会計限定監査役は数字だけを見ていればよいのか

1 最高裁判例令和3年7月19日から読み解く会計限定監査役の役割について

 令和3年7月19日、最高裁判所は、「会計限定監査役は、計算書類等の監査を行うに当たり、会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかでない場合であっても、計算書類等に表示された情報が会計帳簿の内容に合致していることを確認しさえすれば、常にその任務を尽くしたといえるものではない。」との判断を示しました。
 最高裁の上記判断は、会計監査役設置会社以外の会社における、会計限定監査役を含む監査役による会社法第436条第1項、会社会計規則第121条第2項、第122条第1項に基づく計算書類及び事業報告並びにこれらの附属明細書の監査においては、①会計帳簿の内容が正確であることを当然の前提として計算書類等の監査を行ってよいものではないこと、②会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかでなくとも、監査役が積極的に会計帳簿につき取締役等に報告を求め、基礎資料を確かめるなどすべき場合がある、という内容になります。
 計算書類及び事業報告並びにこれらの附属明細書の監査を行うにあたって求められる手続きの内容を示した初めての最高裁判決として意義を有するものといえますので、以下紹介させていただきます。

2 本件の概要、事実関係及び経緯について

(1)本件の原告は、昭和32年に設立され、資本金9600万円であった一般製版印刷業等を目的とする非公開会社X社であり、X社においては会計監査人を設置していませんでした。被告となったのは、X社において昭和42年から平成24年まで会計限定監査役を務めていたYでした。X社の経理担当の従業員Aが、平成19年から約10年間、複数回にわたりX社の当座預金からA自身の名義の口座に送金を行い、約2億円を横領していたところ、Aはかかる送金を会計帳簿に計上せず、横領行為の発覚を防ぐためにX社口座の残高証明書を偽造していました。
 会計限定監査役のYは、平成19年から平成24年度までの監査において、Aから提出された残高証明書の偽造に気付くことなく、また、残高証明書、会計帳簿上の情報が事実であるか取締役に確認等を行うこともなく、偽造された残高証明書上の数字情報と会計帳簿上の数字情報とを照合するだけで、計算書類等がX社の財産及び損益の状況をすべての重要な点において適正に表示しているとの意見を表明しました。その後Aによる横領行為が発覚し、それを受けてX社は、Yが会計限定監査人としての任務を怠ったことによりAの横領行為の発覚が遅れ損害が生じたとして、Yに対し会社法第423条第1項に基づく損害賠償請求訴訟を提起しました(第1審:千葉地方裁判所平成31年2月21日)。

(2)Yの任務懈怠の有無という争点について、原告は「当該事業年度に係る計算書類について、計算書類に表示された情報と計算書類に表示すべき情報との合致の有無及び程度を確かめるための手続を含む監査をしなければならず、本件口座については、①金融機関が発行する残高証明書の原本を確認する方法、②当座勘定照合表の原本を確認する方法、③金融機関に直接確認する方法などの一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行に従い、実施されるべき」との主張を行ったのに対し、被告は「中小企業の監査役は、一般的に、会計監査の権限のみを有し、その任務は、取締役が作成した会計に関する書類が会社の財産状態を真に反映しているか否かを監査し、その意見を株主総会に報告することに限られ、一般的な監査役の業務としては、内部統制システムに問題があるなど不正を疑うべき特段の事情がない限り、会社内部から提出された情報等を信頼することが認められており、それが写しであったとしても、原本を正確に複写したものである以上、写しを確認することで足りる」との主張を行いました。

(3)第1審において裁判所は、「会計監査における監査役の任務は、取締役が作成した計算関係書類が会社の財産状態を真に反映しているか否かを監査し、その際には計算関係書類に表示された情報と計算関係書類に表示すべき情報との合致の程度を確かめるための手続も含まれる」と述べた上、「監査役がどのような手法で計算関係書類に表示された情報と計算関係書類に表示すべき情報との合致を確かめるべきかについては、一般的に求められる監査手法を踏まえた上で、監査対象会社の規模、業態、組織形態、財務状況、株主構成、これらを踏まえた不正確又は不適正な経理の蓋然性の高低、監査に関する特約の有無や、当該監査役が監査役に選任された経緯や当該監査役の属性、報酬内容等からうかがわれる株主からの監査に関する特段の要請の有無やその内容、実査の難易の程度等に応じて定まるものというべき」との判断基準を示し、(ⅰ)X社のように会計監査人が設置されていない会社においては、監査役の会計監査における資産の実在性に関する監査の重要性が極めて高いこと、(ⅱ)Yが公認会計士及び税理士としての専門的能力を買われて監査役に選任されており、より高い水準の善管注意義務を負っていたこと、(ⅲ)貸借対照表や残高証明書等を用いた現金及び預金の監査における留意点として、預金は、流動性が高いことから不正リスクが高いということを念頭に、提供された本件口座の残高証明書が写しの場合には、残高証明書の原本又は当座勘定照合表の原本の提示を求めるべき注意義務を負っていたこと、等を理由として、Yには取締役から提出された情報のみをもって監査すれば足りるというものではなく、必要に応じて資料をさらに提出するよう求める等自ら積極的に資料収集を行うべき義務すなわち残高預金証明書の原本確認等を求めるべき義務があり、Yは当該義務を怠ったのであるから、任務懈怠に基づく損害賠償責任を負うと判断しました。

3 東京高等裁判所における第1審判決の変更

(1)第1審はYの責任を認めたものの、X社が主張する損害の全額がYの任務懈怠によって発生したのではないとして、X社の請求を一部のみ認める判断を下しました。そこで、X社及びYの双方から控訴がなされ、本件は第2審である東京高等裁判所において判断されることとなりました(第2審:東京高等裁判所令和元年8月21日)。

(2)第2審にて裁判所は、「会計限定監査役が監査を行う場合においては、会計帳簿の信頼性欠如が会計限定監査役に容易に判明可能であったなどの特段の事情のない限り、会社(取締役又はその指示を受けた使用人)作成の会計帳簿記載内容を信頼して、会社作成の貸借対照表、損益計算書その他の計算関係書類等を監査すれば足りる。会計限定監査役は、前記のような特段の事情がないときには、会社作成の会計帳簿に不適正な記載があることを、会計帳簿の裏付資料(証憑)を直接確認するなどして積極的に調査発見すべき義務を負うものではない。」との判断を示し、Yの任務懈怠を認めず、第1審の判決を変更しました。
 裁判所は、このような判断を示す理由として、以下の理由を述べております。その内容は、「(ⅰ)各事業年度の貸借対照表その他の計算書類は、当該事業年度の会計帳簿に基づいて作成すべきことが、株式会社に義務付けられており(会社計算規則第59条第3項)、会計帳簿の記載が貸借対照表、損益計算書その他の計算書類に正しく反映されることによって、配当可能利益がないのに配当を実行していないか、債務超過や資本欠損が生じていないか、現在の収益力や余裕資産の状況はどうか等の点を、会社債権者や株主に開示しようとしたものであるから、会計帳簿の記載が計算書類に正しく反映されているかどうかを点検することが、会計限定監査役の主要な業務と考えられること、(ⅱ)取締役又はその指示を受けた使用人が作成する会計帳簿に不適正な記載がないようにすることは、取締役の業務であり、使用人が作成する会計帳簿に不適正な記載がないようにすることは、会計限定監査役の本来的な業務ではないと考えられること、(ⅲ)計算書類(貸借対照表を含む。)については、会計限定監査役の監査を受けることが義務付けられており、会計限定監査役の監査における主な任務は、会社計算規則第59条第3項及び第121条第2項によれば、会計帳簿の内容が正しく貸借対照表その他の計算書類に反映されているかどうかであって、特段の事情のない限り会計帳簿の内容を信頼して監査を実行すれば足りるものと考えられること、(ⅳ)会計限定監査役は、監査をするに当たり、原則として、取締役又はその指示を受けた使用人から提供される会計帳簿(監査役の直接の監査対象となるものを除く。)又はその写しその他の資料の記載が正確なものと信頼して監査を行えば足り、会計帳簿の記載を信頼したことそれ自体については、原則として善管注意義務違反に問われることはない」こと等を理由として、Yの任務懈怠を否定しました。

4 最高裁判所による第2審への差戻し

(1)第2審において第1審の判決が変更されたことを受け、原告であるX社は最高裁判所に上告を行いました(最高裁判所令和3年7月19日)。

(2)最高裁は、第2審の判断に対し、以下の理由を述べて第2審における判断が是認できないものとして、本件を第2審に差し戻しました。最高裁は、「監査役設置会社(会計限定監査役を置く株式会社を含む。)において、監査役は、計算書類等につき、これに表示された情報と表示すべき情報との合致の程度を確かめるなどして監査を行い、会社の財産及び損益の状況を全ての重要な点において適正に表示しているかどうかについての意見等を内容とする監査報告を作成しなければならないとされている。この監査は、取締役等から独立した地位にある監査役に担わせることによって、会社の財産及び損益の状況に関する情報を提供する役割を果たす計算書類等につき(会社法第437条、第440条、第442条参照)、上記情報が適正に表示されていることを一定の範囲で担保し、その信頼性を高めるために実施されるものと解される。そうすると、計算書類等が各事業年度に係る会計帳簿に基づき作成されるものであり(会社計算規則59条3項(上記改正前は第91条第3項))、会計帳簿は取締役等の責任の下で正確に作成されるべきものであるとはいえ(会社法第432条第1項参照)、監査役は、会計帳簿の内容が正確であることを当然の前提として計算書類等の監査を行ってよいものではない。監査役は、会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかでなくとも、計算書類等が会社の財産及び損益の状況を全ての重要な点において適正に表示しているかどうかを確認するため、会計帳簿の作成状況等につき取締役等に報告を求め、又はその基礎資料を確かめるなどすべき場合があるというべきである。そして、会計限定監査役にも、取締役等に対して会計に関する報告を求め、会社の財産の状況等を調査する権限が与えられていること(会社法第389条第4項、第5項)などに照らせば、以上のことは会計限定監査役についても異なるものではない。」こと等を理由として、会計限定監査役は、計算書類等の監査を行うに当たり、会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかでない場合であっても、計算書類等に表示された情報が会計帳簿の内容に合致していることを確認しさえすれば、常にその任務を尽くしたといえるものではないとの判断を下しました。

(3)これに加え最高裁は、「Yに任務懈怠が認められるか否かは、X社における当座預金口座に係る預金の重要性の程度、その管理状況等の諸事情に照らして被上告人が適切な方法により監査を行ったといえるか否かによって判断すべきである」との方針を示し、判断にあたっては、「X社の当座預金口座の実際の残高と会計帳簿上の残高の相違を発見し得たと思われる具体的行為(例えば、本件口座がインターネット口座であることに照らせば、被上告人が本件口座の残高の推移記録を示したインターネット上の映像の閲覧を要求することが考えられる。なお、会計限定監査役にはその要求を行う権限が与えられているように思われる。)を想定し、本件口座の管理状況についてX社から受けていた報告内容等の諸事情に照らして、当該行為を行うことが通常の会計限定監査役に対して合理的に期待できるものか否かを見極めた上で判断すべきであると思われる。」との具体的な考慮要素を示しました。

5 終わりに

 ここまで、会計限定監査役に求められる役割について、令和3年7月19日判決をご紹介して参りました。本判決をもってしても、当該会計限定監査役に求められる監査手続の内容は監査役が所属する会社それぞれの状況によって異なるものであると考えられますが、会計限定監査役には、不正リスクの大きさ及び計算書類等に与える影響に着目して、手続を実施することが求められていることが明らかになったものといえる重要な判例であるといえます。

波多野 太一 弁護士法人フォーカスクライド アソシエイト弁護士執筆者:波多野 太一

弁護士法人フォーカスクライド アソシエイト弁護士。
2022年に弁護士登録。企業・個人を問わず、紛争や訴訟への対応を中心に扱い、企業間取引においては契約書等の作成・リーガルチェックといった日々の業務に関する法的支援も多数取り扱っている。
また、相続や交通事故に伴う個人間のトラブルや、少年事件や子どもに関するトラブル等も多数取り扱っている。
企業・個人を問わず、困難に直面している方に寄り添い、問題の解決や最大限の利益の追及はもちろん、目に見えない圧倒的な安心感を提供できるように努めている。

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