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昨今、うつ病を始めとする精神疾患に罹患する従業員の数が増えております。うつ病は、「気分障害」と呼ばれる疾患の一つです。「気分障害」とは、気分の浮き沈み(気分の高まりや憂鬱感)が一定の期間、正常な範囲を超えた状態となり、それに伴い、その人の考え方や言動面、身体面などにも障害が生じたものの総称として使用されている病名です。
「気分障害」には、大きく分けて、「うつ病」、「躁病」、「躁うつ病」の3種類があります。「うつ病」は、精神状態や言動等の落ち込みといったうつ状態があらわれることをいい、「躁病」は、精神状態・言動の高まりといった躁状態があらわれることをいい、「躁うつ病」はうつ状態と躁状態の両方を繰り返すものをいいます。
うつ病の兆候としては、遅刻や欠勤が増える、仕事が滞る、口数が少なくなる、表情や顔色が冴えない、さまざまな身体の不調を訴える、食事量が少なくなる、自分を卑下し「申し訳ない」といった発言、動作がみられる、辞職をほのめかす、などがあります。
かかる兆候を発見し、うつ病への罹患の疑いを発見したにもかかわらず、従業員への対応を誤った場合、想定外のリスクが発現するリスクがあります。
従業員がうつ病に罹患した場合、業務との関連性が問題となります。会社は、「その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務」(安全配慮義務)を負うとされており、従業員が恒常的に著しく長時間にわたり業務に従事していること及びその健康状態が悪化していることを当該従業員の上司が認識しながら、その負担を軽減させるための措置をとらなかったことにつき過失があり、長時間労働とうつ病の間に因果関係があり、当該従業員が長時間労働に起因するうつ病に罹患し自殺したとして、会社に安全配慮義務違反及び不法行為に基づく損害賠償責任を肯定した裁判例があります(最判平成12年3月24日労判779号13頁)。
かかるリスクを回避するためには、うつ病に対応した休職・復職に関する制度の構築・運用をするとともに、初動対応として医師の受診等をすすめ、休職・復職制度に乗せるということが重要です。
以下では、うつ病に対応した休職・復職に関する制度の構築・運用及びうつ病への罹患を疑われる従業員に対する適切な初動対応についてご紹介します。
休職命令を発令するには、就業規則にその旨の定めがあり、かつ休職事由に該当する事実が存在する必要があります。多くの会社の就業規則では、一定期間の継続欠勤を休職事由としていますが、それだけでは、「欠勤のない場合」あるいは「断続的な欠勤の場合(例えば、1週間のうち2日だけ出勤することを繰り返すような場合)」に休職命令が発令できません。また、休職事由として、単に「会社が必要と認めるとき」などと抽象的に定めている場合でも、疾患の疑いがあると会社が認めているだけで、診断書等の客観的な資料を欠く場合は、この休職事由に該当するといえない可能性があります。
そのため、就業規則には、従業員が正常な労務提供に支障を来している場合(労務提供が不完全であると認めるとき)といった欠勤日数を基準とせず、かつある程度具体的に休職事由を定めることが重要となります。もっとも、休職事由を変更することはその内容次第で労働条件の不利益変更に該当し、変更の有効性を争われるリスクがあるため、軽々に進めるべきではなく、変更前に休職の問題が生じた場合には現行の条項の範囲内で休職命令を発令できるか否かを検討しなければなりません。
休職事由として欠勤日数のみ定められている場合の代替策としては、当該従業員を説得して、合意のもとで休職をしてもらう、それでも休職に応じない場合には当該従業員が通常の労務提供(雇用契約の本旨に従った労務の提供)ができないことを理由として出勤を拒否し(自宅待機とさせる)、欠勤日数の要件を充足させるという方法がありえます。ただし、自宅待機とすることを正当化するほどに通常の労務提供ができないことの立証には相当ハードルが高いと考えられますので、会社の取るべき対策としては、やはり、うつ病にも対応できる休職制度の導入が不可欠と考えます。
精神科医が、うつ病の罹患により休職した従業員が確実に復職できるという判断を下すことは、現実的に非常に難しいこととされます。なぜなら、主治医はうつ病による休職者の病状の回復の程度は確認できますが、家庭での生活や日中の生活を見ているわけではありません。当該従業員本人が、「復職できます。」と主治医に強く言えば、主治医としては病状が安定していれば、復職可能という診断書を発行することになります。
この点、うつ病に罹患した従業員の職場復帰支援について、「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」の中で、職場復帰の可否に関して、一例として以下のような判断基準が示されています。
・労働者が十分な意欲を示している
・通勤時間帯に一人で安全に通勤ができる
・決まった勤務日、時間に就労が継続して可能である
・業務に必要な作業ができる
・作業による疲労が翌日までに十分回復する
・適切な睡眠覚醒リズムが整っている、昼間に眠気がない
・業務遂行に必要な注意力・集中力が回復している
上記はあくまでも一例に過ぎず、実際には会社の状況や当該従業員の業務内容も加味して個々のケースごとに総合的に判断せざるを得ません。特に、従業員の主治医の場合、当該従業員の業務内容の詳細を把握していないことも多くあるため、復職の判断にあたっては、会社の業務内容をより詳細に把握している会社の指定医や産業医に行ってもらうことも重要です。
前記3・(2)のとおり、うつ病の従業員の復職の可否の判断は困難な場合が多くあり、復職したものの、うつ病が再発・病状の悪化により再度休職せざるを得ないという場合が想定されます。このような場合に備えて、会社としては就業規則において、休職期間の通算に関する条項を設けることが考えられます。
一例を挙げますと、「従業員が、復職後●ヶ月以内に同一又は類似の事由により完全な労務提供ができない状況に至ったときは、復職を取り消し、直ちに休職させる。この場合の休職期間は、復職前の休職期間の残存期間とする。」という条項などが考えられます。これにより、繰り返される休職期間を毎回最初からカウントすることなく、まとめてカウントし、就業規則所定の休職期間満了により退職の措置を講ずることが可能となります。また、上記規定に加えて「この場合において、残存期間が1ヶ月未満のときは、休職期間を1ヶ月とする。」という文言を付加することで、休職期間満了直前に復職した従業員への配慮をするということも考えられます。
会社は、前記2のとおり、従業員に対して安全配慮義務を負うところ、うつ病への罹患が疑われる従業員に対して専門医(精神科医)の受診をすすめることは、当該義務の一環として必要なことと考えられます。ただし、うつ病への罹患を含む精神的な疾患に対しては、通常の病気と異なる側面があります。ひと昔前に比べて、社会や個人の理解を得られつつあるものの気分障害等に対して社会も個人も否定的印象をもっていることは一定程度事実であり、当該疾患であることを明らかにすることは不名誉であると捉えていることが多いなどの点で、精神科医の受診をすすめる(命じる)ことは、プライバシー侵害のおそれが大きいとされております。
そこで、会社としては、うつ病への罹患が疑われる従業員に対して、プライバシーの観点からいきなり精神科医への受診を命じるのではなく、要請という形で受診をすすめ、当該従業員がこれに応じない場合に、精神科医への受診を命じるという方法が考えられます。
会社は、従業員が受診命令に従わない場合でも、従業員を病院まで引き連れていくことはできません。そのため、まずは、当該従業員や親族等と話し合って、受診命令に従うように促すべきです。
それでもなお受診しない、つまり受診命令に違反した場合、次の対策を講じる必要がありますが、その前提として、受診命令が適法になされている必要があります。受診命令は、就業規則に定めがある場合は当該定めに従い、就業規則に定めがない場合でも、会社と従業員との間における信義則ないし公平の観念に照らして行うことが可能とされております。もっとも、従業員側から受診命令が違法であるなどの主張をされないようにするためには、就業規則にて、会社が必要と認めた場合に、会社が指定する医師の受診を命じることができるといった条項を設けておくとよいでしょう。
適法な受診命令にも従わず、当該従業員の勤務態度、仕事の質などに照らして、就労に堪えないといえる場合には、就労継続による当該従業員の疾患の悪化、他の従業員との不調和を防止すべく、前記3の休職・復職制度を適用することが考えられます。
本稿では、うつ病の内容や従業員がうつ病に罹患した場合のリスク、うつ病に罹患した従業員の休職・復職の制度構築・運用、うつ病への罹患を疑われる場合の適切な初動対応についてご紹介しましたが、対応を誤った場合に会社が受けるリスクが非常に大きく、その一方で適切な対応をとることの難しさもご理解いただけたと思います。
当事務所では、日常的に問題のある従業員に対する対応やうつ病に罹患したあるいは罹患の疑いのある従業員に対する対応についてご相談を受け付けており、迅速かつ適切な対応をアドバイスさせていただいております。
実際に問題が起こっている企業様も、今度休職・復職に関する制度の構築等について検討をされている企業様も、お気軽にご相談ください。
執筆者:新留 治
弁護士法人フォーカスクライド アソシエイト弁護士。2016年に弁護士登録以降、個人案件から上場企業間のM&A、法人破産等の法人案件まで幅広い案件に携わっている。特に、人事労務分野において、突発的な残業代請求、不当解雇によるバックペイ請求、労基署調査などの対応はもちろん、問題従業員対応、社内規程整備といった日常的な相談対応により、いかに紛争を事前に予防することに注力し、クライアントファーストのリーガルサービスの提供を行っている。