事業承継における認知症リスク

Business Succession

1.はじめに

前回コラムでは、我が国の中小企業経営者の高齢化状況と認知症の実態、認知症が事業運営に及ぼす影響についてご説明しました。経営者として注意すべき認知症ですが、事業承継対策においても、深刻な影響があります。

今回は、事業承継における認知症リスクとその対策についてご説明します。

2.事業承継における認知症リスクとは

経営者の認知症リスクは、会社経営上のリスクに限られません。多くの経営者の皆様は、「認知症になったら事業承継・相続対策はできなくなる」という説明を聞いたことがあるのではないでしょうか。事業承継・相続対策の代表例としては、株式の生前贈与、遺言の作成、生命保険や不動産を活用した相続(税)対策などが挙げられます。

これらの対策をご覧いただくと、そのすべてが、経営者個人の十分な「意思能力」を必要とするものであることをお分かりいただけると思います。すなわち、贈与であれば贈与契約の締結、遺言であれば(方式を問わず)遺言書の作成、生命保険を活用するのであれば生命保険会社との契約、不動産を処分するのであれば売買契約などの「法律行為」を伴います。そして、これらはすべて、経営者が契約内容や遺言内容を理解できる状態で意思表示をしていただかなければなりません。

もちろん節税対策などのテクニカルな対策も重要ですが、筆者個人としては、上記の中で遺言を作成できなくなることが、最大のリスクと考えています。遺言の詳細については別のコラムでご紹介しますが、相続争いを未然に防ぐ最低限の相続対策として、遺言の作成は非常に重要です。

遺言を作成しないまま経営者に相続が起きた場合、残された家族は「遺産分割協議」を行わなければなりません。「うちは家族の仲が良く、争いにはならない」と経営者が信じていても、少しのほころびから長年にわたる相続紛争に発展する家庭は決して珍しくありません。

争いになる可能性を残すくらいなら、遺言を準備して家族の手間を省いてあげる、こんな思いやりも、認知症になっては実現できません。早めの準備が肝要なのです。

3.認知症リスクへの対策

それでは、以上述べてきた事業運営におけるリスクと事業承継・相続対策におけるリスクについて、どのような対策が可能なのか、それぞれご説明します。

まず、事業運営におけるリスクについてです。この点については、法律的な対策よりも前に、極めてソフトな対策を講じなければなりません。すなわち、「あなたにNOを言える人(組織)づくり」です。カリスマ性のある中小企業経営者の場合、前述の事例のような兆候が現れたとしても、周囲の人からは言い出しにくいのが現実です。それでも、経営者の異変に気づいたらそっと進言してくれる人を身近につくる、そういった意見が言いやすい、風通しのよい組織をつくる。このような考えを経営者自身が持たなければならないということです。

なお、法律的な対策を行うとすれば、「種類株式」や「属人的な定め」、「信託」の活用が考えられます。これらの制度の使い方を端的に言えば、経営者の認知症の発症までは、経営者が株主として意思決定を行うが、認知症の発症後は、後継者が意思決定を行う、という枠組みを構築することにあります。

本コラムではこれ以上は踏み込みませんが、上記の仕組みを活用すれば、意思決定権の委譲のタイミングについて柔軟な設計が可能である、ということだけ覚えておいていただければ思います。ご興味があれば、経験豊富な弊所に是非ご相談ください。

次に、事業承継・相続対策におけるリスクについてです。前述のとおり、やはり意思表示(意思能力)の必要な行為については、なるべく早期に行っておく、ということに尽きます。

しかし、具体的な対策を考えてみると、株価を見計らって生前贈与を行い、税負担が重ければ事業承継税制(事業承継における株式の移転に伴う税負担の軽減制度)を活用する、不動産の処分を家族に委ねるために売却を含む信託契約を設定する、余剰資金と土地を活用して賃貸用建物を建築する、相続税の控除枠を考慮し、代償金確保の目的で生命保険に加入する、などなど、日々経営課題に立ち向かっている経営者の皆様にとっては頭を抱えてしまうような課題がたくさん出てきます。

しかし、頭を抱えて立ち止まる必要はありません。これらを経営者の皆様自身が考える必要はないのです。世間は事業承継ブームですので、あなたを支えたいと思っている支援者は、実は身の回りにたくさんいるのです。経営者がすべきことは、「対策をする」という意思決定と、誰かに「対策立案を依頼すること」です。政府は「早期に準備を」と言いますが、「早期に」とは、「今すぐ」ということであると考えてください。

今すぐ、顧問税理士に電話・メールで、「事業承継と相続対策をしたいから、一度プランを練ってほしい」と伝えてください。色よい返事がなければ、メインバンクでも準メインでも、商工会・商工会議所でも、昔世話になった弁護士でも、誰でも結構です。もし周りに信頼できる、または経験豊富な支援者がいない場合には、弊所にご連絡いただければ幸いです。

第一歩さえ踏み出していただければ、あなたの漠然とした不安は具体的な検討課題に仕分けできるのです。

4.さいごに

本コラムを通じて、具体的な対策と言いながら、いかにも抽象的な提言にとどまってしまった感を否めませんが、中小企業経営における認知症リスクについて、思いを巡らせていただけたのではないでしょうか。

認知症は、5人に1人と言われますが、いつなるのか、誰がなるのかわからない病です。「自分に起こるかはわからないが、起こった場合には会社・家族が深刻な事態に陥る可能性がある。」不確実な経営上のリスクに対して、具体的な対策に早期に着手する。このような経営判断を、皆さんは日常的に行っているはずです。

弊所では、認知症に備えた相続対策等について豊富な経験を有しておりますので、是非お気軽にご相談ください。

佐藤 康行 弁護士法人フォーカスクライド 代表弁護士執筆者:佐藤 康行

弁護士法人フォーカスクライド 代表弁護士。
2011年に弁護士登録以降、中小企業の予防法務・戦略法務に日々注力し、多数の顧問先企業を持つ。
中でも、人事労務(使用者側)、M&A支援を中心としており、労務問題については’’法廷闘争に発展する前に早期に解決する’’こと、M&Aにおいては’’M&A後の支援も見据えたトータルサポート’’をそれぞれ意識して、’’経営者目線での提案型’’のリーガルサービスを日々提供している。

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