経営者にとっての認知症リスクとは

Business Succession

1.認知症リスクは他人事ではない

(1)認知症患者の増加状況

厚生労働省は2015年1月、「認知症施策推進総合戦略~認知症高齢者等にやさしい地域づくりに向けて~(新オレンジプラン)」を発表しました。「新オレンジプラン」とは、いわゆる団塊の世代が75歳以上となる2025(平成37)年を目指し、認知症の人の意思が尊重され、できる限り住み慣れた地域のよい環境で自分らしく暮らし続けることができる社会を実現するための、総合的な政策戦略です(厚生労働省HP参照)。

厚生労働省によれば、我が国における認知症の人の数は2012(平成24)年で約462万人、65歳以上高齢者の約7人に1人と推計されています。正常と認知症との中間の状態の軽度認知障害(MCI: Mild Cognitive Impairment)と推計される約400万人と合わせると、65歳以上高齢者の約4人に1人が認知症の人又はその予備群とも言われているのです。また、この数は高齢化の進展に伴いさらに増加が見込まれており、最新のデータに基づき新たな推計を行ったところ、2025(平成37)年には認知症の人は約700万人前後になり、65歳以上高齢者に対する割合は、現状の約7人に1人から約5人に1人に上昇する見込みとの結果が報告されています。

(2)中小企業経営者の高齢化

近年、多方面で指摘されていることですが、中小企業経営者の高齢に歯止めがかかっていない状況です。2015年までの20年間で、経営者年齢のボリュームゾーンは47歳から66歳へスライドしており、事業承継による若返りが進んでいない状況が明らかになっています。また、このまま高齢化が進展すれば、2025年には70歳以上の経営者が約245万人にも達すると推計されています。

前項で紹介した2025年における認知症患者の割合(推計)を単純に当てはめれば、245万人の経営者の5人に1人、49万人の経営者が認知症になってしまうことになります。しかも、厚生労働省の推計は65歳以上の高齢者における割合であり、若年性認知症の患者数も加味すれば、認知症の中小企業経営者の数は、優に50万人を超えることになると考えられます。

このように、認知症が中小企業の経営に大きな影響を及ぼすであろうことが、統計データからも読み取れます。他方で、テレビなどもメディアで認知症が取り上げられることが多いとは言え、介護や社会保障の問題として認識されている方がほとんどではないかと思います。

この冊子をお読みいただいているのは、中小企業経営者の皆様です。ご紹介したデータから、誰でも認知症になる可能性があることはお分かりいただけたと思いますが、今回は、認知症が「経営上のリスクである」ということを、自分ごととして考えてみていただければと思います。以下では、事業運営・会社経営を継続していく上での認知症リスクと、事業承継・相続対策における認知症リスクに大別して説明します。

2.事業運営における認知症リスク

同族会社の強みは、経営者個人に蓄積された理念やノウハウ、人脈やカリスマ性等という見えない資産(知的資産)に大きく依存していることが多くあります。そんな中小企業経営におけるキーマンが認知症になってしまったら・・・。そして、認知症は突然重症化するものでもなく、その症状は徐々に進行していくことが多いと言われています。ここでは、認知症の特徴を踏まえて、経営者が認知症になった場合に会社経営にどのような影響を及ぼすのかを説明します。

まず、認知症とは、いろいろな原因で脳の細胞が死んでしまったり、働きが悪くなってしまったりしたためにさまざまな障害が起こり、生活するうえで支障が出ている状態(およそ6ヶ月以上継続)を言うとされています。代表的な中核症状は以下のとおりです。

①記憶障害
②理解・判断力の障害
③実行機能障害
④見当識障害

中小企業経営者に上記の諸症状が現れた場合、どのような事態が想定されるでしょうか。

一般的に、中小企業経営者が認知症になった場合の影響としては、①契約行為ができなくなり、新規の取引が行えなくなってしまうこと、②金融機関からの借り入れができなくなり、資金繰りが悪化すること、という二点が指摘されます。

すなわち、①②いずれも、会社が当事者となる契約行為を伴い、その際には代表取締役が会社を代表して意思表示を行うことになります。しかし、当該代表取締役が認知症で理解力や記憶力に衰えが見られ、見当識障害も現れているのでは、契約の内容や自社への影響等を理解できないこととなり、契約行為を有効に成立させるための能力(意思能力)がないと判断される恐れがあるのです。いずれも、中小企業にとっては致命的とも言うべき事態です。

また、認知症のリスクは、こういった致命的な事態に限らず、その前段階に、多くの(軽度の)障害が発生するものです。つまり、下記の事例のように、認知症の症状が徐々に現れ、経営上の問題となるケースがあるのです。

-事例1-

ある金属加工メーカーの創業社長は、その辣腕が高く評価され、周囲からカリスマ社長として賞賛されていた。しかし、ある時から、取締役会の日時を忘れて欠席する、取引先とのアポイントを忘れてすっぽかすといったことが多くなり、後継者である専務(息子)は取引先から遠回しに、社長が認知症では新規契約は難しいと言われてしまった。

-事例2-

地方のある精密部品メーカーの社長は、その穏やかな人柄で会社の成長を支えてきたが、取引先担当者にいきなり激昂したり、ささいなことで部下を罵倒したりすることが目立つようになってきた。社長の急変に周囲も振り回され、部下や取引先には不満・不安が渦巻いている。

これらの事例は、認知症の中核症状のうち、記憶障害や人格変化が現れてきていると考えられますが、完全に意思能力を失っているわけではないため、契約行為や借入ができなくなるとは言い切れません。しかし、中小企業の強みの源泉である経営者が意思決定・経営判断を十分できない状況ですので、会社内部は混乱し、取引先や金融機関からも、いつ取引の見直しを迫られるかわかりません。

銀行借入のある企業であればなおさら、経営者の認知症リスクは取引減少と新規借入れの困難化につながり、資金繰りのリスクに直結する問題になるでしょう。

3 まとめ

このように、経営者の認知症リスクというのは、会社の存続に影響する経営上のリスクであると捉えなければなりません。そして、中小企業経営者のカリスマ性を前提とすれば、周囲の人から経営者に「あなたは認知症ですので、退任してください」とは、とても言い出しにくいことです。このようなリスクを認識すべきは、他ならぬ経営者の皆様自身なのです。

次回のコラムでは、事業承継における認知症リスクについてご説明します。

伊藤 良太 弁護士法人フォーカスクライド パートナー弁護士執筆者:伊藤 良太

弁護士法人フォーカスクライド パートナー弁護士。
中小企業の事業承継・相続対策及び資本政策を中心として、契約・労務・ガバナンス等の一般企業法務や、M&A、不動産案件も取り扱う。
事業承継については、経済産業省での執務経験も活かして、法務・税務横断的な提案を得意とし、事業と家族の双方に配慮した円滑・円満な承継に注力している。

pegetop