【問題社員対応】横領を疑われる社員に対する会社がとるべき対応について弁護士が解説

1 会社の財産を横領した従業員をただちに懲戒解雇できるか?

 横領とは、自己の占有する他人の物を着服する行為をいうところ、雇用関係に必要な信頼関係を根本的に裏切る行為です。世間でいうところの横領は、刑法上、業務上横領罪(刑法第253条)や横領罪(刑法第252条)になる場合もあれば、窃盗罪(刑法第235条)となる場合もあり、いずれにしてもこのような犯罪に及んだ従業員を会社に在籍させておくことはできず、懲戒解雇とするケースが多いと考えます。
 もっとも、横領を理由に従業員を懲戒解雇した事例で、逆に解雇した従業員から不当解雇であるとして訴訟を起こされ、当該横領の証拠が不十分であるとして会社が敗訴するケースもあります。
 例えば、横浜地判令和元年10月10日(労判1216号5頁)では、スーパーマーケットの運営会社が、スーパーマーケットで勤務していた従業員を、店舗の商品について会計をせずに持ち帰ったことを理由に懲戒解雇をしたところ、当該従業員が、懲戒解雇の有効性を争って未払賃金及び未払賞与を請求するとともに、当該会計をせずに持ち帰ったことについて当該従業員の実名を挙げて「窃盗事案が起きました」「計画性が高く、情状酌量の余地も認められない」等の記載のある掲示を店舗内に掲げたことにつき名誉毀損であるとして不法行為に基づく損害賠償請求(慰謝料請求)を求めて訴訟を提起されました。この裁判例では、店内の防犯カメラで、従業員が会計をせずに商品6点を持ち帰る様子が撮影されていました。しかし、裁判所は、従業員は商品6点を会計せずに持ち帰ったものの、精算を忘れたに過ぎない可能性があり、故意による持ち帰りである証拠はないとして、窃盗罪の成立が否定され、会社が行った懲戒解雇を無効と判断し、会社に対して、従業員を復職させたうえで、未払賃金及び未払賞与の支払に加えて、慰謝料の支払いも命じました。
 一見、証拠が揃っていると考えられる事案であっても、上記裁判例のように犯罪にあたらないと事後的に判断され、解雇が無効であると判断されるリスクがあります。そのため、従業員による横領を理由として懲戒解雇とするには、適切な手順を踏むことが何よりも重要です。
 以下では、従業員に対して横領を理由とする懲戒解雇等の懲戒処分とする場合の適切な手順や注意事項についてご紹介いたします。

2 従業員に対して横領を理由とする懲戒解雇等の懲戒処分とするための適切な手順とは?

(1)従業員本人への聴取の前に集められる限りの客観的な証拠を収集すること

 横領が発覚するきっかけは様々です。例えば、税務署から従業員の横領の疑いを指摘されたとか、他の従業員から横領を目撃した旨の報告があった、実際の現金と帳簿上の残高が一致しないなどがあります。いずれの場合でも、当該きっかけが発見された直後に本人に事情聴取をしても、言い逃れをされる可能性が非常に高いです。前記裁判例でも、会社による横領の証拠の集め方が不十分であるという点に根本的な問題がありました。
 そのため、従業員本人への事業聴取の前に集められる限りの客観的な証拠を収集する必要があります。そして、収集する客観的な証拠の内容は横領の方法によって異なります。

ア レジから現金を抜き取る方法での横領の場合の証拠収集方法
 レジから現金を抜き取っているという場合には実際に抜き取っている場面を録画した防犯カメラ映像が最も効果的です。もっとも、たとえレジから現金を抜き取り、ポケットに入れる瞬間を撮影した映像があったとしても、一旦業務上の支払のために抜き取っただけであるとか、一時的にレジから出しただけで後でレジに現金を戻すつもりであったなどという弁解をされる可能性があるため、当該映像があれば十分という訳ではありません。実際に支払をするためにレジから現金を抜き取る必要があるのか、支払をした形跡があるのか、過去に同様の行為を行ったことがあるのかなど上記弁解をあらかじめさせないように客観的な証拠や関係者からの事情聴取をしておく必要があります。

イ 会社の商品を持ち出して転売する方法での横領の場合の証拠収集方法
 小売業では会社の商品を無断で転売し、代金を自分のものにするというパターンの横領が行われることがあります。このような場合、従業員が転売行為をしているという証拠だけでなく、従業員が転売した商品が会社の商品であることについても証拠を確保しておく必要があります。具体的には、従業員が横領したことにより紛失扱いとなっている会社の商品の有無及び当該商品情報や品番の確認、従業員によるオークションサイトへの出品や転売をしていないかの確認、従業員のアカウントで出品されている商品を実際に落札してみて会社の商品かどうか(品番が一致するかどうか)を確認することが考えられます。

ウ 集金した金銭を着服する方法での横領の場合の証拠収集方法
 集金した金銭を着服する方法としては、不動産管理会社で従業員が賃借人から集金した賃料等の現金をそのまま着服する場合や取引先から回収した売掛金を着服する場合などが考えられます。このような方法の場合、会社の帳簿上の処理では未入金となっているため、会社から賃借人や取引先に請求書を送ってしまい、賃借人や取引先から「すでに支払った」とクレームを受け、横領が発覚するというパターンが多いです。
 このような場合、賃借人や取引先が当該従業員から領収書を受け取っているかどうかを確認する必要があり、当該領収書を回収(コピーを受領する形でも構いません)することが証拠確保の上で重要です。領収書を確認することで、横領した従業員は賃借人や取引先から現金を集金したのに、それを会社に引き渡していないことを明確にすることができます。

(2)従業員本人に横領を認めさせ、横領した財産に相当する金銭の返還を約束させること

 証拠を収集した後の次の手続きとしては、従業員本人からの事情聴取で横領を認めさせ、横領した財産に相当する金銭の返還を約束させることが重要です。その理由としては以下の二つが挙げられます。
 一つ目は、仮に、本人に横領を認めさせることができないまま懲戒解雇をしてしまうと、前記のとおり不当解雇であるとして紛争が生じるリスクがあります。裁判所は、従業員本人が横領を認めていない場合、実際に横領と断定してよいかどうかについて非常に慎重に判断しますので、準備段階では十分な証拠が揃っていると考えていても、裁判所が当該証拠で横領があったと認定しないというリスクは十分考えられます。かかるリスクを回避するためには、自ら横領したことを認めさせることが重要です。
 二つ目は、本人に横領を認めさせることが、横領された分の金銭を回収するための近道であるということです。自ら横領を認めていれば、返済をしなければならないという思考のもと、積極的に返済の方法についての提案がなされることもあります。他方で横領自体を認めない状況では返済をしなければならないという思考にもならず、有効な返済の方法の提案もなされず、結果的に回収できないリスクを高めることになります。
 従業員本人が横領を認めた場合、具体的な日時・場所・方法・金額についても聴取したうえで、自ら当該横領行為を行ったことを認める書面に署名・捺印をさせ、横領したという事実とその内容を確定させることが重要です。その場で横領した金銭の返還時期・方法を確定できればよいですが、その場では決めきれないということもありますし、横領した事実とその内容が確定しておれば、横領自体を否定されるというリスクは非常に低くなりますので、返還時期・方法について交渉をすることも可能となります。ただし、書面作成の際に、強制的に署名・捺印をさせられたなどと後に言われないように、本人の事情聴取だけでなく書面作成段階でも録音・録画をしておく必要があります。

(3)最終的な懲戒処分の内容を決定する

 上記のとおり、故意の横領を従業員本人に認めさせることができた場合、就業規則における懲戒解雇事由に該当することから、懲戒解雇又は諭旨解雇(諭旨退職と呼ばれる場合もあります)の懲戒処分とするのが一般的です。諭旨解雇とは、従業員に懲戒解雇事由がある場合に、退職願の提出を勧告し、提出しない場合には懲戒解雇とする懲戒処分の一つです。懲戒解雇の場合、通常は解雇予告なく解雇予告手当の支払もせずに即時に解雇され、退職金の全部又は一部が不支給とされることが多いです。これに対し、諭旨解雇は懲戒解雇に相当する行為を行った従業員について、行為の態様や反省の度合い、会社への貢献度、過去の処分歴などを勘案して、懲戒解雇とすることが酷である等と会社が判断した場合になされ、定められた期間内に退職願を提出すれば自己都合退職として扱われ、退職金も通常の自己都合退職と同額かこれに近い金額を支給されるという場合が多いです。
 基本的に故意の横領が認められた場合には金額の多寡にかかわらず懲戒解雇とすることが相当な場合が多いですが、横領に至る経緯としてやむにやまれぬ理由があった場合や深く反省をしたうえで横領した金銭を直ちに返還している場合、過去に懲戒処分歴がない場合、会社に長年に渡って多大な貢献をしているといった場合には、懲戒解雇とすることが処分内容として重いと判断される可能性もあるため、諭旨解雇とすることを検討する必要があります。

3 当事務所でできること

 本稿では、横領した従業員に対する適切な対処方法についてご紹介しました。会社側からすると、横領を疑われるような行動に及んだ時点で、横領があったということを前提に手続きを進めがちですが、大前提として横領をしたことの立証責任は会社にあるため、本人が横領を全面的に認めない限り、本人の自白がなくとも横領があったと「裁判でも事実認定される」ほどの証拠が必要となります。
 当事務所では、日常的に会社の方から横領を疑われる従業員に対する対応に関するご相談をお受けするとともに、具体的にどのような証拠を収集し、どのように本人を追及し、損害分を回収するかについてアドバイスをさせていただいておりますので、お気軽にご相談ください。

新留治 弁護士法人フォーカスクライド アソシエイト弁護士執筆者:新留 治

弁護士法人フォーカスクライド アソシエイト弁護士。2016年に弁護士登録以降、個人案件から上場企業間のM&A、法人破産等の法人案件まで幅広い案件に携わっている。特に、人事労務分野において、突発的な残業代請求、不当解雇によるバックペイ請求、労基署調査などの対応はもちろん、問題従業員対応、社内規程整備といった日常的な相談対応により、いかに紛争を事前に予防することに注力し、クライアントファーストのリーガルサービスの提供を行っている。

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