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取引先から,「御社との取引で代金を支払うのだが,御社の担当社員が社員個人の口座を振込先に指定してきた。この口座に振り込んでよいか。」という質問がなされることがあったとしましょう。
このような場合,従業員による業務上横領を疑うことになります。
本稿では,従業員による業務上横領が発覚した場合にどのような対処を行うべきか,解説を行います。
なお,本稿では従業員を念頭に置いていますが,役員にも当てはまります。
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業務上横領は,業務として委託を受けて自ら占有する他人の物を横領した場合に成立するものです。
会社従業員の関係にあてはめますと,会社の財産の管理を任されていた従業員が,会社以外の自己又は第三者の利益を図る目的で,当該会社の財産を着服することをいいます。典型例としては,前述したような,営業担当者が会社の売上金を自己の口座に振り込ませて自ら使用できるようにするというものが考えられます。
業務上横領の事実が発覚した場合,業務上横領を行った従業員には,①会社内での懲戒処分の他,②民事責任,③刑事責任が追及されることとなります。
①は,就業規則等に定められた懲戒事由に該当するとして,懲戒解雇等の懲戒処分を行うことが考えられます。②は,横領したことによって会社に生じた損害の賠償を請求するというものが典型例です。③は,捜査機関に対して告訴状を提出する等により,業務上横領罪での捜査を行ってもらうことにより追及します。
従業員に業務上横領の責任を追及する際,第一に,証拠が重要です。証拠がない,又は不十分であるにもかかわらず懲戒処分を行った場合,不当な懲戒処分であるとして紛争になる可能性があります。また,民事責任を追及するにしても,証拠がなければ,責任が認めらない結論となる可能性があります。刑事責任についても,証拠がなければ捜査機関が十分に捜査を行ってくれない可能性があります(本来証拠収集は捜査機関の業務ではあるものの,会社から証拠提供を行わなければ,十分に対応してもらえない可能性があります。)。
このように,従業員の業務上横領に対する対処としてまず行うべきは,証拠の収集となります。
業務上横領を追及する際の証拠としては,①客観的証拠,②主観的証拠があります。
客観的証拠とは,メール(従業員と取引先担当者との間のものに限られません。)のやり取りや請求書,領収書等,形に残っている証拠をいいます。主観的証拠とは,他の従業員の証言や取引先の証言等形に残っていない証拠をいいます。
証拠を収集する際には,客観的証拠を確保しながら,他の従業員へのヒアリング等を通じて主観的証拠も確保することとなります。
ここで重要なのは,業務上横領が疑われる対象の従業員に対するヒアリングは,客観的証拠,主観的証拠を揃えた状態で行うことです。対象の従業員が実際に業務上横領を行っていた場合,どこにどのような証拠が残っているか把握している可能性があります。対象の従業員に拙速なヒアリングを行うと,責任追及を逃れるために,証拠を隠滅するおそれがあります。
業務上横領が疑われる場合の対処のポイントは,前述した証拠の種類に留意しながら,業務上横領の行為態様及びその金額を明らかにするという点にあります。
業務上横領の行為態様として確認を行うべきは,①誰が(該当の従業員であるか否か),②いつ,③どこで,④何を,⑤どのような方法で横領を行ったのかという点です。そして,⑥結果的に何円を横領したのかを確認することになります。
これらの点に着目して,該当する従業員が接触していた取引先,自社の経理担当等に請求書や領収書等の書類(データも含みます。)の提供を依頼して収集するとともに,該当する従業員がどのようなことを話していたのかについてヒアリングを行うことになります。ヒアリングに際しては,発言内容を残しておくために,録音を行っておくべきです。
そして,証拠が集まりましたら,該当する従業員にヒアリングを行います。この際は,該当する従業員の認識を問うことになりますので,録音は必須です。
該当する従業員が業務上横領の事実を認めた場合や,証拠から業務上横領を行ったと考えるに十分な証拠があると認められた場合,従業員に対して懲戒処分を行うことが検討されます。
ただ,「業務上横領が認められた」=「懲戒解雇が有効に認められる」というわけではありませんので,懲戒処分の内容については慎重に検討を行う必要があります。例えば,業務上横領の発覚を恐れて証拠隠滅を行っていた場合や,金融機関やタクシーの運転手等日常的に金銭を取り扱う業務を行っていた従業員については,懲戒解雇が認められる可能性があると考えられます。他方で,会社において金銭管理がずさんであり,従業員が立替え実費の精算を行おうとして意図せず会社の財産を持ち帰っていたといった,専ら従業員の悪質性を認めるまではいかない事案において,懲戒解雇を行った場合は,処分が不相当に重いと判断され,懲戒解雇が無効であると認められる場合もあります。
業務上横領は,会社財産の流出という損害を生じさせるものです。また,従業員に対する懲戒処分という雇用契約上の問題や,会社に生じた損害の賠償を求める民事訴訟の提起,刑事告訴による刑事責任の追及という重大局面をもたらすものといえます。そのため,業務上横領の有無に関する調査,業務上横領があると判断された場合の対処は,行き当たりばったりで行うことはできず,明確な目的意識をもって行う必要があります。
当事務所では,業務上横領の存在が疑われる場合の初動対応(会社側),業務上横領を従業員が認めている場合における懲戒処分の内容に関する検討(会社側),業務上横領に関する責任追及が行われているがこれを認めていない従業員側での対応(従業員側)等,業務上横領の案件について様々な経験を有しています。当事務所では,これらの経験に基づき,どのような証拠を収集すべきかに関する法的なアドバイス,裁判になった場合に予想される判決の内容を想定したうえでの懲戒処分内容の決定に関するアドバイス,業務上横領発生後における再発防止策に関する法的アドバイス,従業員側に立った場合における反論内容に関する法的アドバイスを行います。
業務上横領が疑われる従業員がいる,もしくは業務上横領があったために再発防止策を検討したい会社の経営者,又は会社から業務上横領の責任追及を求められている従業員の方は,当事務所にご相談ください。
執筆者:藏野 時光
弁護士法人フォーカスクライド アソシエイト弁護士。2017年に弁護士登録。離婚問題等個人間の法的紛争から知的財産紛争等企業間の紛争まで幅広い分野に携わっている。また、刑事事件も取り扱う。紛争に関する交渉、訴訟対応のみならず、企業間取引における契約書等の作成・リーガルチェック等、企業における日々の業務に関する法的支援も多数取り扱っている。個人、企業問わず、クライアントが目指す利益を実現するために採るべき具体的方法を検討し、リスクに関する説明も交えた丁寧な説明を心がけ、リーガルサービスを提供している。