあります。
そのため,問題となる社員の発生を防ぎ,前述したリスクを回避するためには,「些細と思われる衝突」であっても,他の従業員から報告を受ける体制を整え,上司による監督を行っておくべきです。そして,「些細と思われる衝突」についても,その内容及び当該従業員に対して行った注意の内容を記録化しておき,いざ配転命令を行う時の説得材料(往々にして,当該従業員は,「そのようなことはなかった。」「むしろ他の従業員が悪い」などと事実関係を否定します。)や,労使紛争が生じた場合の証拠として用いることができるようにすべきです。
また,雇用契約締結時の対応となりますが,「看護師業務及び一般事務」と従事すべき内容に記載することにより,看護師業務以外の業務(一般事務)を行う余地があることを示しておくことも有用であると考えられます。
当法人では,医療法人・クリニックにおいてトラブルを生じさせる従業員に対する対応について経験のある弁護士が所属しております。
執筆者:藏野 時光
弁護士法人フォーカスクライド アソシエイト弁護士。2017年に弁護士登録。離婚問題等個人間の法的紛争から知的財産紛争等企業間の紛争まで幅広い分野に携わっている。また、刑事事件も取り扱う。紛争に関する交渉、訴訟対応のみならず、企業間取引における契約書等の作成・リーガルチェック等、企業における日々の業務に関する法的支援も多数取り扱っている。個人、企業問わず、クライアントが目指す利益を実現するために採るべき具体的方法を検討し、リスクに関する説明も交えた丁寧な説明を心がけ、リーガルサービスを提供している。