成長戦略法務としての契約書の位置づけ~交渉戦略と準備~

【守り:予防法務としての契約書】

 契約と言うと、多くの方が「将来の紛争を未然に防ぐ」という「守り」としての意味で捉えられます。
 実際に、契約書の有無及びその内容によって、そもそも紛争の発生頻度が大きく変わりますし、裁判の結果も大きく左右されることは間違いありません。そのため、「守り」として、つまり「予防法務」としての契約書という観点は必須です。

 ※なお、この「予防法務」の観点から、契約書を作成するにあたっては、①契約目的や背景事情の条項化、②契約交渉経緯の証拠化の2点は非常に重要になってきます。2020年4月1日に施行された改正民法の内容を踏まえますと、この重要性はさらに高まったといえます。

【攻め:成長戦略法務としての契約書】

 ただ、私は、契約書を「守り」としての意味「だけ」で捉えることは不十分であると考えています。
 「契約書」というと、「守らなければならない」ことや「してはならない」ことを定める書面と説明される方が多いですが(もちろんこの説明も間違ってはいません。)、裏を返せば「守らなくて良い」ことや「してよい」ことを明確にする書面でもあります。
 このように契約書に対する見方を変えると、契約書の内容次第で、自社が当該取引において「何を」「どこまでしてよいのかorしなくてよいのか」が変わってくるということをご理解いただけるかと思います。
 そして、この線引きをいかに自社に有利に行うか、これは交渉によって勝ち取る事柄です。取引の相手方と信頼関係があったとしても、相手方が当方に有利な契約書を勝手に作成してくれるなんてことは到底期待できません(信頼関係があろうが、どの会社も自社を守ることで必死ですから、何も交渉しなければ、不利な契約になっていると思った方が良いです。)。

 以上のことは、「当然のこと」と思われる方も多いと思いますが、そのような方でも、このことを日々の契約交渉において真に意識されている方は本当に少ないです。「そんなことは意識している!」と思われる方は、是非一度、次項の【必要最低限の3つのルール】を実践しているか、チェックしてみてください。

【交渉戦略と準備に必要最低限の3つのルール】

 では、具体的に契約交渉をどのように準備すれば良いのかという点については、様々な見解があろうかと思いますが、私自身は、以下の3項目は、交渉戦略と準備として最低限必要な事項であると考えています。

ⅰ 想像力を最大限働かせること

 契約交渉に関して「想像力」というと違和感があるかもしれませんが、我々弁護士が契約書の作成を行うにあたっては、この「想像力」をフル回転させます。
 契約は、当該取引において将来起こり得る様々な事態を想定して、ルールを定めるものですから、「今後の業務フローからすると、このような対応方法にしておいた方が自社にとっては都合が良いのでは?」「このような事態になった場合、自社にとって最も有利な対応方法は?」等、いかに将来のことを想像できるかが大切になります。
 1つの基準として、当該取引の具体的商流、お金の動き、その他業務フロー等を、頭の中で「映像」として流せるかどうかが目安になります。「実際に進めてみて気づいた」という経験があろうかと思いますが、これを先に頭の中で再現してみるのです。
 また、当該取引に限らず、自社内で日々生じる「ヒヤリハット」の事象をきちんと収集しておくことも有用です。「過去の別の取引で、●●のようなトラブルに発展しそうになった/●●のような事態になって、自社の活動領域が制限されそうになった」等の情報を有効活用することにより、この「想像力」を働かせやすくなり、今後の契約交渉において、自社の成長戦略を阻害しない契約を締結できることに繋がります。
  

ⅱ 交渉対象項目の明確化と優先順位付け

 上記ⅰの準備が整えば(上記ⅰと並行して行うこともあります)、次は、当該取引において自社が勝ち取りたい事項、死守しなければならない事項を明確にします。「当該取引を進める理由は何か?」「当該取引において期待されるシナジーは何か?」という問いに対する回答を明確にしてみると自ずと明らかになる場合が多いです。
 そして、明確にされた交渉対象事項に優先順位をつけることが重要です。この優先順位が明確にならなければ、交渉カードをどの順番で切っていくのが最適かという交渉戦略が立てられません。

ⅲ 各交渉対象項目につき、3パターンずつカードを準備すること

 契約交渉は常に相手方がある話ですので、当然、自社の最初の提案どおりに応じてもらえるということは多くなく、普通は相手方も交渉してきます。そして、双方譲歩しながら落としどころを見つけていきます。
 また、仮に、強硬な交渉を行うことにより、当方の提案どおりの案で進めることができたとしても、その強硬な姿勢により相手方に不信感が生じたり、双方の関係性に何かしらの悪影響が生じ、今後の友好的な取引継続に支障を来すということも懸念されます。
 そのため、契約交渉においては、当方の獲得したい目標から逆算して、当初の提案時点から、譲歩幅を先に織り込んでおくということが大切です。
 ケースバイケースですが、汎用性のあるように定型化するとすれば、各交渉対象項目につき、①120%ライン、②100%ライン、③デッドラインの3パターンを最低限用意し、このうち①120%ラインから相手方に提示していくという方法があります(もっと緻密にラインを区切ることもありますので、最低限という意味です)。
 上記ⅱとⅲの準備により、複数の交渉対象項目につき、それぞれ3パターンの交渉カードが出来上がり、かつ、その優先順位が明確にされている状態になります。この状態になって初めて戦略的に契約交渉を進めることができるようになります。この状態で契約交渉を開始しなければ、「武器を何も持たずに戦場に赴く」のと同じことです。

【まとめ】

 日々の業務の中で契約交渉を行う場面においては、必ず上記3つのルールを実践することを意識してみてください。
 なお、自社にとって重要な契約交渉の場合には、相手方から契約書案が提示されてからリーガルチェックを依頼するのではなく、必ず契約交渉開始時から早めに顧問弁護士に相談するようにしてください。相手方から契約書案が提示される段階では、既に契約の重要部分の交渉が完了しており、もはや交渉の余地がなくなってしまっていることが多いからです。
 何事も準備が全てですので、契約交渉戦略を練る段階(=上記3つのルールを実践する段階=相手方に最初の提案をする前の段階)から、弁護士と協議しつつ進めることが賢明です。

佐藤 康行 弁護士法人フォーカスクライド 代表弁護士執筆者:佐藤 康行

佐藤 康行 弁護士法人フォーカスクライド 代表弁護士
2011年に弁護士登録以降、中小企業の予防法務・戦略法務に日々注力し、多数の顧問先企業を持つ。
中でも、人事労務(使用者側)、M&A支援を中心としており、労務問題については’’法廷闘争に発展する前に早期に解決する’’こと、M&Aにおいては’’M&A後の支援も見据えたトータルサポート’’をそれぞれ意識して、’’経営者目線での提案型’’のリーガルサービスを日々提供している。

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