法律は万能ではなく、一つ一つの問題をみると法律の存在がかえって適切な解決を妨げているように見えるときもあります。しかし、価値の多様化、変化のスピードが加速している現代にこそ、長い人類の歴史が生んだ知恵である、法による問題解決の力が必要であるとわたしは思っています。単に法律の文言だけを見るのではなく、その法が守ろうとした価値に耳を澄ませ、柔軟に、時に大胆に依頼者の問題と向き合うことができる弁護士でありたいと考えます。
水田 昇
法律は万能ではなく、一つ一つの問題をみると法律の存在がかえって適切な解決を妨げているように見えるときもあります。しかし、価値の多様化、変化のスピードが加速している現代にこそ、長い人類の歴史が生んだ知恵である、法による問題解決の力が必要であるとわたしは思っています。単に法律の文言だけを見るのではなく、その法が守ろうとした価値に耳を澄ませ、柔軟に、時に大胆に依頼者の問題と向き合うことができる弁護士でありたいと考えます。
白川 陽介
「もっと世の中のことを知りたい。」
私が法律家を目指したきっかけは、そんな単純な興味からでした。
私は大学を卒業後、製薬会社の営業職として10年以上勤務をしておりました。
『営業の仕事は商品を売るのではなく、商品を通じて顧客の課題を解決すること。』
新人の頃に教わった言葉で、常に自分の胸に刻んでいました。
「営業の仕事は法律と無縁・・・」と思っていましたが、得意先と契約書を締結したり、適正な活動のため薬機法の解釈について学んだりするなど、少なからず法律との関わりがありました。
そして、会社員のキャリアが10年を超えてくると、新規事業立ち上げや後輩の指導など責任ある業務を任せられる機会も増えてきました。
そんなとき、「なぜ、自社の契約書はこのような文言になっているのだろうか。」「なぜ、許される営業活動と禁止される営業活動が存在するのだろうか。」そのようなことを考えるようになりました。
社会にはルールがあり、ルールには理由がある。当たり前のことですが、当時の私はその考えを意識する力が足りていませんでした。
もっと世の中のことを知り、仕事の幅を広げたい。そんな思いで法律の勉強を始めました。
法律の勉強が進むにつれて、自分が世の中のルールをいかに知らなかったかを痛感し、それと同時に法律の知識を使って人の役に立ちたいという思いが芽生えてきました。
私のように法律を知らなかったために、自分の権利を失ってしまう人がいます。権利を失ったことに気づかない人もいます。
私は法律を通じて依頼者の課題を解決したい。今はそう考えています。
岩波 耕平
私は、子どもの頃、未熟さゆえに少し道を踏み外していた時期がありました。
そのような時期に、友人が事件を起こし鑑別所に入るという出来事がありました。
当時、私を含め周囲はどうしてよいか分からず不安な状況にありましたが、友人の代理人となった弁護士が関わることで、問題点や今後の対応が整理され、「これから何をすべきか」という見通しが示されました。
その結果、本人だけでなく周囲の人間も大きな安心を得ることができたことが、今でも強く印象に残っています。
そして、そのような安心感を与える存在であったからこそ、普段は大人に対して本音を見せることの少なかった友人も、その弁護士に対しては、自らの状況や思いを率直に話すことができていました。
この経験から、私自身も、依頼者の方にとって安心して本音を話していただける存在でありたいと考え、弁護士を志しました。
現在も、依頼者の方が不安な状況に置かれた際に、状況を的確に整理し、見通しを示すことで安心していただくとともに、本音でご相談いただける関係を築けるよう、日々業務に取り組んでおります。
藤巻 達文
私が法律家を目指そうと思ったのは、目の前にいる人を幸せにする仕事をしたい、言葉の持つ力を信じて物事を実現していく仕事をしたい、と思ったからです。
私は20年以上にわたって日本銀行で仕事をしてきました。その中で、一人の組織人として様々な葛藤、不安、悩みを経験してきました。仕事はとてもやりがいがあり楽しかったのですが、自分の個性とは何だろうか、世の中により貢献できるフィールドはどこなのだろうか、を考え、弁護士になりました。
弁護士になって様々なお客様や案件との出会いがあり、やはり自分の選択は間違っていなかった、弁護士になってよかった、これからもお客様のために力を尽くす人生を歩んでいこう、という思いが自分の中で揺るがないものになりました。
私が仕事をするうえで心掛けていることは以下の点です。
・お客様の気持ちに寄り添い、気遣っているか
・お客様は一人一人固有の存在であり、抱える悩みや不安も固有のものであることを心に刻んで取り組んでいるか
・自らの提案がお客様の抱えている課題を全体的に解決する提案になっているか
・お客様の将来のためにリスクを摘む行動がとれているか
私には弁護士としてのロールモデルとなる先生がいます。その先生は、クライエントである私の悩みに伴走しつつ、私が言語化できていない本当の解決策に気づかせてくれる先生でした。
私は、その先生がかつて私に与えてくれた感動を、今度は自分がお客様に提供できるようになりたい、そうすることでお客様を幸せにする仕事をしたい、そのために精一杯力を尽くしていこうと思っています。
波多野 太一
私が法律家を目指したきっかけは、高校時代にスポーツエージェントという職業の存在を知ったことにあります。スポーツエージェントとは、スポーツ選手に代わってチームとの契約や移籍の交渉を行う代理人を指します。
スポーツエージェントに興味を持った理由は、私が幼少期から野球、サッカー、バスケットボール、テニス、アメリカンフットボール、水泳等、多くのスポーツに触れて育ってきたからでした。将来はスポーツに携わる仕事がしたいという漠然とした思いがあり、スポーツに関する知識や経験の豊富さと、探求心が活かせるのではないかと思いました。
大学時代には、神戸大学アメリカンフットボール部に所属し、選手として4年間を過ごしました。身も心も大きく成長することができた4年間でしたが、3年生の時に、チームはそれまで21年間守り抜いてきた関西アメリカンフットボール1部リーグから2部リーグに降格してしまいました。それに伴い、契約していたプロのコーチ陣のほとんどがチームを去り、神戸大学アメリカンフットボール部は学生のみでチームを運営する学生主体のチームに生まれ変わりました。
チームの改革は奏功し、私自身も含め部員一人一人が自分のやるべきことを考え、主体的に行動し、結果としてチームは1年間で1部リーグに復帰することができました。このような経験から、チームの体制や環境がスポーツ選手に与える影響の大きさを、身をもって体感し、プロとして活動できる期間が決して長くないプロスポーツ選手にとっては、その影響は一層大きなものになると思いました。そこで私は、自分が弁護士として、契約や移籍という重大な局面に直面するプロスポーツ選手に寄り添い、手助けをしたいと思うようになりました。
このようなきっかけで弁護士を目指した私ですが、法科大学院での活動や就職活動を踏まえ、私は、スポーツの場面に限らず、ビジネスや日常生活における重要な局面で困難に直面している人に寄り添い、問題を解決する手助けをしたいという思いが根幹にあることに気付きました。
「お客様にとことん寄り添い、些細な悩みや心配事であっても共有し、お客様と共に困難に立ち向かい、そして最後には問題を解決し共に笑い合う」、そのような弁護士になれるよう、日々精進してまいります。
藏野 時光
私が法律家を目指した理由は、中学時代に見たとあるニュースにあります。
中学時代、私は、ニュースを見ながら家族と会話をすることが多かったこともあり、ニュースを通じて社会を知ることが好きでした。私は、将来、社会のルールを作る政治家になりたいと子供ながらに考えていました。
私は、あるとき、青色発光ダイオード訴訟に関するニュースを見ました。そのニュースは、この訴訟について、会社が青色発光ダイオードに関する技術の発明者である従業員に対して支払った発明の対価が著しく低額であったことから提起された訴訟である旨説明していました。私は、このニュースを見て、「会社で働いて成果を出した者には、正当な対価が支払われなければならないのではないか」と思いました。
私は、会社が正当な対価を支払うようになるためには何が必要なのかを調べました。そうすると、私は、会社が従業員に支払う対価に関して法律に規定があることに気が付きました。このとき、私は、法律を作る国会議員になり、より厚く従業員を保護する法律を作りたいと考えました。
しかし、大学に進学し法律学を勉強する中で、私は、「良い法律を作るためには、まず法律を使いこなせなければならないのではないか」と考え始めていました。従業員を保護するためには、その一人一人と向き合い法律を使う必要があるのではないかと考えていたのです。
そのようなとき、ある講義を受講し、教員が「弁護士は、法律という道具を使い、想像力を働かせて依頼者の価値観を実現する存在である。」と言うのを聞きました。私は、この言葉を聞いて、弁護士こそが法律を使いこなし従業員を保護できる存在なのではないかと考えました。
私は、弁護士になり法律を使いこなすことで、従業員が自らの働きに見合った正当な対価を得られるよう手助けしたいと考えるようになりました。その後、私は、この考えを一歩進め、企業に法的支援を行い経営者の価値観を実現すれば、企業の業務が円滑に遂行され、その企業に勤める従業員の待遇改善につながるのではないかと考えました。
このようにして、私は、企業の経営者に対して法的支援を行う弁護士になりたいと考えるようになりました。私にとって、これが弁護士の道への第一歩でした。
新留 治
私は自身の進路に悩んでいた高校生の頃、父の知人の弁護士の方と1対1でお話しする機会をいただきました。その弁護士の先生は、「弁護士とは、ただ法廷で依頼者の言うことを声高に主張するのではなく、ときには依頼者と相手方との間に第三者的な立場に立って、紛争を鎮静化したり、紛争化するのを予防したりすることも大事な仕事の一つですよ。」と教えてくださいました。元来、喧嘩や争いを好まない性格だった私は、紛争を予防化することもできる弁護士という仕事に興味をもち、弁護士を目指すべく法学部に進学することを決めました。
法律の勉強を進めるうちに、法律の役割は、単にある行為を禁止したり強制したりすることではなく、その意味や定められた経緯を踏まえて、条文を解釈し、可能な限りできることとできないことを線引きすることにあると理解しました。そして、その線引きのための解釈にも、必ずしも絶対的な正解があるわけではなく、時代によって、状況によって、人によって異なります。ここに、法律の難しさがある一方で、ある種の「自由さ」もあり、私は、この法律の「自由さ」をもって、人を助けられるような弁護士になりたいと思うようになりました。
実際に弁護士として仕事を始めてから、法律自体や条文の解釈が依頼者の方々にとって、有利に働く場面もあれば、不利に働く場面もあり、さらには一概に有利とも不利とも言い難い場面まであると分かりました。私は、たとえ有利な場面でも驕ることなく不利となるリスクがないかを考え、不利な場面でも常に有利となる事情が何かないかを模索することで、依頼者の方々にご満足いただけるよう、あらゆる方策をご提案させていただきます。
「これは法律の問題かなぁ」「これはさすがに認められないんじゃないかなぁ」と思われることでも、まずは一度ご相談ください。
金井 周一郎
私は、中学生のとき、神戸で起きた児童連続殺傷事件の犯人が自分と1つしか年齢が変わらなかったことから、「なぜ、自分と1つしか年齢が変わらない少年が、このような犯行を行ったのだろうか。」という疑問が生じ、少年事件に関心を抱くこととなりました。
そして、高校生のとき、弁護士である大平光代先生の「だから、あなたも生きぬいて」という本を読み、非常に感動するとともに、少年には環境要因が非常に重要であり、環境調整に関わることが出来る弁護士を目指そうと考えました。
大学では、少年法のゼミにおいて、少年院、児童相談所等の訪問だけでなく、家庭裁判所の裁判官、検察官、少年事件を扱っている弁護士の方との面会、また、県警の方と協力した少年補導ボランティアへの参加という様々な経験が出来ました。
そのような経験を経て、やはり、弁護士という仕事が、少年事件において最初から最後まで関わることが出来、やりがいのある仕事だと実感しました。
現在、実際に少年事件をしていますが、少年は、様々な悩み、問題を抱えています。心掛けていることは、少年から、じっくりと話を聞いた上で、時には少年の親と、時には学校の先生と、時には少年の職場の方と、少年の更生のためにどのような環境を整えることが一番かを議論して考え、実際に環境調整を行うこととなります。
私としては、少年に、自らのことを考え、心配してくれる大人がいることを、少しでも実感してくれれば嬉しいと思い、日々、行動しています。
佐藤 康行
私が法律家を目指した理由は、中学時代にまで遡ります。私には温かい家族もいましたし、決して裕福ではなかったものの公立学校には通わせてもらえる環境でした。ただ、恥ずかしながら、中学2年生の私はいわゆる「不良」に憧れ、約1年間、「不良」とレッテルを貼られたメンバーと交友関係を持つようになりました。
そのような生活を過ごしていたある日のこと、メンバーの1人が少年院から出所した翌日に、「また明日犯罪をして、少年院に入ってくる」と言ったのです。私たちメンバーは当然止めましたが、彼は「俺だってこんなことをしたくない。美容師になりたい。夢を追いかけたい。でも、そんなことより、明日の飯の方が心配や。少年院にいれば、明日の飯を心配することなく毎日3食の飯が出てきて、暖かい布団もある。職業訓練までしてくれる。こんな恵まれた環境はない」と言ったのです。
私にとって彼の言葉は驚愕でした。みんな、不良に憧れて、こんな生活をしていると思っていたからです。それと同時に、「少年院は何をしているのだろう?」とふと疑問に思いました。少年院に入所している間は、いろいろと更正に向けて活動していても、少年院の外の世界、すなわち家庭環境や生活環境を改善しなければ意味がないからです。私は中学生ながら、「これってこのままでいいのかな?何とかしないといけないんじゃないのか?」と思いました。
このような経験を経た後、私は大学の法学部で少年法の講義を受講した際、まさに少年院から出所した後も少年の家庭環境などの改善に注力している弁護士と出会い、ふとしたきっかけで興味を持ち始めていた法律と、中学2年生の時に抱いた「何とかしないといけないんじゃないのか?」という想いが強くリンクして、「1日でも早く弁護士になって、全ての子ども達が夢を追いかけられるスタートラインに立てるようにしてあげたい!」と思うようになりました。私にとって、これが弁護士の道への第一歩でした。
そして、弁護士になるための勉強を進める中で、私は憲法第13条と出会いました。国家を縛る「憲法」の中に、“個人の尊重”と“幸福追求権”が真正面から規定されていることを知り、生まれた環境等に関係なく、誰もが個人として尊重され、幸せを追求する人権をもっているということに感動し、何度も憲法第13条の内容をかみ締めたことを昨日のことのように覚えています。憲法を知った者の責任として、必ずこの憲法の価値を実現していかなければならないという強い使命感を持ち、日々の業務及びその他の様々な活動にあたっております。
そして、これからも一生、この想いだけは忘れずに、弁護士として、また1人の人間として生きていきます。