経営権問題の予防と対策

Right of Management Issues

1. 経営権とは何か

日本の中小企業の多くは株式会社の形態で運営されています。この株式会社の最終的な意思決定権は、株主総会にあります。株主総会では、取締役の選任・解任や、会社の憲法と言うべき定款の変更、そして会社の解散に至るまで、会社にとって最も重要な意思決定が行われます。

経営権とは、この株主総会において、意のままに決議を行うことができる権限、と言い換えることができるでしょう。

経営者の皆様の中には、この経営権について、以下のような悩みを抱いている方もいらっしゃるのではないでしょうか。

・自社の事業承継を考えているが、後継者が確定していない。このまま自分が亡くなってしまったらどうなるのだろうか。
・共同経営者とともに会社を経営しているが、設立時に多く出資してくれたので自分の持株割合は過半数に届かない。最近、経営方針の不一致が多いが、どうすればよいのか。
・自社の資金調達のため知人から出資してもらうことになったが、過半数は取得したいと言われている。どうしても調達したいので、受け入れるしかないのか。

これらの状況は、いずれも経営権問題が発生する直前の段階ですので、速やかな対応が必要です。

2. 経営権紛争による深刻な経営危機

経営権紛争が発生した場合の経営への影響は甚大です。

例えば、ある会社の経営者が後継者を確定させないまま亡くなってしまった場合を考えてみましょう。もちろん遺言もありません。

この場合、経営者の保有していた株式は相続財産ですので、遺産分割の対象となります。相続人全員が参加して、財産の分け方を協議し、全員が納得しなければ遺産分割は終わりません。後継者候補とされていた前経営者の長男(営業部長)と長女(総務部長)が、いずれも自分こそが後継者になるべきと考え、株式の相続を主張した場合、遺産分割協議はまとまりません。

いわゆる「争続」の状態に陥り、家族関係が崩壊してしまうばかりか、後任の経営者も決まらず、会社の意思決定に空白期間が生じてしまいます。

このような事態に陥らないよう、経営権紛争を予防するための事前の対策が不可欠なのです。

3. 経営権紛争の予防策

経営に深刻な影響を及ぼす経営権紛争の予防策を考える上で、紛争が発生する原因を考えておくことが有益です。既述のとおり、経営権とは株主総会で行使できる議決権によって成り立つものですので、株式の分散によって経営権紛争が発生します。従って、株式の分散が発生する原因、すなわち、相続による分散、譲渡による分散、設立時からの分散という、大きく3つの原因が考えられるのです。

(1)相続による分散

(原因)

株主の死亡に伴い、当該株主の保有していた株式は相続人が相続します。特定の相続人に集約させる内容の遺言があり、又はその内容の遺産分割が行われない限りは、相続人が株式を共有したり、各相続人が分散して株式を保有することになったりします。

(予防策)

まず行うべき予防策は、株主が遺言を作成することです。遺言において、株式を一人の相続人に遺す旨を記載しておけば、少なくとも株式が現状よりも分散することはありません。当該株主が経営者の方であれば、後継者を確定させ、後継者にすべての株式を相続させるのが基本的な考え方です(この場合、遺留分には配慮が必要です。)。

次に、経営者以外の株主の相続に備えて、相続等により株式を取得した者に対して株式の売渡しを請求できる旨を、会社の定款に定めておく方法が考えられます。この規定があれば、株主に相続があった場合に、会社はその株式を取得した相続人に対して、会社に対して株式を売り渡すよう請求でき、分散を防止することができます。

さらに、例えば経営者以外の役員や従業員が株式を保有している場合には、役員・従業員持株会を設立することも有力な選択肢となります。一般的な持株会の規約では、会員である株主に相続が発生した場合には株式を持株会に売り渡す旨が定められていますので、役員・従業員のモチベーションアップや配当による福利厚生を図りつつ、分散を防止することができます。

(2)譲渡による分散

(原因)

例えば、会社の発展に貢献してくれた従業員に株式を持たせてあげる場合や、出資してくれる人に新株を発行する場合、経営者以外の株主が第三者に譲渡するような場合などが考えられます。

(予防策)

株式を譲渡する目的は上記のとおり様々なので、その目的を達成しつつも、株式の分散を予防する方法を考える必要があります。従業員に株式を持たせたいのであれば既述の従業員持株会の創設が考えられますし、出資者に対して発行する株式は経営者が経営をコントロールできる議決権割合(3分の2)を保持できるよう設定すべきです。

また、経営者以外の株主が第三者に譲渡することを防ぐため、当然ですが譲渡制限を付しておかなければなりません(多くの会社は全株譲渡制限にされていると思います。)。

(3)設立時からの分散

(原因)

設立時から株式が分散されている場合としては、共同経営者間で株式を保有し合っている場合も考えられますが、代表的なのは、旧商法において、発起人が7名必要であった時代に設立された会社です。発起人は株主になりますので、設立当初から株式が分散していることになります。そこに相続が重なることで、さらに分散が進んでしまっているケースも多く目にします。

(予防策)

設立時からの分散は予防できませんので、次項で説明する、分散を前提とした対策を講ずる必要があります。また、既に分散していたとしても、さらなる分散を予防するため、ここまでに説明した対策を実施しておきましょう。

4. 経営権紛争発生時の対処法

経営権紛争が発生してしまった場合には、株式の保有状況にもよりますが、分散した株式の集約が解決策の一つとして考えられます。

もっともシンプルかつ法的安定性の高い方法は、対象の株主との合意に基づいて譲渡を受けることで取得する方法です。当該株主に、譲渡することと対価の金額について納得してもらう必要がありますので、対立関係にあるのであれば、譲渡の実現は困難です。その場合、当該株主が納得してくれるような高い譲渡価格を提示して交渉することとなります。

また、「スクイーズアウト」と呼ばれる、現金を対価として少数株主から強制的に株式を買い取る手法を利用することも考えられます。代表的な方法は、「特別支配株主の株式等売渡請求」の制度の活用です。この制度は、90%以上の議決権を保有する株主が、他の株主全員から、その保有する全株式の売渡しを請求することができる制度です。議決権割合のハードルは高いですが、スクイーズアウトの手法の中で最も簡便かつスピーディーに実行可能です。

その他、株式併合や全部取得条項付種類株式を利用する手法もありますが、これらは意図的に、少数株主の保有する株式を1株未満の端数とし、この端数を金銭で買い取る方法です。株主総会決議をはじめ複雑な法的手続きを経る必要はありますが、議決権割合のハードルは低いため、検討に値します。

5. さいごに

経営権紛争は会社経営に深刻な影響を及ぼしますので、本稿で説明した株式分散の予防策を早期に講じていただく必要があります。会社の状況に応じて講じるべき対策は異なりますので、将来の株式分散・経営権紛争を防止したい方、分散してしまった株式を集約したい方、また既に経営権紛争が発生してしまっている方は、経営権に関する多様な案件に関与してきた当事務所に、お早めにご相談ください。

伊藤 良太 弁護士法人フォーカスクライド パートナー弁護士執筆者:伊藤 良太

弁護士法人フォーカスクライド パートナー弁護士。
中小企業の事業承継・相続対策及び資本政策を中心として、契約・労務・ガバナンス等の一般企業法務や、M&A、不動産案件も取り扱う。
事業承継については、経済産業省での執務経験も活かして、法務・税務横断的な提案を得意とし、事業と家族の双方に配慮した円滑・円満な承継に注力している。

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