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経営権に関する問題のひとつとして、役員(取締役・監査役)との関係があります。別の記事でご説明したように、経営権とはすなわち、株主総会を通じた意思決定権のことを指します。この経営権を十全に発揮するには、会社の実務運営を担う取締役メンバーが一枚岩となって、経営に邁進してくれなければなりません。
会社経営の要といえる取締役や監査役との関係に不和が生じた場合には、経営権を掌握する経営者が意思決定をしたとしても、適切に執行されず、機動的な経営は絵に描いた餅となってしまいます。
例えば、経営者と他の取締役の間での経営方針の不一致が深刻な場合が考えられます。異なる観点から多様な意見が出されることは、よりよい経営判断を下すために有益ですが、経営方針があまりにも乖離する場合、話は別です。また、取締役の不正行為が発覚することもあり得ます。
このような場合、多くの経営者の方は、その取締役に辞めてもらうことを考えられるのではないでしょうか。実は会社法上、取締役を辞めさせることは非常に簡単で、従業員を解雇する場合の労働法上の制限のような規制はありません。
会社法第339条第1項
役員及び会計監査人は、いつでも、株主総会の決議によって解任することができる。
このように会社法は、株主総会決議があればいつでも、どんな理由であっても、役員(取締役・監査役など)を解任できると定めているのです。なお、この場合の決議は、議決権の過半数を保有する株主が出席した上で、出席株主の議決権の過半数による、という特殊な普通決議が必要ですのでご注意ください。
上記のとおり、会社法第399条第1項によれば、経営権を有する経営者は自由に役員を解任できることになりますが、同条第2項には、注意が必要です。
会社法第399条第2項
前項の規定により解任された者は、その解任について正当な理由がある場合を除き、株式会社に対し、解任によって生じた損害の賠償を請求することができる。
解任された役員は、会社に対して損害賠償請求ができる、という規定です。役員からの損害賠償請求に対して、会社としては「解任に正当な理由があった」ということを主張し、証拠により証明しなければなりません。正当な理由の存在を立証できなければ、会社は損害賠償責任を負う、ということです。
過去に裁判所で争われた事例を踏まえると、解任の正当な理由として認められるハードルは相当高いと考えるべきです。裁判所が示した一つの考え方として、職務執行の障害となるような客観的状況があるかどうか、という基準がありますが、この基準だけでは具体的な判断が難しいので、具体例を挙げて説明します。
例えば、役員に不正行為があった場合や、病気などで職務に従事できないような場合は、正当な理由が認められやすい傾向にあります。そのような者を役員にしておくことのほうが問題ですので、正当な理由の存在が明確です。
他方で、経営方針の違いや経営判断の誤りなどは、「客観的な状況」とは言えません。このようなケースでは、基本的に正当な理由は認められにくく、例外的に、不合理な経営判断によって会社に損害をもたらした場合や、明らかな過誤を犯した場合などに、正当な理由が認められています。
このように、正当な理由の有無はケースバイケースであり、解任を検討する場合には慎重な判断が必要です。
解任に正当な理由がない場合、会社が賠償すべき損害とは、その役員が解任されなければ得ていた報酬額となります。株式会社の役員には任期が決められていますので、その任期中に得られるはずだった役員報酬額、賞与額、そして退職慰労金額の総額が、損害です。
例えば、取締役の任期を10年としており、取締役に選任したばかりのタイミングで解任するような場合は、賠償額は非常に高額になります。
そのため、正当な理由の有無を慎重に判断する必要がありますし、後述する、解任以外の方法を検討すべきです。
ここまでご説明したとおり、役員の解任には高額の損害賠償リスクが伴います。そこで、役員と何らかのトラブルがあった場合には、以下の手順で検討・対策を行うことをおすすめします。
①辞めさせる以外の選択肢はないのか検討する
例えば、任期が残りわずかであれば、任期満了まで待ち、再選しないという方法が考えられます。また、役員には留任させるものの、職掌の変更などを検討する選択肢もあります。
②辞任を打診する
株主総会決議により一方的に行う解任よりも、役員自らの意思で辞任してもらうことが、法的には間違いなく安全です。方針の不一致や経営判断の誤りを自覚しているのであれば、経営者が率直に話をすれば、辞任をしてくれる可能性もあります。
ただし、無理やり辞任届を書かせてはなりません。それ自体犯罪に該当する可能性もありますし、強制された辞任の意思表示は、後日無効だと評価される可能性もあります。
③正当理由の調査・記録
解任の正当理由が存在すると考えられるのに、辞任を受け入れてもらえない場合には、将来の損害賠償請求に備えて、解任の正当な理由を調査することとなります。不正行為や経営判断の誤りを把握しているのであれば、調査によって、その事実や会社に生じた損害などを示す、客観的な証拠を収集します。
また、解任を行う場合には、株主総会決議において、解任の理由を明らかにし、しっかりと議事録にも記録しておくべきです。これは、正当な理由を後付けしたものではなく、会社として正確な事実を把握した上で判断したことを示すもので、将来の裁判でも会社の主張の正当性を裏付けてくれることになります。
会社経営において、役員間での諍いやトラブルは珍しいことではありません。そのような状況において、感情的に解任してしまうことは、かえってトラブルを大きくする可能性があります。会社経営への影響を最小限に抑えるためにも、一度冷静になって、対処方法を検討してください。
正当な理由の有無をはじめ、役員の解任に関する法的対応はケースバイケースの難しい判断を伴いますので、役員関係の紛争解決に多く関与してきた当事務所に、お気軽にご相談ください。
執筆者:伊藤 良太
弁護士法人フォーカスクライド パートナー弁護士。
中小企業の事業承継・相続対策及び資本政策を中心として、契約・労務・ガバナンス等の一般企業法務や、M&A、不動産案件も取り扱う。
事業承継については、経済産業省での執務経験も活かして、法務・税務横断的な提案を得意とし、事業と家族の双方に配慮した円滑・円満な承継に注力している。