起業から間もないベンチャー企業にとって、労務管理体制構築に対しての意識は薄くなりがちです。そのような理由としては、そもそも社内に従業員がいない(立ち上げのメンバー(役員)のみ在籍)という場合や、従業員がいるとしてもごく少数であるため、組織として労務を管理することの必要性を感じられないことなどが挙げられます。
確かに従業員がいなければ、組織として労務管理をする必要がないというのも一理ありますが、将来的に事業拡大を目指すのであれば、従業員の確保と労務管理は必要不可欠であり、規模が大きくなればなるほど管理体制を一から構築することは困難となってきます。
そこで、ベンチャー企業の中でも創業間もないシードステージにある企業を対象に、従業員を雇用するにあたりどのような点に注意しながら、労務管理体制を構築していくかについてご紹介していきます。ここでは、その中でも従業員を採用する際の留意点や、起業間もない段階で利用されることも多い業務委託の留意点をご紹介します
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従業員を雇用する場合、新卒採用と中途採用とを問わず、従業員の募集、面接、採用決定(内定)・入社という流れをとるのが一般的です。そして、それぞれの段階で、各種労働法による規制がなされております。
企業には「採用の自由」が認められており、基本的にどのような人物をどのような基準で採用するかについて、非常に広範な裁量を有しています。他方で、採用される側の権利保護の観点から、性別による差別の禁止(男女雇用機会均等法第5条)や一定の雇用率に達する人数の障害者を雇用すべき義務(障害者雇用促進法第43条等)など、一定限度で制約が課されます。もっとも、障害者の雇用義務が発生するのは、労働者の人数が43.5人以上(令和3年3月1日以降)の企業に限られますので、現段階ではそれほど気にされる必要はないかと存じます。
面接段階で気を付けるべきことは、採用基準を明確にして企業と応募者のミスマッチをなくすことです。一般的にベンチャー企業では、即戦力となる人材が求められがちですが、たとえ多様な経験やスキルを保有しており、即戦力となり得る人材であるとしても、企業の方針や進め方と合わない、あるいは他の従業員と相性が悪いということになれば、かえって業務効率が下がる可能性もあります。そこで、企業側としては、面接段階から業務内容や待遇面についての情報を提供するだけでなく、企業としてのスタンス(プライベートとのバランスを重視するのか、仕事最優先で取り組むのか等)や、在籍する従業員の性格・職場の雰囲気などを応募者に明確に伝えて、ミスマッチを回避することが重要です。
面接を通過し、採用を決めた応募者に対して、他の会社に流れることを防止するために内定通知を送付し、応募者がこれを受諾することをもって、正式に入社が決まるという流れになります。
企業の方の中には、内定段階であれば、まだ正式に雇用契約書を作成していないために、簡単に内定を取り消すことができるとお考えになる方もおられるかもしれません。しかし、内定とは、裁判例上「始期付解約留保権付雇用契約の締結」を意味し、その名のとおり「雇用契約」は締結されていることになります。この「解約権留保」というのは、採用内定通知書や誓約書に記載された内定取消事由が生じた場合に、内定を取り消すことができるという権利(解約権)を留保しているという意味ですが、内定取消事由に該当する事由があれば常に内定を取り消すことができるものではありません。内定を取り消すには、「客観的に合理的で社会通念上相当として是認できる理由」が必要で、これは、様々な事情を総合して判断されるため、容易に内定取り消しをすることは困難となります。
以上のとおり、採用段階では、男女差別の禁止や内定取消しに対する制限など一定の規制は存在するものの、基本的には「採用の自由」の原則があり、企業独自で自社にあう従業員を雇用することが可能です。そのため、企業と従業員のミスマッチをいかに回避するかという観点から採用基準の確立、採用フローの構築を目指すことが重要となります。
ベンチャー企業の中には、従業員を雇用するのではなく業務委託契約を締結して、社内業務に従事させているということも多くあります。業務委託契約というのは、様々な場面で用いられることになりますが、法律上明確な定義があるわけではなく、一般的には当事者の一方が業務を遂行し、他方当事者これに対して報酬を支払うことを内容とする契約といわれています。
雇用契約と業務委託契約は、業務の対価として報酬(給料)を支払うという点では共通しています。しかしながら、雇用契約では、労働者が企業の指揮命令に基づいて、企業が決めたルールに従って業務を行う必要があるのに対して、業務委託契約では、基本的に業務を遂行する側の裁量で業務を完了しさえすれば、企業側のルールに縛られるものではないという点で大きな違いがあります。
そして問題は、雇用契約か業務委託契約かは、契約書のタイトルによって区別されるのではなく、稼働実態により判断されるということです。つまり、契約書上は、業務委託契約書を作成していたとしても、その契約内容や実際の業務内容として、決められた時間と場所で契約書上定められた業務に従事し、企業側から要望があればこれを拒否することができず従う必要があり、業務内容にかかわらず給与の金額が一定であるといった事情がある場合、当該人物は、「企業の指揮命令に基づいて」業務に従事し、「その業務に従事することの対価として報酬を得ている」と評価されれば、雇用契約が締結されていると認定されることになります。
雇用契約が締結されていると評価される場合、当該人物は「労働者」として労働基準法・労働契約法等々の各種労働関連法規のもと手厚い保護を受けることになります。また、社会保険・労働保険への加入義務の問題なども生じます。
逆に言えば、名実ともに業務委託契約である場合には、上記各種労働関連法令による規制や社会保険・労働保険の加入義務等を回避しつつ、必要な日や必要な時に、必要な分だけの業務に従事してもらえます。また、相性が悪いという場合も解雇ではなく単に契約の解除・終了という形で清算が可能となります。従業員と業務委託のすみ分けを適切に実施することで、業務の効率性が上がるといわれています。
以上のとおり、起業間もないベンチャー企業においても、労務管理が問題となることは往々にしてあり得る上に、採用段階一つとってもそのやり方には様々なものがあります。
当事務所では、多様な顧問先の企業様から日々多くの労務問題に関するご相談を受け、これに対して迅速かつ適切な助言を提供させていただいております。今はまだ労務関連の問題が起きていないという場合でも、今後従業員を雇用しようとお考えの企業様は、是非当事務所までお気軽にご連絡ください。現状の従業員の状況に対する助言だけでなく採用フローの構築についてもサポートをさせていただきます。
執筆者:新留 治
弁護士法人フォーカスクライド アソシエイト弁護士。2016年に弁護士登録以降、個人案件から上場企業間のM&A、法人破産等の法人案件まで幅広い案件に携わっている。特に、人事労務分野において、突発的な残業代請求、不当解雇によるバックペイ請求、労基署調査などの対応はもちろん、問題従業員対応、社内規程整備といった日常的な相談対応により、いかに紛争を事前に予防することに注力し、クライアントファーストのリーガルサービスの提供を行っている。