医療法人・クリニックを経営されている方の中には、すでに医療法人(社員である医師が1名のいわゆる一人医師法人も含みます)を設立されている方もいれば、経営が軌道に乗ってきたことや事業承継を検討するにあたり、これから医療法人を設立しようと考えておられる方もいらっしゃるかと存じます。
医療法人の設立あるいはMS法人の設立というと、どうしても節税という観点が表に出てきてしまい、その中身(ガバナンス)については、あまり重視されないということも多くあるのではないでしょうか。しかし、医療法人は、支配権の帰趨について株式会社と大きく異なる特徴を有してることから、いかにして支配権を獲得・維持するかについて、正確に理解しておく必要があります。
そこで、ここでは、医療法人制度の概要についてご説明するとともに、実際に医療法人の支配権問題が現れやすいM&Aの場面についてご紹介したいと思います。
医療法人とは、病院、医師もしくは歯科医師が常時勤務する診療所又は介護老人保健施設を開設することを目的として、医療法の規定に基づき設立される法人をいいます(医療法第39条)。また法人は、社団法人と財団法人に分けられ、医療法人も、社団たる医療法人(医療法人社団)と財団たる医療法人(医療法人財団)に分けられます。もっとも、実際に設立されている医療法人の大多数は、前者の社団たる医療法人(医療法人社団)となります。加えて、医療法人社団は、出資持分の有無という観点から、さらに出資持分のある医療法人と出資持分のない医療法人に分類されます。
出資持分のある医療法人とは、定款に出資持分に関する定め(一般的には、①社員の退社に伴う出資持分の払戻し、及び②医療法人の解散に伴う残余財産の分配に関する定め)を設けているものを指します。この出資持分のある医療法人に関しては、平成19年4月1日に施行された改正医療法(第5次医療法改正)により、新たに設立をすることができないこととされましたが、既存の出資持分のある医療法人については、当分の間存続する旨の経過措置が取られており、これらは「経過措置型医療法人」と呼ばれることもあります。この経過措置型医療法人の割合は、平成31年3月末時点でも、医療法人社団の約72.15%とその大半を占めております。他方で出資持分のない医療法人とは、定款に上記のような出資持分に関する定めを設けていないものを指します。現在新たに設立可能な医療法人社団は全てこの類型に属することになります。この出資持分のない医療法人については、さらに基金拠出型医療法人、特定医療法人、社会医療法人などに分類されますが、ここでは出資持分のない医療法人として一括りとして支配権の問題について論じたいと思います。
医療法人社団は、医療法上、社員総会、理事、理事会及び監事を機関として置かなければならないとされています(医療法第46条の2第1項)。医療法人社団と同じ社団(社団法人)の「株式会社」の機関である株主総会、取締役、取締役会及び監査役に近いものがありますが、決定的に異なる点があります。それは、株式会社においては、社員権(株主権)を細分化した割合的単位である株式が存在し、この株式の保有数に応じて社員(株主)としての権利を行使しうるのに対し、医療法人社団の場合には、株式に相当する概念が存在しないということです。つまり、株式会社の株主は、保有する株式数に応じて株主総会において議決権を有しますが、医療法人社団の社員は、1人につき1個の議決権を社員総会で行使するということです。そして、医療法人社団の社員は、持ち分としていくら出資しているかどうか、ひいては持ち分を出資しているかどうかにかかわらず、社員としての地位を有していれば、1個の議決権を有することになります。
社員総会では、理事の選任又は解任について決議することができることから、株主総会同様に事実上医療法人社団における最高意思決定機関の役割を果たします。この社員総会では、上記のとおり、株式会社における株式の保有数に応じて議決権を行使しうるという資本多数決原理はとられておらず、社員は、医療法人社団に対する出資の有無や金額等に関わりなく、1人1個の議決権を有し、社員総会出席者の過半数で議事を決することになります。
したがって、医療法人社団での最高意思決定機関である社員総会において支配権を確保するためには、いくら多額の出資をしたとしても、直接的に支配できるわけではなく、他の社員を敵に回した場合には、社員総会から排除されるという危険性をも有しております。
医療法人は、前述のとおり、資本多数決ではないため、多額の出資等を行ったにもかかわらず支配権を得られないという危険性を有しています。そのため、医療法人のM&Aでは、意思決定の仕組みを正しく理解して必要な手順、手続きをとる必要があります。
その中でも最重要なものが社員総会の承認です。
事業を承継される側(引継側)としては、支配権を獲得するために、当該引継側の者を医療法人の新たな社員として入社させる必要があります。もっとも、新たな社員として入社するための資格については、医療法人の定款に記載する必要があるところ(医療法第44条第2項第8号)、当該定款には、「本社団の社員になろうとする者は、社員総会の承認を得なければならない。」として、最高意思決定機関である社員総会での承認が必要とされ旨の規定がおかれていることが一般的です(厚労省の作成するモデル定款でも同内容の規定が存在します。)。
したがって、新たな社員として入社するためには、既存の社員(≒旧経営陣)の同意が必要であることから、株式会社におけるいわゆる敵対的買収のような行為は不可能となります。
上記のとおり、医療法人のM&Aでは、株式会社の場合と異なり、いかに既存の社員の理解を得ながら、対価を提示することで、新たな社員として入社することを承認してもらえるかどうかが鍵となります。そのためには、医療法人に関する法規制や問題点への理解を有するだけでは足りず、M&A実施によるメリットを積極的かつ丁寧に説明し、根回しを行うかが重要となります。また、対価に関しても、持分を有する場合には持分の評価が問題となり、持分を有しない場合としても、退社する社員に対する退職金の算定が問題となるなど、法務のみならず税務の知見も不可欠となります。
当事務所では、多数の医療法人・クリニックの顧問先様がおり、医療法人のM&Aに関するご相談も多数受けております。加えて、当事務所グループでは、資産税に特化した税理士法人を有しており、質の高い法務・税務のワンストップサービスの提供が可能です。
医療法人の設立をお考えの方やM&Aをお考えの方は、お気軽に当事務所までご連絡ください。
執筆者:新留 治
弁護士法人フォーカスクライド アソシエイト弁護士。2016年に弁護士登録以降、個人案件から上場企業間のM&A、法人破産等の法人案件まで幅広い案件に携わっている。特に、人事労務分野において、突発的な残業代請求、不当解雇によるバックペイ請求、労基署調査などの対応はもちろん、問題従業員対応、社内規程整備といった日常的な相談対応により、いかに紛争を事前に予防することに注力し、クライアントファーストのリーガルサービスの提供を行っている。