従業員が私生活上の刑事事件を起こした場合の対応について弁護士が解説

1 はじめに

 従業員が私生活上の刑事事件を起こした場合、従業員本人、従業員の家族、場合によっては警察から従業者が刑事事件を起こしたことの情報が突然会社に入ってくることがあります。その際、会社は突然の出来事に戸惑い、十分な検討を行うことなく急いでこの状況に対する対応を行ってしまうことがあります。
 ただ、私生活上の刑事事件を起こした従業員に対する対応については、その対応を誤ると後に同従業員から訴訟を提起され会社に損失が生じる等のリスクがあります。
 例えば、会社としては、従業員が私生活上の犯罪行為を行った場合には直ちに解雇したいと考えることもあるでしょう。ただ、従業員が犯罪行為を行ったからといって必ずしも解雇が認められるわけではなく、裁判において会社が行った解雇が解雇権濫用とされ、解雇が無効となった場合には、未払賃金の支払い(解雇が無効と判断された場合には、原則として解雇期間中の未払賃金が対象となります。)、雇用の継続が命じられる等会社に損失が生じるリスクがあります。
 そこで、会社としては、刑事事件を起こした従業員に関する情報を十分に収集した上で、従業員に対する適切な対応を行う必要があります。
 以下では、刑事事件を起こした従業員に関する様々な対応について説明します。

2 逮捕等された従業員への賃金等について

 従業員が逮捕・勾留されている場合、その間は、労働が不可能なため、ノーワークノーペイの原則(従業員が労働しなかった場合、会社には支払義務が生じないという原則です。)により無給とすることで問題ありません。ただし、従業員が有給休暇を申請した場合には、有給休暇の取得は基本的に拒否できないため、有給として取り扱う必要があります。

3 起訴休職について

 多くの会社では、従業員が起訴(検察官が裁判所に対して裁判による刑事処分を求める手続をいいます。)された場合に従業員を休職させる制度である起訴休職の定めを就業規則上設けています(一般的には起訴休職期間中は無給と規定されていることが多いです。)。そのため、従業員が起訴された場合には就業規則上の起訴休職規定を形式的に適用し、常に休職を命じることができるとも思えます。しかし、従業員から起訴休職の有効性が争われた裁判例においては一定の場合に限り起訴休職を有効としているため、起訴休職を命じる場合にはこの一定の場合に該当するのか否かを慎重に判断する必要があります。
 具体的には、①企業の対外的信用を損ねる場合、②職場秩序の維持に障害が生じるおそれがある場合、③従業員の労務の継続的な給付や企業活動の円滑な遂行に障害が生ずるおそれがある場合のいずれかの場合に該当することが必要と判断されています(東京地判昭和61年9月29日、東京地判平成11年2月15日等)。

4 懲戒処分について

(1)私生活上の刑事事件についての懲戒処分

 従業員の私生活上の行為であっても、その行為が企業秩序に直接に関連を有するものである場合には懲戒処分が可能であり、私生活上の非行である犯罪行為は一般的に懲戒処分の対象となりえます。
 そして、私生活上の犯罪行為が懲戒処分の対象となるか否かについては、裁判例上、私生活上の非行の内容、情状、会社の事業の種類、規模、経営方針、当該従業員の会社における地位、平等原則の観点から同種の過去事例等を考慮して判断されている傾向にあります。
 例えば、タクシー会社においてタクシー運転手が私生活上で飲酒運転を行った場合には、運送業を行っている会社の社会的評価を低下させるため懲戒処分の対象となりえます。

(2)懲戒解雇・合意退職

 懲戒処分には、その処分の程度に応じて7種類の処分があり、一番重い処分として懲戒解雇があります。上記の例で考えると、タクシー会社としては飲酒運転をしたタクシー運転手を雇用し続けることによる会社の社会的評価の低下を危惧して懲戒解雇を行いたいと考える場合もあると思います。
 ただ、懲戒解雇を行った後に、従業員から解雇無効等の訴訟を提起され裁判となった場合には、私生活上の犯罪行為が懲戒処分の対象となるかについて上記(1)等の様々な判断要素によって判断され、解雇が無効となった場合には、未払賃金の支払い等を命じられるリスクがあります。
 実際に、タクシー運転手が飲酒運転を行ったことに対する懲戒解雇の有効性が争われたある裁判例では、酒気帯びの程度が軽度であったこと、比較的軽い罰金刑であったこと、新聞報道がなされておらず具体的な社会的信用に悪影響をあたえていないこと等の理由により懲戒解雇を無効と判断しています。
 そのため、懲戒解雇を行う場合にはその有効性について慎重に検討する必要があります。
 このように、懲戒解雇を選択する場合にはこの懲戒解雇が無効となるリスクがあり、また、懲戒解雇を行う場合には、基本的に有罪等の明確な処罰が下された段階で検討を行う必要があることから懲戒解雇はこの段階まで待つ必要があります。
 そのため、対象従業員に会社を退職してもらいたいと考える場合、まずは、退職に向けた話し合いを行い、合意退職の形で会社を退職するよう働きかけるべきです。
 合意退職であれば上記のリスクは回避でき、退職時期を問わないからです。

5 おわりに

 以上のとおり、従業員が私生活上の刑事事件を起こした場合には、後々の会社のリスクと従業員に対する対応方法を慎重に検討し、適切な対応を行うことが重要となります。
 当事務所では、労務に精通した経験豊富な弁護士が多数所属しており、従業員が私生活上の刑事事件を起こした場合の対応をはじめその他の労務問題も多く取り扱っております。労務問題についてご不安があればお気軽にご相談ください。

執筆者:弁護士法人フォーカスクライド

中小企業の企業法務を中心とした真のリーガルサービスを提供するべく、2016年7月1日に代表弁護士により設立。
「何かあった時だけの弁護士」(守りだけの弁護士)ではなく、「経営パートナーとしての弁護士」(攻めの弁護士)として、予防法務のみならず、戦略法務に注力している。
また、当法人の名称に冠した「フォーカスクライド」とは、「クライアント・デマンド(クライアントの本音や真のニーズ)に常にフォーカスする(焦点を合わせる)。」という意味であり、弁護士が常にクライアントの目線で考え、行動し、クライアントの本音やニーズに焦点を合わせ続けることを意識して、真のリーガルサービスを提供している。
なお、現在では、資産税に特化した税理士法人フォーカスクライドと、M&A及び人事コンサルティングに特化した株式会社FCDアドバイザリーとともに、グループ経営を行っている。

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