「ひな型」として取得した同意書を使用するリスク

1.「ひな型」を見直しませんか。

 病院、診療所を経営している皆様は、患者に治療を行う際、患者に、治療に関する同意書に署名捺印をいただいていると思います。
 インターネットで治療に関する同意書を検索すれば、簡単に同意書の「ひな型」が手に入る時代です。そのため、インターネットからダウンロードした同意書の「ひな型」をそのまま利用されている方も多いのではないでしょうか。
 本稿では、皆様がご利用になられている同意書の法的な意味や記載すべき内容を概観いたします。そのうえで、同意書の「ひな型」を利用することのリスクを説明いたします。
 本稿をお読みいただき、皆様がご利用されている同意書は、そのまま利用を続けて本当に大丈夫なものなのか、今一度ご確認いただきたいと思います。

2.同意書とはどのような意味を有するのか。

 皆様がご利用になられている同意書は、法的に見たとき、どのような意味を有するでしょうか。
 ご存知のとおり、治療を行う前に、患者に対してはインフォームド・コンセント(以下「IC」といいます。)を十分に行う必要性があります。ICは、皆様と患者との間で、治療に関する認識に相違が生じ、治療後に生じうる副作用等をめぐる紛争を予防するために行われるものになります。同意書は、ICを書面化したものであり、万が一紛争となった場合に、皆様が治療内容を十分に説明しており、皆様に説明義務違反という責任が生じることを防止する証拠となる役割を有しています。
 なお、ICを口頭で行うことも否定されません。ただ、治療後に病院、診療所と患者との間で紛争が生じた場合、治療に関する説明内容をめぐり、「言った言わない」の争いになる可能性が存在しています。この争いになった場合、病院、診療所側は、患者に対して治療内容等の十分に説明を行ったという事実を示す必要があるのですが、口頭のみでのやり取りとなれば、患者側はそのような説明を受けていないと主張することになりますので、説明の事実が認定されず、病院、診療所側に不利な判決となる可能性があります。
 このようなリスクを予防するのが、同意書の役割になります。

3.同意書の記載内容

 それでは、同意書にはどのような記載を行う必要があるのでしょうか。
インターネットで取得した同意書の「ひな型」は、おそらく治療内容は副作用に関する記載はあるのでしょうが、それ以外の記載はあるでしょうか。

 同意書の記載内容については、厚生労働省が発した「診療情報の提供等に関する指針の策定について」(平成15年9月12日医政初第0912001号)が一つの基準となります。
 これによれば、以下の内容が原則的な説明内容として言及されています。

    「① 現在の症状及び診断病名
     ② 予後
     ③ 処置及び治療の方針
     ④ 処方する薬剤について、薬剤名、服用方法、効能及び特に注意を要する副 作用
     ⑤ 代替的治療法がある場合には、その内容及び利害得失(患者が負担すべき費用が大きく異なる場合には、それぞれの場合の費用を含む。)
     ⑥ 手術や侵襲的な検査を行う場合には、その概要(執刀者及び助手の氏名を含む。)、危険性、実施しない場合の危険性及び合併症の有無
     ⑦ 治療目的以外に臨床試験や研究などの他の目的も有する場合には、その旨及び目的の内容」

 もっとも、患者に対して行う治療の内容によっては、これらの事項に関する説明だけでは足りないと裁判所に判断される可能性があります。
 例えば、美容外科による治療は、裁判例上、説明義務の範囲が通常より広く認められています。
 美容外科の治療は、身体の整容が目的であり、生命・身体を保護すべき緊急性や必要性に乏しいものと考えられています。そのため、生命・身体の安全を図るためになされる説明だけでは足りないものとされています。若い女性が患者になった事案に関する裁判例では、裁判所が、「患者が原告のように若い女性の場合、症状の完治ないしは改善を期待して手術を受けること自体は希望しても、いざ手術を受けるかどうかを決断するに当たっては、手術後に傷痕が残存するかどうか、残存するとすればどの程度のものになるかが最大の関心事であることは明らかであるから、この点を十分に説明しなければならない。」(東京地判平成7年7月28日判時1551号100頁)と述べ、手術後の傷痕の有無・程度についても説明を行う必要がある旨述べられています。

4.同意書の内容が不十分であることのリスク

 万が一、病院、診療所側と患者との間で紛争が生じ、患者から治療に際する説明に不足があったとして損害賠償請求がなされた場合、同意書の「ひな型」に内容不足があり、合理的な説明を行ったと認められなければ、病院、診療所側は、患者が被った損害を賠償すべき義務を負うことになります。
 損害の具体的内容については、訴訟によって千差万別ではありますが、治療費のみならず、高額の慰謝料が認められる可能性もあります。
また、このような場合、訴訟とは直接関連しないものの、当該訴訟の存在がインターネット上で広まり、病院、診療所のイメージダウンにつながる可能性も否定できません。

5.さいごに

 同意書の「ひな型」に記載内容が不足していた場合、裁判等の紛争になった際、皆様の患者に対する説明が不十分であったと判断される可能性があります。そのように判断された場合、患者による説明義務違反に基づく損害賠償請求が認められる可能性があります。
 このような事態が生じるリスクを予防するためにも、裁判例の動向についても知識を有する弁護士に、同意書の添削や作成を依頼することが必要といえます。
 当事務所では、病院、診療所において治療を行う者等による説明義務に関する判断を行った裁判例等を調査し、治療に際して説明を行うべき事項を確認しています。そして、病院、診療所において治療を行う方に対するヒアリングを通じて、これを落とし込んだ同意書を作成するというサービスを提供しています。
 なお、当事務所がチェックを行う前の同意書(インターネットで「ひな型」を取得したと述べられることが多いです。)では、治療の内容や副作用が記載されていることは多いのですが、代替的治療の有無まで記載している同意書は多くなく、当事務所にて新たに同意書を作成する機会はよくあります。

 お手元にある同意書の「ひな型」に不安を覚えた方、インターネット上の「ひな型」ではなく自らの病院、診療所に合った同意書を作成したい方は、ぜひ当事務所にご相談ください。

藏野 時光 弁護士法人フォーカスクライド アソシエイト弁護士執筆者:藏野 時光

弁護士法人フォーカスクライド アソシエイト弁護士。2017年に弁護士登録。離婚問題等個人間の法的紛争から知的財産紛争等企業間の紛争まで幅広い分野に携わっている。また、刑事事件も取り扱う。紛争に関する交渉、訴訟対応のみならず、企業間取引における契約書等の作成・リーガルチェック等、企業における日々の業務に関する法的支援も多数取り扱っている。個人、企業問わず、クライアントが目指す利益を実現するために採るべき具体的方法を検討し、リスクに関する説明も交えた丁寧な説明を心がけ、リーガルサービスを提供している。

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