【病院・クリニック×人事労務】院長は労働者か?管理監督者か?

1 病院・クリニックの院長は労働者か?

 医療法人が経営する病院やクリニックでは、当該医療法人の理事である院長を各病院・クリニックに選任する必要があります。院長は、病院・クリニックにて理事としての業務に従事しながら、一医師としても業務に従事することになるところ、労働基準法上の労働者といえるかどうか問題となります。
 この点、労働基準法上の労働者とは、使用者から「使用されて労働し、賃金を支払われる者」とされており、①使用者の指揮監督下で労働に従事しているかどうか、②その労働の対価として賃金(報酬)を得ているかどうかを基準として判断されます。①の指揮監督下にあるか否かは、

  • ・ 仕事の依頼・指示に対して応じるか拒否するかの自由があるかどうか(諾否の自由)
  • ・ 仕事の遂行方法や時間配分について指示を受けているかどうか(指揮監督)
  • ・ 仕事の開始・終了時間や勤務場所等が指定される形の拘束性があるかどうか(拘束性の有無)
  • ・ 本人に代わって他の者が仕事を行うことができるかどうか(代替性の有無)

を考慮して判断されます。
 院長といえども、医療法人の方針に基づいて指定された時間・場所で病院・クリニックを運営し診察業務に従事しなければならないこと、診察業務自体を拒否する自由がないこと、当該診察業務等の対価として報酬を得ていることに鑑みると、労働者と認定される場合が多いと考えられます。

2 院長が労働者であると認定された場合の効果とは?

 労働者である以上、使用者である医療法人には、原則として労働基準法上の時間外労働、休日労働及び深夜労働に対して割増賃金(いわゆる「残業代」)を支払う義務が発生することになります。
 そして当該残業代の金額は、給与の金額及び時間外労働等に従事した労働時間数に応じて大きくなるところ、院長の場合、金額及び労働時間数ともに非常に多額・長時間となる傾向にあるため、請求を受ける残業代の金額が非常に多額となります。
 過去の裁判例では、院長の残業代として1億4026万0134円を請求されるというものもありました(さいたま地裁秩父支部判平成24年3月30日)。

3 労働基準法上の管理監督者とは?

 前記2のとおり、労働者に該当すれば労働基準法に基づく残業代の支払義務が発生しますが、その例外として、労働基準法第41条第2号の「監督若しくは管理の地位にある者」(以下「管理監督者」といいます。)に該当する場合が考えられます。
 管理監督者とは、労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者であり、名称にとらわれず、実態に即して判断すべきとされています。管理監督者に該当すれば、労働基準法上の労働時間、休憩、休日等に関する規制の枠を超えて活動することが要請される重要な職務と責任を有しており、現実の勤務態様も労働時間等の規制に馴染まない立場にあることから、例外的に、残業代のうち時間外労働及び休日労働に対する割増賃金が発生しないとされております(深夜労働に対する割増賃金は発生します)。そのため、残業代をめぐる争いのなかでは、この管理監督者に該当するか否かについても争点になるということが比較的多くあります。
 管理監督者に該当するためには、一般的に以下の4つの要素を充足する必要があるとされております。

  • ① 職務内容が少なくともある部門全体の統括的な立場にあること
  • ② 部下に対する労務管理上の決定権等につき、一定の裁量権を有しており、部下に対する人事考課・機密事項に接していること
  • ③ 管理職手当などの特別手当が支給され、待遇において、時間外手当が支給されないことを十分に補っていること
  • ④ 自己の出退勤を自ら決定し得る権限があること

4 院長は管理監督者に該当するか?

 この点、裁判例においては以下のような事情を斟酌した結果、院長を管理監督者と認定し、原告の残業代請求(1億4026万0134円)を棄却したという事例があります(さいたま地裁秩父支部判平成24年3月30日)。

  • ・ クリニックの院長として医療法上の管理者になるとともに医療法人の理事の地位にあり、理事会において様々な発言・提案をするなど医療法人の経営に積極的に関与していたこと
  • ・ 自らの判断で患者数の減少等を理由にクリニックの休診日を決定したり、採算性を理由にそれまで実施していたサービスを廃止したりするなど、クリニックの運営を自ら決めていたこと
  • ・ クリニックの勤務医の採用や解雇の権限を有していたほか、他のスタッフの採用に関しても人数を決めるなど積極的に関わっていたこと
  • ・ タイムカード等による勤務時間管理がされておらず、当該院長以外に常勤医師がおらず、当該院長が当直業務に従事することが不可避な態勢であったこと
  • ・ 院長が当直の時間帯に居酒屋等で飲食をしていたことが少なからずあり、医療法人がこれを叱責したり制裁を加えたりするようなことはなかったこと
  • ・ 院長就任と同時にそれまでの日給月給制から年俸制となり、当直代や時間外手当等が支給されない代わりに、院長手当、理事手当等を含め、それまでの給与より1000万円余増額され、医療法人の理事長の給与にほぼ匹敵する年俸約4500万円を得ていたこと
  • ・ 医療法人の負担のもと年間50万円の交際費を認められたり、特別の待遇を受けていたこと

 上記裁判例は、あくまでも当該事例における総合的な判断であるため、必ずしも上記のうち一つでも認定されなければ、絶対に管理監督者と認められない、というものではありません。逆に、すべてを充足するように見えても、その程度によっては、管理監督者と認められないという可能性もあり得ます。

5 院長が管理監督者であると認定されるための具体的な対応策とは?

 院長は、一般的に当該クリニックにおける最高責任者であることが多いため、前記3①の要素を充足することは多いと考えられます。問題は、院長が理事会に積極的に参加・発言等をすることで医療法人・クリニックの経営に参画していること、当該クリニックにて人事に関する権限を有していること、他の医師やスタッフに比べて給与に大きな差があること、裁量による出退勤が可能であることをどれだけ客観的な資料に基づいて裏付けられるかが重要となります。
 そのためには、雇用契約や理事委任契約の中で業務内容や出勤時間に関する規律を明確にし、実態としても経営者側であることの証拠として議事録での発言等を記録しておく、人事労務の権限を有していることの裏付けとなるメールなどのやり取りを残しておくなどの対応策が考えられます。

6 当事務所でできること

 当事務所では、医療法人のクライアント様から日常的に労務管理のご相談を受け、迅速かつ適切に対応させていただいております。その中で、院長の雇用契約や理事委任契約の締結もサポートさせていただき、万一、将来紛争が生じた場合でも管理監督者の主張が認められるように、日々の労務管理のサポートもさせていただいております。
 また、実際に元従業員による残業代請求に対して、管理監督者に該当することを裏付ける事情を詳細にヒアリング、反論をすることで、裁判に至る前に早期解決できた実績もございます。
 今後の労務管理にお悩みの個人・法人様も、既に紛争化してしまい対応に困っておられる個人・法人様も、是非当事務所までご連絡ください。

新留治 弁護士法人フォーカスクライド アソシエイト弁護士執筆者:新留 治

弁護士法人フォーカスクライド アソシエイト弁護士。2016年に弁護士登録以降、個人案件から上場企業間のM&A、法人破産等の法人案件まで幅広い案件に携わっている。特に、人事労務分野において、突発的な残業代請求、不当解雇によるバックペイ請求、労基署調査などの対応はもちろん、問題従業員対応、社内規程整備といった日常的な相談対応により、いかに紛争を事前に予防することに注力し、クライアントファーストのリーガルサービスの提供を行っている。

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