弁護士等紹介

Profile

弁護士(アソシエイト)

川野 大嗣Masatsugu Kawano

(大阪オフィス)

1995年生まれ、福岡県出身。
2018年に中央大学法学部を卒業。
その後、2020年に慶應義塾大学法科大学院を修了した後、同年に司法試験に合格。
2022年4月弁護士法人フォーカスクライドに加入。

川野 大嗣

私が法律家を目指したわけとは…

私が弁護士を志した理由は、幼少時に父から祖父の話を聞いたからです。

祖父はスモン病という薬害の被害者でした。

聞き馴染みのない病気かもしれませんが、薬害エイズよりも10年以上前、1970年代前半に「原因不明の奇病」として社会問題化した薬害被害です。
激しい腹痛や下痢に見舞われた後、足先から全身にかけて発症する神経症状により、下半身不随や失明などの症状が現れます。
祖父も下半身の麻痺に相当苦しんだようで、「無数の裁縫針で一日中刺され続けているような痛み」と形容していました。
原因は、当時非常によく処方されていたキノホルムという整腸剤です。
何も罪のない善良な市民が、医者から処方された薬を言いつけ通りに真面目に飲んだ結果、突然、二度と歩けなくなり、痛みで一生もがき苦しむ、そんな病気でした。
発生当時、原因が全く分からず、各地で集団発生したことから、正体不明の伝染病として報道され、被害者らは社会的に差別の対象になったようです。
父ら家族も例に漏れずそうでした。川野家は当時非常に貧しく、父親はそのことも相まって非常につらい経験をしたといいます。
当時中学生の叔母が『スモンだより』という機関紙に「家族旅行なんて今まで一回も行ったことがない。家族で外食さえ…」「一生に一度でいいから家族旅行をしてみたい。」という内容を寄稿していたのを見たときは、幼少ながら胸が張り裂けそうな思いでした。

このような絶望的な状況の中、我が家の味方になってくれたのが弁護士の先生方です。
先生方はほぼ手弁当で祖父ら被害者らに寄り添い、国と製薬会社を相手取って国家賠償訴訟を提起して下さった上、多額の賠償金の支払いを約束する和解内容を勝ち取って下さいました。
父ら家族はこれに心底感謝しており、川野家は全体として弁護士先生に対して深い尊敬の念を抱いています。
父からこのような話を聞いて、「自分は弁護士になりたい。なるべきだ。」と強く思いました。
以降弁護士登録まで、弁護士以外の選択肢は一度も考えたことはありません。

父は、弁護士という職業をこう評していました。「弁護士ほど誇り高い職業は他にない。人を治すのが医者であるならば、弁護士は社会の医者である。」「『弱きを助け、強きを挫く』そういう弁護士になりなさい。」

まだまだそのような憧れの先生方には程遠い若輩者でございます。
しかし、この職業に対する誇りは誰にも負けません。
誠心誠意お手伝いさせていただきますので、ご用の際はどうぞお気軽にご相談ください。

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