前回のコラムでは、証券市場の分類・種類についてご説明しましたが、これは前回のコラム記事執筆当時(2021年6月)の市場を前提とした分類・種類です。
東京証券取引所は、2022年4月1日を目処に市場第一部・市場第二部・マザーズ・JASDAQ(スタンダード及びグロース)の5つの市場区分に関して、プライム市場・スタンダード市場・グロース市場の3つの市場区分への見直しを実施する予定しており、今後は前回のコラムでご説明した市場とは異なる市場区分となります。
そこで、本稿では、市場区分の見直しが行われることとなった経緯、新市場区分の概要についてご説明いたします。
東京証券取引所の上場企業数3,785社のち、第一部上場企業は2,189社(2021年8月31日現在)で、約6割の銘柄が市場第一部に集中しています。
東証一部は、東京証券取引所内で最上位の市場かつ国内でも最大の市場であるため、多くの企業は東証一部を目指しています。そのため、東証一部上場の株式全銘柄を対象とする東証株価指数(TOPIX)は、日本経済の動向を示す代表的な経済指標として用いられてきました。
しかしながら、従前の市場区分においては、マザーズ市場からのステップアップの要件が緩く、一部への上場が比較的容易に実現可能な一方で、上場後に上場時よりも業績が下がったとしてもなかなか上場廃止等とならないこと等から、市場に見合わない業績等の企業も東証一部に存在することとなり、TOPIXは日本経済の動向を示す経済指標として適切でないのではないかとの疑問が呈される事態となりました。
加えて、市場第二部・マザーズ・JASDAQの位置付けについて、曖昧な点や重複する部分が存在し、投資者や上場準備を行うものにとって市場のコンセプトが分かりにくい状態となっていました。
以上の課題を解決するために、抜本的に市場区分を再編し、またTOPIXについても併せて見直しがなされることとなりました。
なお、本稿ではTOPIXの見直しに関するご説明については割愛いたしますので、ご興味のある方は東証のHP(https://www.jpx.co.jp/equities/market-restructure/revisions-indices/index.html)をご覧ください。。
これまでの市場区分である、市場第一部・市場第二部・マザーズ・JASDAQ(スタンダード)・JASDAQ(グロース)という複雑な関係性にある5つの市場を、プライム市場・スタンダード市場・グロース市場というコンセプトを明確にした3つの市場に再編し直します。
これまでとは異なる新市場区分の基準の考え方は以下のとおりです。
①各市場区分のコンセプトに応じて、時価総額(流動性)やコーポレート・ガバナンスに関する基準を定めるほか、各市場区分のコンセプトを反映した定量的・定性的な基準を設ける
②各市場区分の新規上場基準と上場維持基準は、原則として共通化する
→上場会社は、上場後においても継続して、各市場区分における新規上場基準(の水準)を維持することが必要となる
③各市場区分は、それぞれ独立しているものとし、現在の一部指定基準・指定替え基準・市場変更基準のような「市場区分間の移行」に関する緩和された基準は設けない
→ 上場会社は、異なる市場区分への移行を希望する場合には、移行先の市場区分への上場を申請し、新規上場基準と同様の基準による審査を受ける必要がある
【コンセプト】
以下のような企業及びその企業に投資をする機関投資家や一般投資家のための市場
・多くの機関投資家の投資対象になりうる規模の時価総額(流動性)を持つ
・より高いガバナンス水準を備える
・投資家との建設的な対話を中心に据えて持続的な成長と中長期的な企業価値の向上にコミットする
【上場基準の概要(市場第一部との比較)】
大きな変更点としては、株主数の要件が緩和される一方で、流通株式の時価総額が従来の10億円以上から100億円以上に、純資産が5億円以上から25億円以上に改められるほか、マザーズや第二部からの移行であっても条件が緩和されることがなくなりますので、プライム市場への新規上場のハードルは非常に厳しくなります。
また、新たに設けられた上場維持基準は、従前の指定替え条件や廃止条件よりもかなり厳しくなっていますので、より投資家にとって魅力的な企業のみがプライム市場に残ることになります(なお、現在市場第一部の企業については、一定の経過措置が適用されます)。
プライム市場 | 市場第一部 | |||||||
項目 | 新規上場 | 上場維持 | 経過措置 | 直接上場 | 一部指定 | 市場変更 | 指定替え | 廃止 |
株主数 | 800以上 | 800以上 | 800以上 | 2200以上 | 2200以上 | 2200以上 | 2000未満 | 400未満 |
流通株式数 (単位) |
2万以上 | 2万以上 | 1万以上 | 2万以上 | 2万以上 | 2万以上 | 1万以上 | 2千未満 |
流通株式価総額 | 100億円 以上 |
100億円以上 | 10億円以上 | 10億円以上 | 20億円以上 | 10億円以上 | 10億円未満 | 5億円未満 |
売買代金 | 時価総額 250億円以上 |
0.2億円以上 (日平均) |
40単位以上 (月平均) |
時価総額 250億円以上 |
200単位以上 (月平均) |
– | 40単位未満 (月平均) |
10単位未満(月平均) 3ヶ月 売買不成立 |
時価総額 | – | – | 40億円以上 | 250億円以上 | 20億円未満 | 10億円未満 | ||
流通株式比率 | 35%以上 | 35%以上 | 5%未満 | 35%以上 | – | 35%以上 | – | 5%未満 |
収益基盤 | 最近2年間の利益合計が25億円以上 | – | – | 最近2年間の利益合計が5億円以上 | 最近2年間の利益合計が5億円以上 | 最近2年間の利益合計が5億円以上 | – | – |
売上高100億円以上かつ時価総額1,000億円以上 | 売上高100億円以上かつ時価総額500億円以上 | 売上高100億円以上かつ時価総額500億円以上 | 売上高100億円以上かつ時価総額500億円以上 | |||||
財政状態純資産 | 50億円以上 | ※ | ※ | 10億円以上 | 10億円以上 | 10億円以上 | 債務超過 | 2期連続 債務超過 |
※ 全市場に共通する債務超過基準あり
【コンセプト】
以下のような企業及びその企業に投資をする機関投資家や一般投資家のための市場
・公開された市場における投資対象として一定の時価総額(流動性)を持つ
・上場企業としての基本的なガバナンス水準を備えている
・持続的な成長と中長期的な企業価値の向上にコミットする
【上場基準の概要(市場第二部及びJASDAQ(スタンダード)との比較)】
現在の第二部とJASDAQ(スタンダード)の基準が統一されることとなり、どちらかといえば第二部に寄せた基準となっています。流通株式の時価総額は従来の第二部への新規上場時の基準10億円以上で統一されることになります。また、プライム市場と同様に新たに設けられた上場維持基準は、従前の廃止条件よりもかなり厳しくなっていますので、新規上場後も持続的な成長・企業価値の向上をしていかなければ上場を維持できない構造になっています。
スタンダード市場 | 市場第二部 | JASDAQスタンダード | |||||
項目 | 新規上場 | 上場維持 | 経過措置 | 新規上場 | 廃止 | 新規上場 | 廃止 |
株主数 | 400以上 | 400以上 | 150以上 | 800以上 | 400未満 | 200以上 | 150未満 |
流通株式数 (単位) |
2000以上 | 2000以上 | 500以上 | 4000以上 | 2000未満 | – | 500未満 |
流通株式時価総額 | 10億円以上 | 10億円以上 | 2.5億円以上 | 10億円以上 | 5億円未満 | 5億円以上 | 2.5億円未満 |
流通株式比率 | 25%以上 | 25%以上 | 5%未満 | 30%以上 | 5%未満 | – | – |
時価総額 | – | – | – | 20億円以上 | 10億円未満 | 最近1年間の利益合計1億円以上 又は時価総額50億円以上 |
– |
収益基盤 | 最近1年間の利益が1億円以上 | – | – | 最近2年間の利益合計が5億円以上 | – | 5年連続で営業利益・営業キャッシュフローが負 | |
売上高100億円以上かつ時価総額500億円以上 | |||||||
財政状態純資産 | 正であること | ※ | ※ | 10億円以上 | 2期連続債務超過 | 2億円以上 | 2期連続債務超過 |
売買高 | – | 月10単位未満/ 3ヶ月売買 不成立 |
月10単位未満/ 3ヶ月売買 不成立 |
– | 月10単位未満/ 3ヶ月売買 不成立 |
– | – |
株価 | – | – | – | – | – | – | 10円未満 |
公募の実施 | – | – | – | – | – | 上場株式数10%又は1000単位 | – |
※ 全市場に共通する債務超過基準あり
【コンセプト】
以下のような企業及びその企業に投資をする機関投資家や一般投資家のための市場
・高い成長可能性を実現するための事業計画及びその進捗の適時・適切な開示が行われ、
・一定の市場評価が得られる
・一方で、事業実績の観点から相対的にリスクが高い
【上場基準の概要(マザーズ及びJASDAQ(グロース)との比較)】
現在のマザーズとJASDAQ(グロース)と基準が統一されることとなります。新たに設けられた上場維持基準は、上場後10年経過後の時価総額が40億円以上であることが求められ、従来の廃止基準である10億円よりも大幅に基準が上がっているため、新規上場後に高い成長を遂げることが従来よりも強く求められることとなります。
グロース市場 | マザーズ | JASDAQスタンダード | |||||
項目 | 新規上場 | 上場維持 | 経過措置 | 新規上場 | 廃止 | 新規上場 | 廃止 |
時価総額 | – | 40億円以上 (上場後10年は基準なし) |
5億円以上 (上場後10年は基準なし) |
10億円以上 | 10億円未満 (上場後10年は 5億円) |
– | – |
流通株式数 (単位) |
1000以上 | 1000以上 | 500以上 | 2000以上 | 2000未満 (上場後10年は1000 未満) |
– | 500未満 |
流通株式時価総額 | 5億円以上 | 5億円以上 | 2.5億円以上 | 5億円以上 | 5億円未満(上場後10年は2.5億円未満) | 5億円以上 | 2.5億円未満 |
流通株式比率 | 25%以上 | 25%以上 | 5%未満 | 25%以上 | 5%未満 | – | – |
業績 | – | – | – | – | 売上高1億円未満(上場後5年は基準なし) | – | 10年連続で営業利益・営業CFが負(上場時から 10年連続営業利益負) |
株主数 | 150以上 | 150以上 | 150以上 | 200以上 | 400未満 (上場後10年は150未満) |
200以上 | 150未満 |
財政状態純資産 | – | ※ | ※ | – | 2期連続債務超過 | 正 | 2期連続債務超過 |
売買高 | – | 月10単位未満/3ヶ月売買不成立 | 月10単位未満/3ヶ月売買不成立 | – | 月10単位未満/3ヶ月売買不成立 | – | – |
株価 | – | – | – | – | 上場後3年内に公募価格の1割未満 | – | 10円未満 |
公募の実施 | 500単位以上 | – | – | 500単位以上 | – | 上場株式数10%又は1000単位 | – |
※ 全市場に共通する債務超過基準あり(グロース市場は上場後3年経過後から適用)
以上、近々実施される東証の市場再編の概要を見てきましたが、今後は、各市場のコンセプトが明確化され、上場後もそのコンセプトに則った成長を続ける企業が上場を維持できることになります。いわゆる「上場ゴール」となってしまうような企業はすぐに上場を維持できなくなってしまうことでしょう。
また、この市場再編により、従来市場第一部に上場していた企業の多くが市場変更を余儀なくされることが想定されます。
これらの結果、上場審査も相対的に厳しくなることが予想されます。そうすると、申請会社が上場後も継続的な成長を続けることができるのかという点に限らず、上場企業にふさわしいガバナンスを備えていないような場合や、不祥事が起きてしまうような企業については、他の企業との比較において不利になる可能性が高く、結果的にガバナンス体制の強化も求められることとなるでしょう。
そのため、IPOをご検討されている方々におかれましては、事業を成長させるとともに、早い段階から先を見据えてガバナンス体制の整備を進めていくことが重要となります。
当事務所では、IPOを目指す企業向けに、企業のステージに応じた必要十分なサポート体制を準備しておりますので、お気軽にご相談ください。
執筆者:櫻井 康憲
弁護士法人フォーカスクライド パートナー弁護士。
2016年に弁護士登録以降、上場直前期の企業のサポートに注力し、複数の企業の上場案件に関与した実績を有する。早期から弁護士との適切なコミュニケーションを行うことを通じて、必要最小限のコストで最大限の効果を発揮する予防法務の提供を実現するため、現在はスタートアップや上場準備会社を中心にコストを抑えてスタートできる顧問サービスの提供を行っている。
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