悪質な賃借人対策!-占有移転禁止の仮処分-

第1 悪質な賃借人による賃貸人の権利行使妨害

 Aはその所有する建物をBに賃貸していましたが、Bは長期間にわたり賃料を滞納し、Aが幾度となく未払いの賃料を支払ってほしい旨催告しても応じません。このような場合、Aとしては、Bとの間の建物賃貸借契約を解除した上、Bの建物の占有を排除してAの占有を取り戻すために、Bに対して建物明渡請求訴訟を提起することが考えられます。
 Aが建物明渡請求訴訟に勝訴し、判決が確定すれば、Bに対する確定判決(債務名義(権利を公的に証明する文書をいいます。))により、Bに対して建物明渡しの強制執行をすることが可能になります。
 ここで、Aが建物明渡しの強制執行の申立てを行い、執行官とともに明渡しの催告に赴いたところ、Bが建物明渡請求訴訟係属中にAに無断でCに建物を転貸するなどして、全然関係のないCが建物を占有していた事実が判明した場合、どうなるでしょうか?
 この場合、Aは、「BはAに対して建物を明け渡せ」というBに対する確定判決(債務名義)で、Cに対して建物明渡しの強制執行をすることはできません。そのため、Aとしては、現時点の占有者であるCに対して、改めて、建物明渡請求訴訟を提起しなければならないことになり、また、当該訴訟係属中にも、占有がさらにCからDに移転されてしまうかもしれないことになります。つまり、Aは、BやCのような悪質な賃借人により、いつまで経っても建物占有者の占有を排除することができないという事態に陥ることがあり得ます。

第2 占有移転禁止の仮処分

 このような事態を防ぐために、Aは、Bに対する建物明渡請求訴訟を提起する前に(「後」でも可能ですが、「前」が最も効果的です)、「占有移転禁止の仮処分」(民事保全法23条1項)という措置を執る必要があります。
 占有移転禁止の仮処分は、物の引渡・明渡請求権についての将来の強制執行が妨げられることなく行われるように目的物の占有状態を維持する保全処分です。
 上記具体例で言うと、Aが、Bに対する建物明渡請求訴訟を提起する前に、占有移転禁止の仮処分を執れば、建物の占有者がBに固定されるため、訴訟係属中にBからCに建物の占有が移転されたとしても、AはそのままBに対して訴訟を続け、Bに対する確定判決(債務名義)を得て、当該債務名義に対する承継執行文の付与を受けさえすれば、それにより、新たにCに対して建物明渡請求訴訟を提起し確定判決(債務名義)を得ることなく、Cに対しても建物明渡しの強制執行をすることができることになります。
 なお、どうしても債務者を特定することを困難とする特別の事情がある場合、具体的には、債権者において建物の現地調査すなわち外観、表札や看板、外部から見える郵便物等についての調査および居住者に対する質問等を試みたにもかかわらず占有者が明らかにならなかったとか、占有者が時々刻々入れ替わっているため執行時における占有者を特定することができないなどの事情がある場合、債務者を特定しない形での占有移転禁止の仮処分(民事保全法25条の2)が認められています(江原健志・品川英基編著『民事保全の実務〔第4版〕(上)』322‐323頁(金融財政事情研究会、2021年))。

第3 占有移転禁止の仮処分の手続

 占有移転禁止の仮処分の手続は、2つの段階から構成されています。
 1つ目が、占有移転禁止の仮処分命令を発令するか否かを審理・判断する段階です(保全命令手続)。もう1つが、保全命令手続で発令された占有移転禁止の仮処分を執行する段階です(保全執行手続)。
 大まかな手続の流れは以下のとおりです。①~④が保全命令手続、⑤⑥が保全執行手続に該当します。

①占有移転禁止の仮処分命令の申立て
②裁判官との面接(裁判所によっては省略されることもあります)
③担保の提供
④占有移転禁止の仮処分命令の発令
⑤占有移転禁止の仮処分の執行申立て
⑥占有移転禁止の仮処分の執行

1 ①占有移転禁止の仮処分命令の申立て

 保全命令手続は、債権者(申立人のことをいい、その相手方を債務者といいます。)が管轄裁判所に書面をもって申し立てることにより開始されます(民事保全法2条1項、民事保全規則1条1号)。
 管轄裁判所は、本案の管轄裁判所または係争物(不動産)の所在地を管轄する地方裁判所です(民事保全法12条1項)。「本案」とは、保全手続に対する本案訴訟のことで、その保全手続を前提にその後に予定されている訴訟(上記具体例で言うと、建物明渡請求訴訟)を意味します。
 保全命令の申立ては、⑴申立ての趣旨と、⑵①保全すべき権利または権利関係および②保全の必要性を明らかにして、しなければなりません(同法13条1項)。なお、民事保全は緊急性や暫定性が要求されていることとの関係で、⑵①保全すべき権利または権利関係および②保全の必要性は「証明」ではなく「疎明」で足ります(同法13条2項)
 ⑵②保全の必要性は、なぜ民事保全という暫定的な措置が現在必要であるのかという事情です。占有移転禁止の仮処分であれば、係争物(不動産)の「現状の変更により、債権者が権利を実行することができなくなるおそれがある」こと、または「権利を実行するのに著しい困難を生ずるおそれがある」ことです(同法23条1項)。

2 ②裁判官との面接(裁判所によっては省略されることもあります)

 裁判所によっては、債権者が提出した申立書の記載だけで占有移転禁止の仮処分命令を発令するか否かを判断する(書面審理)のではなく、債権者と面接を行い、申立書の記載について釈明を求める場合があります(債権者審尋)。
 東京地裁、大阪地裁など保全担当の専門部が置かれている裁判所では、保全命令申立事件の全件について債権者審尋を行う運用が採られています。
 保全すべき権利または権利関係および保全の必要性の疎明が終わり、占有移転禁止の仮処分命令の発令の内示を受けると、担保の額、担保を立てる方法、担保を立てる期間等を決めます。

3 ③担保の提供

 民事保全法は、担保を立てさせ、または担保を立てさせないで保全命令を発することができる(14条1項)と規定していますが、実務では、担保の提供は必至とされています。では、なぜ担保の提供が必要なのでしょうか?
 保全事件は、原告として債権者の主張と疎明のみで発令され、債務者側の言い分を一切聞きません。また、保全事件は、本案判決の執行で困らないようにするための暫定的制度で確定的なものではありません。そのため、債務者側の言い分も踏まえた上で当事者双方の主張立証が尽くされる本案訴訟において、債権者が敗訴することもあり得、その場合、債権者の主張と疎明のみで発令された保全命令により債務者は損害を被ることがあります。このように、保全事件はある意味で簡単に発令される反面、債務者に損害を与える可能性があることから、一つの利害調整として、保全命令により将来債務者に生じ得る損害賠償請求権を保全するため、発令に際し、債権者に一定額の担保の提供を求めているのです。債務者は、当該担保によって、自身が被った損害を補填することが可能となるわけです。

⑴ 担保の額

 不動産の占有移転禁止の仮処分で、執行方法について原則的な債務者使用型(後記6参照)を前提にすると、住宅の場合、賃料の1~3か月分、店舗の場合、賃料の2~5か月分が基準とされています(司法研修所編『民事弁護教材改訂民事保全(補正版)』30-31頁)。

⑵ 担保を立てる方法

 実務では、金銭を供託する方法が一般的です(民事保全法4条1項)。

⑶ 担保を立てる期間

 法令上明文で定められてはいませんが、実務では、3日間から1週間程度とされることが多いです。

4 ④占有移転禁止の仮処分命令の発令

 裁判所は、債権者から担保提供の確認ができると、占有移転禁止の仮処分命令を発令します。

5 ⑤占有移転禁止の仮処分の執行申立て

 占有移転禁止の仮処分命令の発令を受けた後、目的物の所在地を管轄する地方裁判所の執行官に対し、占有移転禁止の仮処分の執行を申し立てます。
 その後、執行官と打ち合わせを行い、執行日時を決めます。

6 ⑥占有移転禁止の仮処分の執行

 占有移転禁止の仮処分の執行は、⑴執行官が債務者の目的物の占有を解き、保管するとともに、⑵占有移転が禁止されていることと執行官が目的物を保管していることを公示する方法により行われます(民事保全法52条1項、民事執行法168条・169条)。⑴の執行官による保管(占有)については、通常、債務者から執行官に占有を観念的に移転した上で、債務者がそのまま使用すること(いわゆる債務者使用型)が認められているため、現状には何の変更もありません。そのため、目に見える執行としては、⑵の執行官による公示のみになります。
 公示は剥離しにくい方法で公示書を掲示するなどして行います(民事保全規則44条1項)。具体的には、建物の占有移転禁止の仮処分であれば、屋内に掲示する場合は画鋲で貼る程度では不十分で、パウチフィルムで密封して接着力の強い接着剤や両面テープで貼る、屋外の場合は公示札を杭に打ち付けて立てる、建物外壁に釘・針金で固定するなどの方法が用いられています(平野哲郎『実践民事執行法民事保全法[第3版補訂版]』377頁(日本評論社、2022年))。

第4 当事務所でできること

 建物明渡請求訴訟を提起するにあたり、占有移転禁止の仮処分を執る必要があるか否かは十分な検討を要します。また、占有移転禁止仮処分命令申立書の作成や資料の収集等の手続を誤れば、占有移転禁止の仮処分の手続やその後の建物明渡請求訴訟も円滑に進まず、建物所有者の損失が拡大するおそれがあります。
 当事務所は、多くの不動産トラブルを扱い、占有移転禁止の仮処分の申立て、建物明渡請求訴訟に関する実績が豊富にあります。
 占有移転禁止の仮処分の申立て、建物明渡請求訴訟に関するお悩みがございましたら、お気軽にお問い合わせください。

山野 翔太郎 弁護士法人フォーカスクライド アソシエイト弁護士執筆者:山野 翔太郎

弁護士法人フォーカスクライド アソシエイト弁護士。
2022年に弁護士登録。遺言・相続、交通事故、離婚・男女問題、労働、不動産賃貸者などの個人の一般民事事件・刑事事件から、企業間訴訟等の紛争対応、契約書作成、各種法令の遵守のための取り組みなどの企業法務まで、幅広い分野にわたってリーガルサービスを提供している。

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