オンライン診療事業の注意点について医療関連業法に強い弁護士が解説

第1 はじめに

 近年、パソコン、スマートフォン、タブレット端末等の情報通信技術の発達や新型コロナウイルス感染症の流行に伴い、デジタルヘルスビジネスに参入している企業が増加しています。医療機器・医薬品業界等のヘルスケア業界にとどまらず、これまでヘルスケアを事業領域とはしていなかったIT企業、製造業等や、スタートアップの動きが盛んです。このような市場の盛り上がりを示すものとして、経済産業省の推計(経済産業省「平成29年度健康寿命延伸産業創出推進事業(健康経営普及推進・環境整備等事業)調査報告書」(平成30年3月)480頁)によれば、我が国におけるヘルスケア産業全体の市場規模は、2016年の約25兆円から2030年には約40兆円にまで成長するとのことです。しかしながら、人の生命・健康を取り扱うというビジネスの性質上、他業種にはないヘルスケア業界独自の規制があるため、他業界から参入する企業としては注意を払う必要があります。
 非ヘルスケア業界の企業がデジタルヘルスビジネスに参入するにあたり検討することが想定されるビジネスモデルには、健康管理サービス、健康医療相談サービス、オンライン医療、次世代医療などのカテゴリーがあります。本記事では、このうちオンライン医療を取り上げ、オンライン診療(遠隔診療のうち、医師・患者間において、情報通信機器を通して、患者の診察及び診断を行い診断結果の伝達や処方等の診療行為を、リアルタイムにより行う行為)に焦点を当てて、法的観点から注意すべき点をご紹介します。なお、オンライン服薬指導について知りたい方は、こちらの記事(オンライン服薬指導サービスの注意点について)で解説していますので、ぜひご参照ください。

第2 オンライン診療に関する法的規制(総論)

 オンライン診療に関する法的規制としては、医師法、医療法、個人情報保護法及びこれらに関する行政通達等があります。特に、オンライン診療を含む遠隔診療については、無診療治療等の禁止を定める医師法20条に抵触するのではないかが議論されてきました。
 この点、厚生省が、平成9年12月24日厚生省健康政発第1075号厚生省健康政策局通知「情報通信機器を用いた診療(いわゆる「遠隔診療」)について」において、初診患者は原則対面診療が必要であるが、離島、へき地の患者の場合等直接の対面診療を行うことが困難である場合については、遠隔診療を行うことが可能であるとの見解を示して以降、遠隔診療が許容される範囲が徐々に拡充されてきました。このような中で、厚労省は、平成30年3月、「オンライン診療の適切な実施に関する指針」(以下では、「オンライン診療指針」といいます。)を策定しました(その後、令和元年7月、令和4年1月及び令和5年3月に一部改訂されています。)。
 オンライン診療指針には、大きく分けて、医師法20条との観点からオンライン診療の提供に関する規制と、医療法及び個人情報保護法との観点からオンライン診療の提供体制に関する規制が定められています。
 前者のオンライン診療の提供に関する規制には、①医師-患者関係/患者合意、②適用対象、③診療計画、④本人確認、⑤薬剤処方・管理、⑥診察方法の項目があり、後者のオンライン診療の提供体制に関する規制には、⑦医師の所在、⑧患者の所在、⑨患者が看護師等といる場合のオンライン診療、⑩患者が医師といる場合のオンライン診療、⑪通信環境(情報セキュリティ・プライバシー・利用端末)の項目があり、各項目(⑨⑩を除きます)について「最低限遵守すべき事項」及び「推奨される事項」が示されています。
 「最低限遵守すべき事項」を遵守してオンライン診療を行う場合には医師法20条に抵触するものではないとされていますので、以下では、①~⑧、⑪の各項目で「最低限遵守すべき事項」の概要についてご紹介します。

第3 オンライン診療に関する法的規制(各論)

1 医師-患者関係/患者合意(①)

 オンライン診療を実施する際は、医師は、患者に対し、
・オンライン診療で得られる情報には限界があるため対面診療を組み合わせる必要があること
・オンライン診療を実施する都度、医師がオンライン診療の実施の可否を判断すること
・診療計画に含まれる事項(後記3参照)
 を説明し、オンライン診療を希望する旨を明示的に確認した上で、診療計画の内容と合わせて患者との間で合意しなければなりません。
 ここでいう「明示的」とは、オンライン診療に関する留意事項の説明がなされた文書等を用いて患者がオンライン診療を希望する旨を書面(電子データを含む。)において署名等(カルテへの記載等を含む。)をしてもらうことをいうとされています(「オンライン診療の適切な実施に関する指針」に関するQ&AのQ3参照)。

2 適用対象(②)

 オンライン診療においては、得られる情報が視覚及び聴覚に限定され、疾病の見落としや誤診を防ぐ必要があるため、「初診」については「かかりつけの医師」が行うことが原則とされています。ただし、既往歴、服薬歴、アレルギー歴等の他、症状から勘案して問診及び視診を補完するのに必要な医学的情報を過去の診療録、診療情報提供書、健康診断の結果、地域医療情報ネットワーク、お薬手帳、Personal Health Record等から把握でき、患者の症状と合わせて医師が可能と判断した場合にも実施することが可能です。後者の場合、事前に得た情報を診療録に記載する必要があります。
 ここでいう「初診」とは、初めて診察を行うことをいいますが、継続的に診療している場合においても、新たな症状等(ただし、既に診断されている疾患から予測された症状等を除く。)に対する診察を行う場合や、疾患が治癒した後又は治療が長期間中断した後に再度同一疾患について診察する場合も、「初診」に含みます。なお、診療報酬において「初診料」の算定上の取扱いが定められていますが、ここでいう「初診」と「初診料」を算定する場合とは必ずしも一致しません(「オンライン診療の適切な実施に関する指針」に関するQ&AのQ4参照)。
 また、ここでいう「かかりつけの医師」とは、日頃より直接の対面診療を重ねている等、患者と直接的な関係がすでに存在する医師を指し、最後の診療からの期間や定期的な受診の有無によって一律に制限するものではないとされています(「オンライン診療の適切な実施に関する指針」に関するQ&AのQ5参照)ので、過去の対面診療によって直接的な医師・患者関係があれば「かかりつけの医師」に該当するものと考えられます。
 また、「かかりつけの医師」がオンライン診療を行っていない場合や、休日夜間等で、「かかりつけの医師」がオンライン診療に対応できない場合、患者に「かかりつけの医師」がいない場合、「かかりつけの医師」がオンライン診療に対応している専門的な医療等を提供する医療機関に紹介する場合、セカンドオピニオンのために受診する場合といったときには、「かかりつけの医師」以外の医師が診療前相談を行った上で初診からオンライン診療を行うことも許容されています。診療前相談は、映像を用いたリアルタイムのやりとりで行う必要があるものの、診療前相談を効果的かつ効率的に行うため、診療前相談に先立って、メール、チャットその他の方法により患者から情報を収集することも可能です(「オンライン診療の適切な実施に関する指針」に関するQ&AのQ7参照)。ただし、診療前相談により対面診療が必要と判断した場合であって、対面診療を行うのが他院である場合は、診療前相談で得た情報について必要に応じて適切に情報提供を行うこととされていることや、診療前相談を行うにあたっては、結果としてオンライン診療が行えない可能性があることや、診療前相談の費用等について医療機関のホームページ等で示す他、あらかじめ患者に十分周知することが必要であるとされていることに注意しなければなりません。

3 診療計画(③)

 医師は、オンライン診療を行うに当たって必要となる患者とのルールを「診療計画」として作成し、患者の同意を得る必要があります。具体的には、以下の事項を定める必要があります。

  • オンライン診療で行う具体的な診療内容(疾病名、治療内容等)
  • オンライン診療と直接の対面診療、検査の組み合わせに関する事項(頻度やタイミング等)
  • 診療時間に関する事項(予約制等)
  • オンライン診療の方法(使用する情報通信機器等)
  • オンライン診療を行わないと判断する条件と、条件に該当した場合に直接の対面診療に切り替える旨(情報通信環境の障害等によりオンライン診療を行うことができなくなる場合を含む。)
  • 触診等ができないこと等により得られる情報が限られることを踏まえ、患者が診察に対し積極的に協力する必要がある旨
  • 急病急変時の対応方針(自らが対応できない疾患等の場合は、対応できる医療機関の明示)
  • 複数の医師がオンライン診療を実施する予定がある場合は、その医師の氏名及びどのような場合にどの医師がオンライン診療を行うかの明示
  • 情報漏洩等のリスクを踏まえて、セキュリティリスクに関する責任の範囲 (責任分界点)及びそのとぎれがないこと等の明示

 なお、作成した診療計画は、オンライン診療による患者の診療が完結した日から2年間保存する必要があります。

4 本人確認(④)

 オンライン診療を行うに際しては、医師と患者双方が身分確認書類を用いてお互いに本人であることの確認を行うことが必要です。具体的には、医師は、顔写真付きの身分証明書(HPKIカード(医師資格証)、マイナンバーカード、運転免許証、パスポート等)を用いて医師本人の氏名を示すとともに、医師免許証を提示するなどして医師の資格を保有していることを患者が確認できる環境を整えておく必要があります。

5 薬剤処方・管理(⑤)

 現にオンライン診療を行っている疾患の延長とされる症状に対応するために 必要な医薬品については、医師の判断により、オンライン診療による処方が可能です。初診からオンライン診療の場合及び新たな疾患に対して医薬品の処方を行う場合は、オンライン診療の初診での投与について十分な検討が必要な薬剤等の関係学会が定める診療ガイドラインを参考にする必要があります。ただし、初診の場合には以下の処方を行うことが禁止されています。

  • 麻薬及び向精神薬の処方
  • 基礎疾患等の情報が把握できていない患者に対する、特に安全管理が必要な薬品の処方
  • 基礎疾患等の情報が把握できていない患者に対する8日分以上の処方

6 診察方法(⑥)

 可能な限り多くの診療情報を得るために、リアルタイムの視覚及び聴覚の情報を含む情報通信手段を採用することが必要です。ただし、直接の対面診療に代替し得る程度の患者の心身の状況に関する有用な情報が得られる場合には補助的な手段として、画像や文字等による情報のやりとりを活用することも可能ですが、チャットなどのみによる診療は認められていない(「オンライン診療の適切な実施に関する指針」に関するQ&AのQ16参照)ので、注意する必要があります。実際に、チャット機能のみを用いた不適切な診療行為が現に行われているとの報告がなされています(オンライン診療における不適切な診療行為の取扱いについて)。

7 医師の所在(⑦)

 医師は、必ずしも医療機関においてオンライン診療を行う必要はありませんが、騒音により音声が聞き取れない、ネットワークが不安定であり動画が途切れる等、オンライン診療を行うに当たり適切な判断を害する場所は避ける必要があります。また、診療の質を確保する観点から、診療録等、過去の患者の状態を把握しながら診療すること等により、医療機関に居る場合と同等程度に患者の心身の状態に関する情報を得られる体制を整えなければなりません。さらに、プライバシーの観点から、第三者に患者の心身の状態に関する情報が伝わることのないよう、物理的に外部から隔離される空間を確保する必要があります。

8 患者の所在(⑧)

 医療法上、医療は、病院、診療所等の医療提供施設又は患者の居宅等で提供 されなければならないこととされており、この取扱いはオンライン診療であっても同様とされています。また、患者がオンライン診療を受ける場所が清潔かつ安全であること、物理的に外部から隔離される空間であることも必要とされています。

9 通信環境(情報セキュリティ・プライバシー・利用端末)(⑪)

 オンライン診療指針は、オンライン診療システムを、オンライン診療で使用されることを念頭に作成された視覚および聴覚を用いる情報通信機器のシステムとオンライン診療に限らず広く用いられるサービス(以下では、「汎用サービス」といいます。)で視覚および聴覚を用いる情報通信機器のシステムに区分けしています。
 いずれのシステムを使用するにしても、医師は、使用するシステムを患者に示し、セキュリティリスク等と対策および責任の所在について患者に説明して合意を得ること、使用するシステムを適宜アップデートすること、同システムが一定条件のセキュリティを満たしていることを確認すること、医師がいる空間に診療に関わっていない者がいるかを示し、患者がいる空間に家族等の医師および患者が同意している者以外の第三者がいないかを確認すること、プライバシーが保たれるよう患者側も医師側も録音、録画等を同意なしに行わないよう確認すること等が要求されます。また、医師が汎用サービスを用いる場合(例えば、LINEビデオ通話等が想定されます。)については、特に留意すべき事項が定められており、例えば、第三者がオンライン診療に参加することを防ぐために医師側から患者側につなげることを徹底すること、汎用サービスのセキュリティポリシーを適宜確認・患者に説明すること、医師のなりすまし防止のために顔写真付きの身分証明書等と医籍登録年を示すこと(HPKIカード (医師資格証)を示すことが望ましいです。)等が求められます。

第4 さいごに

 以上のとおり、オンライン診療事業を行う際には様々な規制がありますので、非ヘルスケア業界の企業がデジタルヘルスビジネスに参入する際には注意する必要があります。
 当事務所では、医療法人に関する諸問題に精通した弁護士複数名で「医療法人チーム」を構成しており(医療法人法務チーム | 弁護士法人フォーカスクライド )、クライアントである医療法人様からのご相談に対して、法令・ガイドライン等の内容を踏まえた対応方針の検討、当該対応方針に基づきどのような具体的対応を取るべきかの両面から法的助言を行っていますので、オンライン診療事業に関するお悩みがございましたら、お気軽にお問い合わせください。

山野 翔太郎 弁護士法人フォーカスクライド アソシエイト弁護士執筆者:山野 翔太郎

弁護士法人フォーカスクライド アソシエイト弁護士。
2022年に弁護士登録。遺言・相続、交通事故、離婚・男女問題、労働、不動産賃貸者などの個人の一般民事事件・刑事事件から、企業間訴訟等の紛争対応、契約書作成、各種法令の遵守のための取り組みなどの企業法務まで、幅広い分野にわたってリーガルサービスを提供している。

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